impatient 9 「何もしないなんて、私が無理です。」 紗奈は笑っていた。 可笑しそうに漏れる小さな息。 言動にやや驚きつつ立ち尽くしていると、紗奈は困り顔で首を傾げた。 「女性からベッドに誘われるのはお嫌いですか?」 「いや」 そんな訳はない。即答したが、俺の答えなど紗奈にはとうにわかっていたようだ。口元に刻まれた笑みが語る。 幾度も抱き合ったであろうベッドの上。 いままで経験したいつよりも緊張している。 組み敷いた紗奈は、俺の緊張すら理解しているように、優しく見守っていた。 その様子は先程とは打って変わって、母性のようなものを感じさせた。彼女は俺よりも年下なのに。包み込むような慈愛に満ちたそれは、まるで聖母だ。 「…今日は、優しくする。」 「ん、っ……」 触れるたびに漏れる声。 どこをどうすれば彼女が喜ぶか、体が覚えているような錯覚。 だが正直戸惑いもある。知っているはずなのに知らないのだ。過去の俺と比べられることは必至。 けれど耳に届く甘い声は俺の理性をかき乱して、夢中にさせていく。 「紗奈、紗奈……」 「あ、あ……陽高様……!」 ふと、髪を撫でられた。 見ると紗奈は紅潮した顔で微笑む。 「優しくしようとしないで、好きにしてください。」 心臓が鷲掴みにされた。 今すぐ貪り尽くしたい。欲望の全てをぶつけたい。衝動をなんとか抑え込む。 「しかし…」 「大丈夫ですから。今の陽高様なら大丈夫です。」 俺がどれほどの気持ちで耐えたか露程も知らない紗奈は「それに」と続ける。 「私の全ては貴方のものです。」 穏やかな笑顔で放たれた文言に、虚を衝かれる。 「君にそこまで言わせる自分が恐ろしいよ。」 でも、そうだな。 「なら、俺の全て君のものだ。」 そんな関係も心地よい。 ああ、何だろう、この気持ちは。 温かい。 俺はこの感情を知っているはずだ。 いや、知っている。 これは……… 「紗奈。愛してる。」 こんなにも自然に口から漏れ出る言葉だったのか、と知る。 同時に、壮絶な既視感に襲われた。 俺は、この先を知っている。 「私も、愛しています。陽高様。」 伸ばされる腕と、笑みながら閉じた瞳。 重なる唇の感触。 俺はこれを知っている。 [*前へ][次へ#] [戻る] |