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impatient



カチャリ。

ノックをせずにこの部屋に入る事を許したのは、紗奈だけだ。


現在時刻、午後八時。

玄関にて出迎えてくれたものの、すぐにどこかへ消えてしまった紗奈がやっと現れて、気がつけば俺は微笑んでいた。


「あの…。」


紗奈が両手で持ったトレーには、ハート型のケーキが乗っている。

以前、俺の誕生日に作ってくれたケーキが大きすぎた事を考慮してか、二人でちょうど良さそうな量だ。


「…お腹空いてませんか?」

「いや、貰おう。美味そうだな。」


変わったと思ったのは大きさだけでなく、その凝った飾り付けにもある。

如月の所で修行したのだろうと容易に想像できるが、もうそこに嫉妬する俺ではない。

過去を少し懐かしんでから紗奈の方へ目をやると、紗奈は包丁を持ったまま停止していた。


「どうした?まさか指でも切ったのか?」

「いえ。……切る時の事を考えていなくて、どう切ればいいのか…。」


普通に二等分してはいけないのかと疑問に思ったが、すぐにわかった。

縦に切れば壊れたハートのようで、かといって横に切ろうとしても中心がわからない、といった所だろう。


「切らなくていい。」


俺は紗奈が持っていた刃物を静かに置かせ、2本並んだフォークのうち1本を手に取り、ケーキの端をすくった。


「…どうですか?」

「美味いよ。ほら。」


もう一度すくい紗奈の口元に寄せると、紗奈は一瞬躊躇った後で小さく口を開いた。

断じて故意ではないが、口角にクリームが付着してしまい、気付いていない紗奈に顔を近付けペロリと舐めとると、紗奈は顔を赤くして口元を両手で隠した。


「甘いな。」

「えっ、甘すぎましたか?」

「ちょうどいい。」

「んっ……」


そのまま濃厚な口付けを施すと、最初は受け入れていた紗奈だが、急に俺の肩を押して抵抗しだした。


「……紗奈?」

「あ…ごめんなさ…。」

「謝られると余計に傷付くのだが。」

「違うんです!あの…」


まさか紗奈にキスを拒まれるとは…さすがにこれは堪えるな。

どう立ち直ろうか考えていると、俯いていた紗奈が俺の肩を掴み、驚く暇もなく激しいキスを交わした。

ここまで熱くされるのは初めてではないかと思える程のもので、紗奈は息を切らしながらゆっくり赤く染まった顔を離した。


「今日…は、私にさせて下さい。」

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あきゅろす。
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