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impatient
シンデレラ
12時を知らせる鐘の音が響く。

鳴り止まない弦楽器の多重奏を背に、きらびやかなドレスを翻して駆けていた。

「待て。そんなに慌ててどこへ行く。」
「申し訳ありません!帰らなければならないんです!」

先程まで一つに重ねて踊っていた手が、私の手首を掴む。

「帰さない、と言ったら?」


熱く鋭い双眼と、視線が絡まる。

飲み込まれそうになったとき、また一つ鐘が鳴った。その音が私を駆り立てる。

帰らなければ。魔法が解ける前に。


「ごめん、なさい…っ。」


王子様の手を振り切って、階段を駆け下りる、つもりだった。


「待てと言っている。危ないぞ。」
「きゃっ…!」

視界が揺れたと思ったら横抱きにされていた。

「それほど急ぎの用事なら仕方ない。送っていこう。」
「え、あ、あの……」

間近で微笑まれて、またもや引き込まれそうになったが、再度鳴る鐘がハッとさせる。

「下ろしてください…!お願いします…!」


もうすぐ魔法が解けてしまう。それに、私の住む場所なんて教えられるはずもないのだから。

必死で懇願すると、王子様は苦笑して私を下ろしてくれた。

「残念だ。」

早く姿を隠さなければ。急いで階段を下りる。

私の後ろで彼とその側近が悲しげに話していることなど知りもせず。


「彼女ならと思ったが、やはり俺は…。」
「王子…、残念ながら叶うことは「きゃっ……!」


慣れないハイヒールが脱げてしまい、階段を数段落ちた。

痛い。でも走らないと、もう一度鐘が鳴ったら私は戻ってしまう。元の灰かぶりの紗奈に。


急いで起き上がろうとしたとき、手が差し出された。


「危ないと言ったろう。君はどうも放っておけないな。」
「あっ…。」


――ゴーン

ちょうどその時、最悪のタイミングで夢の魔法は解けてしまった。

豪華なドレスは質素なエプロンに、ティアラは三角巾に、脱げたハイヒールは動きやすい平らの靴へと戻っていく。

恐ろしくて王子様の顔が見れない。

彼の踊った相手は貴族の令嬢などではなく、城で下働きをしている貧相な使用人だったのだ。


「紗奈……?」
「…も、申し訳ございません!殿下を騙すつもりではなかったんです!ただ、一夜の夢が見たくて、それで…っ!」


最悪の場合、打ち首だ。
地面に額がつきそうなほど、ひたすら頭を下げて一心に謝る。

震えながら、ごめんなさいを続けていると、「顔を上げろ。」と声が降ってきた。

恐る恐る彼の顔を窺い見ると、目が合った瞬間、私は彼の腕の中にいた。


「ひ、だか様…?」
「一夜の夢で終わらせるものか。…今決めた。俺はお前を生涯の伴侶とする。 」
「…えっ……?」


頭が真っ白になる。何を言ったか理解できなかった。

単語一つ一つ噛みしめて、次に頭に浮かんだのは、まるでプロポーズみたいだ、という感想で、そう思うとまるっきりその通りだと考えが行き着いた。


「え!?あの、でも……!」
「何も言うな。ただ正直な気持ちだけ教えてくれ。」

驚いて仰ぎ見ると、真摯な瞳が私を見つめていた。ありのままの、灰かぶりの私を。

身分の差は痛いほど分かっている。だから今夜限りでも彼の側に行きたいと夢みたのだ。


「ホールの中心で踊ったあの時、二人の心は一つだと感じたが、それは俺の勘違いだと笑うか?」
「……!」

私の勘違いじゃ、なかった…。

言葉にならない想いが、見開いた瞳からぽろぽろ溢れ落ちていく。

陽高様はフッと笑って、空を仰いだ。


「諦めようと、こんな舞踏会まで催したが、やはり惹かれるのはお前だけだったな。」
「何を……ですか…?」

問えば視線をこちらに向け、また笑った。


「いつか話してやる。紗奈の返事によってはな。」




---Fin
2013/06/12






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あきゅろす。
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