impatient
12
寝起きの紗奈はベッドに横たわったまま、会社に着て行くスーツをクローゼットから出す陽高の後ろ姿を、ぼーっと眺めていた。
思い起こすのは、昨日抱かれた事と、それから…。
紗奈は素肌を布団で隠しながら起き上がり、暗い声色を発した。
「あの…昨日のお話ですけど…。」
陽高はゆっくりと振り向く。
「私、本当にあの人…義父には、最後までされてないんです。」
紗奈は当時の情景を脳裏に映しながらも、恐怖に震えないように手をきつく握り締めた。
「後ろから押さえ付けられて、い、いれられそうになった時、…母が帰って来て、それで…だから…っ」
声が震えてきた紗奈を、陽高はぐいっと抱き寄せ、落ち着かせるように頭を撫でた。
「わかった。ありがとう、話してくれて。」
紗奈は深く息を吸い、次第に穏やかになっていく心を感じながら、ゆっくりと目を閉じ息を吐き出した。
「陽高様…。」
「何だ?」
「つまらないお話、まだしてもいいでしょうか?」
「紗奈がしたいならするといい。」
紗奈は感謝の言葉を述べた後、見た目よりも逞しい腕に包まれたまま、目の前の胸板に頬を寄せた。
「義父の事が発覚した後、母はすぐにあの人と別れてくれました。母は再婚してとても幸せそうで、なのに私を選んでくれました。単純に嬉しかったです。でも、それから何となくぎこちなくて…。だから住み込みのアルバイトを見つけて、家を出たんです。大学進学は母の昔からの希望で、その資金のためと半分口実のようなものでした。母は、自宅から通える大学なら、浪人してまで学費を稼がなくても何とかするよと言ってくれたのですが、どうしても家を出たかったから、遠くて学費も高いところだなんて、言い訳して。」
紗奈は、寄り掛かっていた体を少しだけ離し、真っ直ぐ陽高の瞳を見つめた。
「面接をしてくれたメイド長から、最終的に決定するのは陽高様だと伺いました。あの時、私を雇って下さって、ありがとうございました。」
陽高は少し罰が悪く感じた。
最終的な決定とは、履歴書に貼ってある写真を見て、好みでない顔の女性を省くことのみで、それ以外はメイド長が行うのだ。
紗奈の瞳を見てしまっては本当のことなど言えず、あえて話題を流すことにした。
「いや。どんな理由でも、紗奈がここに来てよかった。」
「がんばります。私まだ仕事も全然できなくて、皆さんに迷惑掛けてばかりで…。」
「そんなこと関係ないだろう。それに、もう仕事は熟せていると思うが?」
陽高はそういいながら、剥き出しの背中を指でなぞり、耳をくわえてペろりと舐めた。
顔を赤くして体をぴくんと震わせた紗奈は、言い返す言葉が見つからず、俯いて小さく、ありがとうございますとだけ絞り出した。
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