2nd Season
10.21.
キッチンでコーヒーを淹れてリビングのソファに座ったノブオさんに出した。
「すみません、お店…良かったですか?」
「ん?うん。客あんまり来ないしね。」
アハハ、って笑ったノブオさんがコーヒーを啜った。
「春馬は日本に居ないし、吾妻君も来てくれないし?」
「え、そりゃ…行きにくいですよ。」
「タダで酒飲めるんだからおいでよ。いい酒揃えとくし。」
「はぁ。」
さっきから微妙な返事ばかりしてる俺に、ノブオさんがコーヒーカップをテーブルに置いて足を組んだ。
「吾妻君は、テレビで見るのと全然違うんだね。」
「……そうですね。」
全く違う事も無いと思うけど、世間一般での俺のイメージは結構傲慢なものだと思う。
実際グループデビューする前はやりたい放題だったし、評判も良くは無かった。
「少なくとも、ナツ坊と一緒にいる吾妻君は俺は好きだよ。春馬もね。」
自分の周りに大人の男性はかなり居るとは思うけど、タイプの違う大人だと認識してるノブオさんにそう言ってもらえて、肩の力が抜けた。
「前から思ってたんですけど“ナツ坊”って。」
笑いながら自分もマグカップのコーヒーに口をつけた。
「だって俺、ナツ坊が赤ん坊の頃から知ってるからね。俺の息子みたいなもんよ。」
「うわ、親父が2人?」
吹き出した俺に、ノブオさんも笑った。
「実際ね、可愛いよ。ナツ坊は。俺の事兄貴みたいに慕ってくれてるし、春馬が居ない時は守らなきゃとも思うし。」
今、その春馬さんが居ない時だ。
「守るとかさ、ナツ坊ももうあんなデカくなったし仕事もしてて、大人になってて必要無いとは思うんだけど……、いつまでも小さいイメージなんだよな。」
「ヤマナツはノブオさんの事、本当に慕ってます。色々聞いた訳じゃないけど、それは雰囲気で分かりました。」
ノブオさんがジャケットの内ポケットから携帯を出した。
「この携帯ね。ナンバー2つ入ってんだ。」
携帯電話に、そういう機能もあるのは知ってる。
「表番号は、通常の仕事やプライベート用。裏番号は、緊急用。」
携帯電話を開いてそう説明したノブオさんがパチンと音を立てて携帯を閉じた。
何となく、次に告げられる言葉を予測してしまう。
胸の奥が息苦しい感じで締め付けられる。
「番号知ってんの、4人だけ。」
ふ、とノブオさんの表情が和らいだ気がした。
「もう分かるだろ?」
はっきりとは分からないのに、頷いた。
「春馬、ナツ坊、春馬の親父、……吾妻君。」
俺を指差して、携帯をまたジャケットにしまった。
「きっとさ、意味分からないだろうけど……そうゆう事なんだ。」
「はい。」
意味は、本当に分からない。なのに返事をする俺。
「それだけ吾妻君はナツ坊にも春馬にも、そして俺にも重要な人物って事。」
「俺にも、ノブオさんは重要人物です。」
「え?」
「ヤマナツのお兄さんだと思ってます。」
ヤマナツが本当に兄のように頼りにしてるから。
「あはは、……そうなんだ。」
嬉しそうに笑ったノブオさんの表情が、さっきのヤマナツの頭を撫でてた時のものだった。
「本当に飲みに来てよ。待ってるから。色々ナツ坊の話聞かせてあげるよ?」
「え!?」
あからさまな俺の反応にノブオさんが吹き出して笑った。
「緊急用って言っても、いつでも掛けていいから。絶対出るよ?」
何となく、分かった。
確実に捕まる人物、という事なのだ。
「はい、ありがとうございます。俺も、いつでも掛けて下さい。」
残りのコーヒーを全部飲んだノブオさんが、チラっとヤマナツが寝てる部屋を見た。
「………春馬がさ、」
テーブルにコーヒーカップを置いたノブオさんが少し控え目な大きさの声で話し出した。
「ナツ坊に恋人が出来たらしいって言った日の事、良く覚えてる。」
恋人って、俺の事だよな。
「悪いけどね、俺達、吾妻君の事調べまくっちゃいました。まぁ公開されてる情報内でだけどね。」
楽しそうに思い出し笑いしながらソファの背凭れに身を預けたノブオさん。
「春馬に殴られるの、覚悟してたって言ってたでしょ?あながち間違いじゃ無かったよ、それ。」
「え、え?」
「最初はさ、身内びいきだけどナツ坊絶対吾妻君に遊ばれてるって思ってたんだ俺達。それが春馬が吾妻君と電話で話した時にその思い込みは払拭された。何を話したかは聞いてないけど、その時には春馬はもうナツ坊と吾妻君を一緒に住まわせるつもりみたいだった。」
春馬さんと初めて会ったのは、付き合うと決めてすぐだった。
電話で話したのは、6月か7月頃だった気がする。一旦別れる前だった。
「え、その頃から海外勤務の話って…。」
「うん、決まってた。もっと、ずっと前からね。」
そりゃ、会社の大きな動きの事なんだから数ヶ月後いきなりって事は無いとは思ってたけど。
夏に海外出張が多かったのは、その準備だったって事か?
「ナツ坊がアイドルになったのは、皆…計算外だったから。」
え。
皆、って。
頭の中が真っ白になる。
「ご馳走様。」
ソファから立ち上がったノブオさんが上着を着てケースを持った。
「あ、はい。ありがとうございました。本当に助かりました。」
「また心配になったら電話して。」
玄関までノブオさんを送り、もう一度お礼を言った。
静かになった部屋の中を、足音を立てないように歩く。
時折咳をするヤマナツの傍へと近付くと布団を掛け直した。
最後に、ノブオさんが言ってた話しが頭の中に残る。
今迄の俺とヤマナツの出来事の中で繋がらなかったものがくっ付き始めた気がした。
記憶を失くしていた時に、ヤマナツが俺に問い質そうとしてた言葉が思考の端にこびり付いている。
実際記憶を失くしてた頃の出来事は殆ど忘れかけてる。携帯のメモにどんな事があったか等の情報は残されてた。
そうゆう事があったという話でしか記憶に残らない。
その言葉を口にした時のヤマナツの表情や様子まではさっぱり分からない。
メモに残された文章。
・ヤマナツの中3の出来事
・海外留学の話を誰に聞いたか
どちらも、その時の俺は勿論答えられなくて、かと言って記憶が戻った俺にヤマナツが聞いてくる事も無くて。
ぐるり、と部屋の中を見渡した。
ヤマナツは高校を卒業したらパリへ留学してこのマンションから居なくなる予定だった?
ヤマナツが留学するのを見届けてから、春馬さんは海外支社長になる予定だった?
2人とも、日本から居なくなる予定だったって、事か?
それだったら、このマンションへ来て最初に感じた違和感にも納得が行く。
──物が少なくて生活感があまりない。──
必要以上の持ち物が無いと言った春馬さんの言葉も思い出す。
ノブオさんの言った「皆…計算外だった」って言葉が頭の中で響いた。
俺とヤマナツが出会った事も、春馬さんやノブオさんには……いや、ヤマナツにも計算外だったのだろうか。
俺との電話で同居を考えてたって事は、飲みに誘われた去年の7月には……春馬さんの海外赴任は決まってたんだ。
春馬さんが言ってた「状況が変わって」っての、急に赴任が決まったって事なんだと思ってた。
違うんだ。
春馬さんの状況が変わったんじゃなく、ヤマナツの状況が変わったんだ。
ノブオさんの言ってた「アイドルになったのは計算外」って言葉。
アイドルになった事、それが春馬さんやノブオさんや山本の家の人達には望まない道だったのだと言われた気がした。
「ヤマナツの中3の出来事」も「海外留学」も、……初めてこのマンションに来た時に、春馬さんから聞いた情報だ。
ヤマナツにとっては知られたくない情報を、春馬さんは何故初対面の俺に話したんだ。
あの頃はまだ付き合って間も無くて俺達の関係も浅く中途半端なものだったのに。
・ヤマナツの中3の出来事
………ストーカーに遭ってたって、春馬さんが言ってた。
俺はとても重要な情報を、随分前に知らされていたんだ。
中学3年に上がってすぐ、と言ってた。
今年の春からヤマナツとこのマンションで一緒に住む事になった。
5月頃だった。
ヤマナツが、寝汗をかいたと言って早朝からシャワーを浴びてた。
変な夢を見たと、寝苦しかったのだと、俺に話したヤマナツ。
2日続けてそんな事があるなんて、良く考えたらおかしい。
記憶を失くして俺が知らないだけで、ヤマナツが寝苦しい夜を過ごしたのは2日どころじゃなかったのかもしれない。
あの時期……なんだ、と。確信してしまう。
中3の5月に、ヤマナツはストーカー被害に遭ってたんだ。
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