impatient
1
最近、溜息の数が増えたような気がする。
きっとそれは、陽高様の帰りが遅いから。
会社にとって今が大事な時期だから、しなければならないことが多いのだと言っていた。
理由はわかっている。なのに溜息が絶えない。
陽高様の言葉を疑って、浮気を心配しているわけではない。
愛されている自信は、あるから。
ただ、寂しい…。
「今日も遅くなるから、先に寝ていろ。」
「はい…。」
玄関で軽いキスを交わし、陽高様は少しだけ微笑んで、私の頭にぽんと手を乗せた。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃいませ。」
普段疲労などを表に出さない陽高様は、疲れを僅かに顔に出していた。
本当に疲れているのだと思う。
帰ってきたらベッドに直行し、数秒後には寝息を立てていることを、私は知っている。
あまり遅くまで起きていられない私は、言われた通り陽高様の部屋で先に寝ていたけれど、部屋の扉の開いた気配に少しだけ意識を取り戻した。
重い瞼を少しだけ持ち上げると、陽高様は電気も付けずにこちらに歩み寄ってきているところだった。
そのまま力を抜いて瞼を閉じれば、陽高様の指先が髪を撫で、ただいまという声が聞こえたから、お帰りなさいと返したかったのに、私は夢の中でしか言葉を発せなかった。
陽高様が出ていった扉をいつまでも眺めていたら、老執事の大澤さんに声を掛けられた。
「心配でございますか?」
「はい…。」
大澤さんは優しく目元を綻ばせ、私に一つの提案をした。
「お迎えにご同行されてはいかがでしょう?」
「え…?でも私寝てしまうかも…」
「例え貴女が眠っていらっしゃっても、陽高様は喜ばれると思いますよ。」
「でも…」
「あの方にとって、紗奈様が傍にいられることが癒しなのですよ。」
にこにこ優しい皺を顔に作る大澤さんの台詞に、私は赤面してしまった。
「じゃあ…行ってみよう、かな。」
大澤さんは皺を更に深くして、かしこまりましたと頭を下げた。
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