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impatient


翌朝、頭がズキズキと脈打って目が覚めた。

首を伸ばして時計を見ると、出社するためにかけたアラームがそろそろ鳴りそうだ。 

この頭痛の中、騒音を耳に入れたくない。

スイッチをオフにしたのと、部屋のドアが叩かれたのは同時だった。



「おはようございます、陽高様。……やっぱり体調悪いんですか?」


挨拶を返すのも面倒だった。
しかも、やっぱりとは何だ。自分はわかっていますよアピールか。


朝から気分が悪い。

体調が悪いことも手伝い、僅かなことでも癇に障る。


横になっているところを見せたくなくて、すぐさまベッドから立ち上がると、


ぐらり、景色が歪んだ。


「陽高様……!」


自分の意志とは関係なく、ベッドに仰向けに逆戻りだ。

結局、余計情けない姿を見せてしまった。



天井の模様がはっきりとしてきたところで、視界にメイドの心配そうな顔が入りこんだ。


「もう一度お医者様に見てもらいましょう。ね?」


歪むことのない景色を確かめながら、この馴れ馴れしさがなければ顔は悪くないのに、と倒れたまま思う。


何だろう、この真っ直ぐな目は。
知ったような口をきくから、知られたような気にさせられるのか。


熱を測る動作で、額に触れる手。
あからさまなボディタッチでも、思いの外に柔らかく優しい温もりは、驚くことに嫌ではなかった。

そこまで求めるなら、一度くらい応えてやろうか、と思えるくらいには。



手首を引くと、彼女はよろめいて、俺の傍に手をついた。

「どうしました?」

今更、白々しい。

「昨夜はできなかったからな。」
「え……?っ陽高様……!?」


戸惑った表情は演技だとわかっている。


「ちょっ…、具合悪いのに駄目です!」
「悪くない。」
「駄目ですってば!」
「黙れ。」


心配するふりも、拒否の姿勢も面倒だ。

しかし、もしかしたら、と頭の奥の方で思う。
もしかしたら、彼女は本当に心配しているのでは。


そんな戯言をかき消す、かつて抱いた女達の残像。

どうせ少しよくしてやれば、自分から求めるようになる。


「後ろを向け。」
「……。」


俺の体調を気にする素振りを見せながら、やはり本気で拒否するつもりはないようで、命令すれば大人しく四つん這いになった。

指示通りなのに苛々する。
出どころの不明な苛立ちにさらに苛々した俺は、黒いスカートをばさりと捲り上げた。


「陽高様…本当に、どうしたんですか?いつもと違う。なんだかこわいです……」

いつもと違う、だと?


「お前に何がわかる。」







*




「悪い。少し手荒にしてしまった。」

少女は喋らない。
ただ全身をベッドに預けている。


「お前、名は?」

やはり反応しない。
自分が犯されたとでも思っているのか。
…それに準ずる程度に乱暴に扱った自覚はあるが。


再度、名を問うと、少し間があいた後、彼女は虚ろだった目を大きく開きながら体を起こした。
視線はまっすぐ、瞬きもせず俺を射抜く。


「なわって……名前はってこと、ですか?」
「ああ、そうだが。」


変わらず閉じることのない瞳に突き刺されたまま、疑問と共に居心地の悪さを感じる。

やがて、触れたことのない唇が薄く開き、泣きも喘ぎもしなかった声が、喉から無理矢理剥がされるかのように絞り出された。


「陽…高様、私に、会うのは…、今日が、初めて…ですか?」
「いや、昨日だろう。」
「本当に…………」


即答すると、伝う一筋の雫。

それを見た瞬間、肺を鷲掴みにされたような気になった。


息苦しさの中、それでも彼女の方が様子がおかしいから、

「おい……?」

手を伸ばした。


「!!!」


勢い良く身を引く彼女は、化物でも見る目で俺を映しながら、さらに大粒の涙を落とす。



「あ!おい……!」

体を重ねた相手の名すら知らない俺は、飛び出した少女を呼び止める術を持たなかった。

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