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impatient



『ご自宅にお帰りになるそうです。』





「紗奈。」

廊下の先。振り向いた彼女は、目を丸くして、口は閉ざしたまま、俺を視認する。

私服姿の手に握る大きめのバッグが、先程受けた報告を真実と知らしめる。

向き合った彼女の唇が震えて音を奏でる。

「名前……。」
「思い出した。」

言って笑ってみせると、愛らしい顔はみるみる歪み、ボタボタと涙が溢れ出た。

「陽高様……!」

突進の如く抱き着いてくる紗奈。
あまりの喜びように、心臓がずきりと痛む。


「陽高様、ごめんなさい!私……」

言いながら見上げた紗奈は、そこで言葉を紡ぐのを止めた。

数秒、涙を溜めた瞳が見つめたと思えば、空中に浮いたままだった腕の隙間から離れていった。

「いいえ、いいえ……。いいんです。」
「紗奈?」
「貴方の優しい嘘は、私のためでしょう?」

拭うことすらない涙で頬を濡らしたまま、紗奈は微笑む。無理やり作られた痛々しい笑顔は、すぐに歪んだ。

「でも!こんなに深く、心を抉る!」


心。それがどこにあるかは不明だが、きっと今痛むのは、彼女が握った、そして先程俺も感じた胸の中心だ。

彼女の慟哭に動揺が隠せない。
俺の浅い考えの行動が、こんなにも傷付けてしまったのだ。

「そんな嘘、つかないでほしかった!希望を持たせて、突き放すなんて、残酷過ぎます!」

今まで穏やかだった彼女の激しい非難は、どれだけの傷を与えたか、想像に容易い。

小さな拳は、さらに彼女を傷付けてしまいそうで、考える間もなくその体を抱きしめた。

「ごめん!」
「なんで、呼び止めたんですか!あのまま行かせてくれた方が何万倍も良かったのに……!」
「ごめん……」

俺の体を押し返す紗奈をこのまま離してしまったら、きっともう取り返しがつかない。根拠もなくそんな気になって、回した両腕をさらにきつくする。

謝る以外何もできない。何をすればいいのか検討もつかない。どうすれば償えるかわからないから、言い訳にしかならない、自分の想いをそのまま伝えた。


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