[携帯モード] [URL送信]

impatient

むせそうになり慌ててパンを飲み込む紗奈に、亜希はごめんごめんと眉尻を下げた。


「でもね、本気になっちゃ駄目よ。ここで働いてる女の子達の中でも陽高様って人気あるけど…。所詮、私達は使用人。陽高様にとってそれ以上でもそれ以下でもない。」

「そうだよ。あんたみたいの相手にする方じゃないんだから。」


突然の発言を受けた二人が出入口の方を振り返ると、休憩室の扉はいつの間にか開いていて、メイド服を着たつり目の女性が、紗奈を見下すような視線で立っていた。


「亜希、これ誰?」

「この娘、昨日入った紗奈ちゃんです。紗奈ちゃん、この人はハウスメイドの中で一番ベテランの由実乃(ユミノ)さん。」

「よろしくお願いします…。」


立ち上がってぺこりとお辞儀をする紗奈に対して、じろじろと上から下まで見定める由実乃。


「あんまりサボってばっかいるんじゃないよ。」


由実乃はそう残して威圧的な態度のまま去って行った。

と同時に、亜希は肩の力を抜いて息を吐く。


「紗奈ちゃん、あの人には気をつけて。由実乃さんは、本当に陽高様に惚れちゃった内の一人で、その中でも一番厄介だから。」

「みたいですね。でも私、陽高様に恋愛感情はありませんから大丈夫です。ご忠告ありがとうございます。」

「ううん。それならいいんだけど。」


――昨日会ったばかりなのに好きになるなんて有り得ない。仕事とはいえ、あんなことをしてしまったけれど、割り切ってしたことだもの。何らかの感情を抱いて行為に及んだわけではないと、亜希さんもわかっているはずなのに、どうしてそんなことを聞くんだろう…――


紗奈は、どうせ大した関わりなど持たないだろうと、由実乃の件は深く考えないでいた。

しかしその日の夜、主人を玄関で出迎える際、それは大きく覆された。

使用人達が、主人の歩く道の両側に並び頭を下げる中、陽高は紗奈を見つけると彼女の前で足を止めた。


「紗奈。」


突然名前を呼ばれた紗奈は、驚いて顔を上げた。


「仕事が終わったら俺の部屋に来い。」

「は、はい。」


それだけ言い颯爽と歩いて行く陽高を、呆然と見つめる紗奈。

そして、それを良しと思わない人物――由実乃は、紗奈の横顔を鋭い眼光で睨みつけていた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!