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impatient

そして日付がかわった頃、私は黒塗りの車の後部座席に乗り込んだ。

会社までは30分かからないくらい。

車は、高いビルの地下駐車場へ入って行った。


口に手をあて欠伸をすると、運転手はバックミラー越しに私を一瞥した。

「陽高様の姿がお見えになったら起こしましょうか?」

「あ…じゃあお願いします。」

ありがたい申し出を受けた後、私はすぐに眠りの国に旅立った。



目が覚めたのは、運転手が電話で話す声が聞こえたから。

「はい。あの…しかし今紗奈様もいらっしゃって…。はい。…はい。わかりました。」

彼はそこで電話を切ると、傾いていた体を起こす私に気付いたようで、あ、と声を上げた。

「陽高様がこちらに来られるそうです。」

私の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。

帰るのだから、車まで来て当然だろう。



それっきり何も話さずにいると、思ったより早く陽高様が現れた。

「紗奈。」

陽高様は自分でドアを開け、私の姿を確認すると、体を屈めて私を抱きしめた。

「陽高様…?」

車に乗らず体に負担がかかりそうな体勢のままの陽高様を不思議に思い名前を呼ぶと、陽高様はゆっくり体を離した。

それでもまだ距離は近く、陽高様は目線の高さを合わせたまま話す。


「紗奈…悪い。今日は帰れないんだ。」

「えっ…」

「仕事が予定通りに進まなくて…。わざわざ来てくれたのに、すまない。」


陽高様は本当に申し訳なさそうに眉を下げ、私の頬を撫でた。


「いえ…」

「本当にごめんな。明日は早く帰る。」

「はい…」


仕事だから、しょうがないとわかっている。

けれど、応援しなきゃいけないのに、声が暗くなってしまうのはどうにもできない。


陽高様は、そんな私の頭を、子供をあやすように撫で、頬に口付けた。

「紗奈…。俺だって紗奈と一緒にいたいんだ。わかるだろう?」

「…はい。」

未だ暗い声色の私を、陽高様はぎゅっと抱きしめた。




「…そろそろ戻る時間だ。」

「……。」

「紗奈。」


私が泣いているように見えたのだろうか。

陽高様は目元にキスを落とし、また頭をぽんぽんと撫でる。


「来てくれてありがとう。少しでも会えて嬉しかった。」


そう微笑んで仕事に戻ろうとする陽高様を見て、寂しさに支配された私の口から無意識に言葉が紡がれた。

「キス…してください。」


陽高様は一瞬だけ目を見開いた後、困ったように笑って、私の前髪をかきあげ、現れた額にチュッと口付けた。

続いて頬、瞼、反対側の頬。


「これ以上は…俺が仕事に戻りたくなくなる。」

最後にもう一度頭にぽんと手を乗せ、陽高様は今度こそ私から離れる。

「お…お仕事、がんばってください。」

陽高様はにっこり微笑んで、駐車場を後にした。

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