impatient
4
翌朝、頭がズキズキと脈打って目が覚めた。
首を伸ばして時計を見ると、出社するためにかけたアラームがそろそろ鳴りそうだ。
この頭痛の中、騒音を耳に入れたくない。
スイッチをオフにしたのと、部屋のドアが叩かれたのは同時だった。
「おはようございます、陽高様。……やっぱり体調悪いんですか?」
挨拶を返すのも面倒だった。
しかも、やっぱりとは何だ。自分はわかっていますよアピールか。
朝から気分が悪い。
体調が悪いことも手伝い、僅かなことでも癇に障る。
横になっているところを見せたくなくて、すぐさまベッドから立ち上がると、
ぐらり、景色が歪んだ。
「陽高様……!」
自分の意志とは関係なく、ベッドに仰向けに逆戻りだ。
結局、余計情けない姿を見せてしまった。
天井の模様がはっきりとしてきたところで、視界にメイドの心配そうな顔が入りこんだ。
「もう一度お医者様に見てもらいましょう。ね?」
歪むことのない景色を確かめながら、この馴れ馴れしさがなければ顔は悪くないのに、と倒れたまま思う。
何だろう、この真っ直ぐな目は。
知ったような口をきくから、知られたような気にさせられるのか。
熱を測る動作で、額に触れる手。
あからさまなボディタッチでも、思いの外に柔らかく優しい温もりは、驚くことに嫌ではなかった。
そこまで求めるなら、一度くらい応えてやろうか、と思えるくらいには。
手首を引くと、彼女はよろめいて、俺の傍に手をついた。
「どうしました?」
今更、白々しい。
「昨夜はできなかったからな。」
「え……?っ陽高様……!?」
戸惑った表情は演技だとわかっている。
「ちょっ…、具合悪いのに駄目です!」
「悪くない。」
「駄目ですってば!」
「黙れ。」
心配するふりも、拒否の姿勢も面倒だ。
しかし、もしかしたら、と頭の奥の方で思う。
もしかしたら、彼女は本当に心配しているのでは。
そんな戯言をかき消す、かつて抱いた女達の残像。
どうせ少しよくしてやれば、自分から求めるようになる。
「後ろを向け。」
「……。」
俺の体調を気にする素振りを見せながら、やはり本気で拒否するつもりはないようで、命令すれば大人しく四つん這いになった。
指示通りなのに苛々する。
出どころの不明な苛立ちにさらに苛々した俺は、黒いスカートをばさりと捲り上げた。
「陽高様…本当に、どうしたんですか?いつもと違う。なんだかこわいです……」
いつもと違う、だと?
「お前に何がわかる。」
*
「悪い。少し手荒にしてしまった。」
少女は喋らない。
ただ全身をベッドに預けている。
「お前、名は?」
やはり反応しない。
自分が犯されたとでも思っているのか。
…それに準ずる程度に乱暴に扱った自覚はあるが。
再度、名を問うと、少し間があいた後、彼女は虚ろだった目を大きく開きながら体を起こした。
視線はまっすぐ、瞬きもせず俺を射抜く。
「なわって……名前はってこと、ですか?」
「ああ、そうだが。」
変わらず閉じることのない瞳に突き刺されたまま、疑問と共に居心地の悪さを感じる。
やがて、触れたことのない唇が薄く開き、泣きも喘ぎもしなかった声が、喉から無理矢理剥がされるかのように絞り出された。
「陽…高様、私に、会うのは…、今日が、初めて…ですか?」
「いや、昨日だろう。」
「本当に…………」
即答すると、伝う一筋の雫。
それを見た瞬間、肺を鷲掴みにされたような気になった。
息苦しさの中、それでも彼女の方が様子がおかしいから、
「おい……?」
手を伸ばした。
「!!!」
勢い良く身を引く彼女は、化物でも見る目で俺を映しながら、さらに大粒の涙を落とす。
「あ!おい……!」
体を重ねた相手の名すら知らない俺は、飛び出した少女を呼び止める術を持たなかった。
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