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impatient


多少なりとも、紗奈自身、自覚があったのだろう。

瞬きもせず、どこか一点に視線を向けたまま、陽高の次の言葉を待っている。


「自分の体をどうでもいいと思っているだろう。少なくとも、昨日この部屋に来た時の反応はそうとしか思えなかった。まるで人形のように無表情で、感情さえ捨ててしまったかのようだった。」


抱けさえすればどうでもよいと、今まで女の体以外のことなど何も気にしてこなかった陽高だが、押し倒しただけで驚きの色を見せた紗奈に、もっと色々な表情を見てみたいと思ったのも事実。


「自分を傷付けて楽しいか?」

「私、別に傷付いてなんか…」

「誰に抱かれても平気な自分を創り、しかし心の奥ではそんな自分を哀れみ、蔑み、憤慨しているはずだ。」

「何でそんなこと…!」

「壊れたいか?それなら俺が壊してやる。だからもう自分で自分を壊そうとするな。」

「……。」


――何でこの人はこんなにも…………。私をあの暗闇から引きずりだそうとしてるの?でも私あの頃の事なんかもう…――


克服したと自分自身に言い聞かせようとした紗奈だが、かつて父と呼んだ人間のニヤニヤした顔が、じわじわと脳内を支配し始めた。

恐怖と嫌悪でしかない、おぞましい記憶。


――まだ思い出してしまう。もう嫌だ。何年も経つのに、あんな奴に支配されていたくない。……陽高様になら、任せられる?陽高様になら、私の心、全部支配されてもいい――


今まで紗奈が自分を守るために張り巡らせていた砦に、小さな音を立てて亀裂が入り始めた。

違和感を感じた陽高が左腕に目を落とすと、紗奈は袖をきゅっと両手で握り締めていた。


「紗奈…。」

「あっ、ごめんなさい。皺に…」

「いい。」

「ん……っ」


互いを味わうようなキスは、まるで恋人同士のそれだ。

塞いだ唇が角度を変える度に、隙間から漏れる吐息。

陽高は確認するようにゆっくりと脇を撫で上げる。


――本来ならば、出会ったばかりの人間と体を交えるなど、あってはならないだろう。俺は男であるし、別にどうでもよいが――


そこまで考えた陽高は、はたと気がついた。


――…ああ、自分をわざと汚し、壊してしまいたかったのは俺も同じか――

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あきゅろす。
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