impatient
1
私は陽高様が好きだった。
けれど今ならわかる。
あれは恋ではなく憧れだったと。
「亜希さん、何してるの?」
「何って、新作の味見しにきてあげたんじゃなぁい。」
「まだ仕事中でしょ。」
「だって仕事中じゃなきゃ、如月君帰っちゃうじゃん。」
買い出しから戻った専属パティシエの如月君は、調理場に居座る私に溜息を一つ落とした。
「わかりましたよ。出来たら内線で呼ぶから。サボってたらまた怒られちゃうよ。」
「やったぁ!ありがとーっ。待ってるね。」
そう手を振って調理場を出ると、廊下の掃除をしていた先輩メイドとばったり会った。
職務怠慢をどうこう言われるのかと思ったら、彼女は手を休めてニヤニヤ近寄ってきた。
「亜希、また如月君の所〜?本当仲いいよね。ねえ、本当は付き合ってるんでしょ?」
「違いますよぉ!私が好きなのは…」
それ以上は口に出来なかった。どうあがこうと叶わない想いだから。
続きがわかったのか、隣に立つ先輩は、声のトーンを落として
「私もだよ。付き合いたいとかそんな恐れ多いこと思ってなかったけど…好きだったな。」
「先輩も…。」
「うん。体だけでもよかったんだけどさ、最近それさえも必要とされないし。やっぱ若い子の方がいいのかな。」
あはは、と乾いた笑いをしてみせる先輩に、私は何も言えず黙っていた。
「…わかってるよ、それだけじゃないって。陽高様と紗奈ちゃんが両想いだって、誰が見てもわかるもん。」
「……。」
「亜希も辛かったね。前まで身の回り担当してたから、近かっただけに。」
…辛い?
なんとなく寂しいような悔しいような気持ちはあったけど、辛かったかな?
「亜希?大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。」
それから夕方まで、私は仕事をしながらずっと考えていた。
ここで働き始めた時から陽高様が好きで、夜呼ばれる事が嬉しくて、一緒にいる時は常にドキドキしてた。
ああ、私、陽高様に恋してるなって。
でもその割に、失恋が決定しても大して辛くもない。
何で?これが普通?
休憩室でお茶を飲みながら悶々としていた時、思考を遮るように内線が鳴った。
「はい。」
「厨房の如月ですけど…亜希さん?新作のケーキ出来たんだけど、味見してくれる?」
「うん、すぐ行く!」
我ながら単純だと思う。
だけどもう、普段使わない頭を回転させたせいで糖分足りないんだもん。
「可愛いーっ。」
「食べてみてよ。」
苺が乗った手の平サイズのケーキを前にした私に、はい、とフォークを差し出す如月君。
「いただきまぁす。」
口の中に入れた瞬間、ふわふわがとろとろでほわーっとなった。
感じたままを述べると、如月君は声を上げて笑った。
「…何?」
「いえ。ありがたきお言葉だなぁと。」
「何それ。ていうか、これ美味しいねぇ。また食べたいなぁ。」
「よかった。亜希さんが美味しいって言ってくれたら、明日の夜にでも出そうと思ってたんだ。」
「それ、私達も食べられる?」
「食いしん坊亜希さんの御命令なら、全員分用意しますよ。」
「うむ。よきにはからえー。」
楽しい。
如月君といると、なんだか若返る気がする。
パワーもらってるのかな。
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