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天使の羽跡
11
 走った。
 雪がいるかどうかもわからないのに。それでも、何かの確信を持って。

 あの場所への道などないが、なんとなく体が覚えている。
 足はとっくに悲鳴を上げていて、肺は潰れそうに苦しい。額から流れた汗が、目に入る。

 太陽が雲に隠れ、心地よい風が吹いた時、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。
 耳を頼りに進んで行くと、鬱蒼とした木が途切れたところに、苔の生えた岩の連なりが見えた。

「雪…。」

 そこに、雪はいた。膝を抱え込んで、そこに顔を埋めて縮こまっている。
 僕が声をかけると、雪はゆっくりと顔をあげた。涙が一筋、白い頬を静かにただ流れている。

「さ…と……し?」
「うん?」
「よかった…。」

 雪が安心したように微笑んだから、僕も心が安らいだ。

「こんな苦しい気持ちになると思わなかった。…覚悟してたのにね。新しい彼女いるって。でも、私大丈夫だよ。見つけてくれて、ありがとう。嬉しかった。」

 涙を手の甲で拭い、苦しい気持ちさえ弾き飛ばすように、すっと立ち上がった雪。僕はそんな彼女が、そのまま消えてしまいそうな感覚に陥った。

「雪!!」

 思わず大声で、その名を呼ぶ。

「なに?」
「また明日、来てくれるかい?」

 白い肌はまさに雪のようで、夏という季節にそぐわない。今にも、溶けてなくなってしまいそうだ。

「明日も、明後日も、放課後は教室にいるから…。」

 僕は何でこんなにも必死なんだろう。
 来てくれないなら僕から行けばいい。学校中を片っ端から捜しまわって、会いに行けばいいのだ。

「明日…うん、大丈夫。」

 体の調子を確かめるように頷く雪が気になったが、それよりも不安が軽くなったのが大きかった。

 二人で山を下りて、ふもとの公道に足をつけたところで、雪は僕から二〜三歩離れた。

「聡の家あっちだよね。私こっちだから。じゃあね!」
「え、ちょ…っ。」

 送って行くと申し出る暇もなく、雪は学校の方向へ走っていってしまった。
 引きとめようと突き出した右手は、一拍置いて、だらんと体の真横に落ちた。

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あきゅろす。
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