impatient
9
多少なりとも、紗奈自身、自覚があったのだろう。
瞬きもせず、どこか一点に視線を向けたまま、陽高の次の言葉を待っている。
「自分の体をどうでもいいと思っているだろう。少なくとも、昨日この部屋に来た時の反応はそうとしか思えなかった。まるで人形のように無表情で、感情さえ捨ててしまったかのようだった。」
抱けさえすればどうでもよいと、今まで女の体以外のことなど何も気にしてこなかった陽高だが、押し倒しただけで驚きの色を見せた紗奈に、もっと色々な表情を見てみたいと思ったのも事実。
「自分を傷付けて楽しいか?」
「私、別に傷付いてなんか…」
「誰に抱かれても平気な自分を創り、しかし心の奥ではそんな自分を哀れみ、蔑み、憤慨しているはずだ。」
「何でそんなこと…!」
「壊れたいか?それなら俺が壊してやる。だからもう自分で自分を壊そうとするな。」
「……。」
――何でこの人はこんなにも…………。私をあの暗闇から引きずりだそうとしてるの?でも私あの頃の事なんかもう…――
克服したと自分自身に言い聞かせようとした紗奈だが、かつて父と呼んだ人間のニヤニヤした顔が、じわじわと脳内を支配し始めた。
恐怖と嫌悪でしかない、おぞましい記憶。
――まだ思い出してしまう。もう嫌だ。何年も経つのに、あんな奴に支配されていたくない。……陽高様になら、任せられる?陽高様になら、私の心、全部支配されてもいい――
今まで紗奈が自分を守るために張り巡らせていた砦に、小さな音を立てて亀裂が入り始めた。
違和感を感じた陽高が左腕に目を落とすと、紗奈は袖をきゅっと両手で握り締めていた。
「紗奈…。」
「あっ、ごめんなさい。皺に…」
「いい。」
「ん……っ」
互いを味わうようなキスは、まるで恋人同士のそれだ。
塞いだ唇が角度を変える度に、隙間から漏れる吐息。
陽高は確認するようにゆっくりと脇を撫で上げる。
――本来ならば、出会ったばかりの人間と体を交えるなど、あってはならないだろう。俺は男であるし、別にどうでもよいが――
そこまで考えた陽高は、はたと気がついた。
――…ああ、自分をわざと汚し、壊してしまいたかったのは俺も同じか――
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