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2nd Season
アズマSIDE


急に寒くなり出したな、とは思ってたんだ。

数日前から、喉を押さえて篭った咳をしていた。

今日の午後から、何となくボーっとしてんなぁとは、勘付いてた。

自分の不調を、隠したがってんのも、気付いてた。

「お風呂、しんどかったらやめとけよ。」

「……うん。」

赤い頬をしてベルトを外したヤマナツが、服を脱ぐ途中で壁に凭れて、そのまま座り込んだ。

何も話し掛けないで、デニムを脱がしてやり、用意してあったスウェットのズボンを履かせてやる。シャツのボタンを外し、怠そうに壁に凭れる上半身から脱がせて頭から長袖Tシャツを被せた。

両脇の下に腕を入れて、肩にヤマナツの身体を担いで抱き上げた。

ポカポカどころじゃない、熱い位の体温が衣類越しにも伝わる。

胸を渦巻くこの感情は、暫く感じていなかったもので、やはり心地の良いものではないと実感した。

この感情は、……心配だ。

ベッドにヤマナツを寝せて、寒くないか聞いてみた。

ちょっと寒いと小さく答えた言葉に、自分のマンションから運んだばかりの毛布を首まで被せる。

体温計とか、どこにあるか分かんねぇ。冷却シートとか無ぇのかな。

リビングの収納を全部開けてみる。すぐに救急箱を見つけて体温計と冷却シートをゲット。

「熱、測ってみて。」

目を薄く開けたヤマナツのシャツの中に手を入れ、脇に体温計を挟んだ。

冷却シートのフィルムを剥がし、おでこに貼ってやると「つめたい」って目をぎゅっって瞑ってた。

直に鳴った機械音を合図に、体温計を取り出し並んだ数字を見て唖然とした。

「………ヤマナツ、夜間病院の場所聞いてきたから今から行こう。」

「や……だ。動きたくねぇもん。」

毛布で顔を半分隠してそう駄々をこねるヤマナツ。

薬とか貰って、注射とかしたら楽になるんじゃねぇのか?

「寝たら、………きっと治るから。」

そう言って、身体を横向きにして目を閉じてた。

寝たらってのは、何となく分かるけどそれにしたって熱が38.5度って。

どうしたらいいのかも分からないし、何をするって事も出来なくて、ただウロウロと部屋を行ったり来たり。

時計を見て携帯電話を開いた。

今が夜の8時半って事は、あっちは何時位なんだろう。

iモードで時差を調べて、たっぷり5分は悩んだ後で短縮の9番に登録した相手に電話を掛けた。

きっと忙しいだろうから、すぐには出ないだろうと思いつつも早く出て欲しいと祈り、目を閉じて応答を待つ。

『もしもし?』

「すみません、お仕事中ですよね。」

『うん、これからね。久し振り。』

ヤマナツの父親・春馬さんに電話した。

「ヤマナツが熱出してしまって、」

一瞬黙った後で、うんって返事が返ってきた。

「俺、ココ5年くらい風邪も熱も病気してなくてどうしていいか分かんないんです。」

『寝ときゃ治るでしょ。』

………この親子は……。

「熱が…38.5もあって病院行きたがらないし、こんな時間に往診もしてくんないだろうし、明日来てもらうにしても、この部屋に人入れていいか分かんねぇし、」

『吾妻君。』

春馬さんが落ち着いた声で一気に話した俺に呼びかけた。

『ありがとう、ごめんね心配かけさせて。』

「いえ、」

『夏希、毎年秋に風邪引くんだよね。』

その言葉で、去年も風邪をひいて熱を出していたのを思い出した。あの時はこんな高熱じゃなかった。

『そっちは今何時頃?…8時半位かな。そうだな、………ノブオに電話してみてくれるかな。』

「マスターですか?」

ここに住む事になった時に、春馬さんから一応電話番号は聞いてる。

『そう、あいつが来てくれるって言ったら、ドアホンの0番でセキュリティに電話して部屋番号と客が来る事を伝えて。』

「はい。」

『お客が来たら、ドアホンに連絡があるから確認して、エレベーターで上がって来るまではできるから、玄関だけ開けてやって。』

「………はい、すみません。」

『全然いいよ。電話してくれてありがとう。じゃ、電話してみて。』

プツ、と早々に切れた電話。きっと俺の様子で早く何とかしたがってるってすぐに切ってくれたんだと思った。

電話帳の中からグループ登録していない一番上に表示された名前を選択した。

ソファから立ち上がって、部屋で横になるヤマナツを見に行った。本当に眠ってるのか動かない。

通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。

マスターもすぐに出てくれて、同じように「久し振り」って言われた。

『熱、どれ位あるの?』

「さっきは38.5でした。」

『いつから?』

「調子悪そうにしてたのは夕方からで、帰ってきたらもう座り込んでしまう位になって。」

『うん、きっとまだ熱上がるな。今から行ってもいい?』

「あ、はい。」

そして同じようにすぐに切れた電話。

言われるままにマスター…ノブオさんに電話したけど、春馬さんが言うとおりノブオさんが来てくれる事になったけど、一体どうしてノブオさんが?

2人に電話して、さっきより安心して落ち着いた自分が普通に感じた疑問に暫く思考が停止した。

「あ、連絡しなきゃ。」

リビングの壁に設置されたドアホンのボタンを押して、春馬さんに言われた通りお客が来る事を伝えた。

夜の10時を回った頃、ドアホンが鳴ってノブオさんの到着を知らせてくれた。数分して玄関を開けに出ると、大きめの黒いケースを持った怪しいセールスみたいな格好のノブオさんが居た。

「ナツ坊起きてる?」

「寝てます。」

「そっか、手、洗わしてくれる?」

「あ、はい。」

部屋に入ったノブオさんが、真っ直ぐ洗面所に向かって行った。

きっとこの部屋に来るの、初めてじゃないんだろうなって分かった。

「この部屋?」

開けっ放しの俺の部屋を指差して聞かれて頷いた。

薄暗い室内に入ってったノブオさんがヤマナツの顔や首に触ってた。

「ナツ坊、おい、」

身体を軽く叩いてヤマナツを起こしてた。

「アズマ君、電気点けてくれる?」

「はい。」

明るくなった室内で、ヤマナツが力無さそうに腕で顔を覆ってた。

「気持ち悪くないか?」

「ん、頭……痛い。」

短く答えたヤマナツの声が掠れてた。

「そか、口開けてみろ。」

ベッドの上のヤマナツの顔を覗いたノブオさんが、ヤマナツの開けた口にライトをあててた。

あれ、見た事ある。病院で医者がするやつだ。

そう思ったら、黒いケースの中からまたまた見た事のあるのが出てきた。

何だっけ、あれ……名前が出てこない。

耳に装着して、先の丸いのを布団を捲って服の中に入れてた。

あ、思い出した!聴診器だ。

「ナツ坊、熱高いから注射するぞ。」

「え〜……、やだぁ。」

「やだじゃ無い。ほら。」

別に注射くらい子どもじゃないんだからちょっと我慢すればいいのに。

つい吹き出して笑った俺に、ノブオさんが苦笑いしてた。

「や…だよ、アズマ君…が見てるじゃん。」

「吾妻君ならいいんじゃないのか?」

何か変な会話だな、とその光景を見てる俺の方が居たたまれなくなった。

「俺、居ない方がいいですか?」

そう聞いたら、ノブオさんは首を振りながらケースから袋に入った注射器を出してた。

こんなのを持ってて扱ってるって事は、お医者さんの息子のノブオさんも何かしらの資格を持ってるのだと確信した。

「ナツ坊、早くしないと痛くするぞ。」

赤い顔をしたヤマナツが、だるそうに身体を横向きにすると、スウェットのズボンに手を掛けた。

え、

ズボンを下着ごと下げて、見慣れた肌色が露になった。

尻に注射すんのか?

ノブオさんの手がヤマナツの尻の肉を摘んだ。針の先から少し液体を飛び出させた注射器が肌に刺さった。

「腕よりもココの方がすぐ効くんだ。座薬が一番早いけどね。」

ぐいぐいとスウェットを上げるヤマナツが恥ずかしそうにチラッと俺を見た。

別にそんなの恥ずかしがる事じゃ無いと思うんだけど。

「明日昼過ぎても熱下がらなかったら、また電話して。これ薬ね。」

ケースに色々を片付けながらそう話して、銀色のプラスチックに入った錠剤のシートを2種類渡された。

「はい。」

「多分違うと思うけど、この注射で熱下がらなかったらインフルエンザだからまた薬持ってくる。」

あぁ、そっか。そんな季節だもんな。

「えっと、」

混乱して、何から聞けばいいのか躊躇してしまった。

「俺ね、春馬の店手伝う迄病院に勤務してたんだ。小児科のお医者さんなんだ。」

「道具見て、そうかなってのは分かりました。」

「このマンション来るのは2回目。春馬とナツ坊が引越した年の今頃、やっぱ同じようにナツ坊が熱出してね。」

思い出し笑いするようにノブオさんが楽しそうに話した。

「俺がナツ坊に注射する時はいつもお尻だから。春馬が熱出した時も尻に注射してやったし。」

え、春馬さんも?

想像の範囲を超えてて何とも言えない……。

「ナツ坊、ゼリー買って来たから一個は食べるんだぞ。」

ノブオさんは立ち上がって毛布を被ったヤマナツの顔を覗いて頭を撫でてた。

ゼリーが3個入ったレジ袋を渡された。

「あ、コーヒー淹れます。飲んでって下さい。」

「うん、ご馳走になります。」

穏やかな笑顔だと、思った。

お店で会った時のノブオさんとは違う、プライベートの顔だと感じた。

ヤマナツが潤んだ目で俺を見てた。

「しんどかったら呼べよ。」

頷いたヤマナツが目を閉じたのを見て、照明を暗くして部屋を出た。ドアは開けたまま。




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