2nd Season
オダッチSIDEA
「最後にもう一枚!」
そうカメラマンが声を上げて、山本はデニムのベルトに両手の親指を引っ掛けて顎を上へ向けた。
全く……どこで覚えたんだか、あんな挑発的なポーズを。
「オッケー、お疲れ様!」
周りから次々と拍手や「お疲れ!」と声が上がり、カメラに背を向けていた山本がやっとこちらを振り返った。
「いや、予想以上のモノ撮らせて貰いました!」
スタッフにタオルを渡された山本は肩に掛けながらこちらへと歩いてきた。
「後姿の撮影って難しいですね。………出来てましたか?」
自信無さげに俺に確認してきた山本に、カメラマンが声を掛けてきた。
「良かったですよ!本当に綺麗な身体でした。」
「………綺麗、でしたか……。」
今迄誉められた事の無い所を絶賛されて、山本は複雑そうに苦笑いした。
聞いた所によると、カメラマンの佐々木という人物は風景を専門に撮影しているらしい。この度の表紙を風景に溶け込むようでいて存在感のある『少年天使』を、というコンセプトで起用されたらしい。
「最初は、少年で天使でしょ?タイトルでイメージは大体あったんだけど、小説読んだら少年って言っても男なんですよね。」
どんな小説なんだ。山本も俺も黙って佐々木さんの話を聞いた。
「連れて来られた山本君見て、インパクト弱いかなって思ったけど………何の事無い、驚かされました。」
ハハハって笑った佐々木さんが、山本の肩を叩いた。
「山本君、脱いだら凄いんだもん。」
「は?」
思わず俺と山本は同時に変な声を上げた。
その台詞を男性タレントに使う意味が分からん。
「筋肉の付き方は男の物でした。骨格や肩甲骨なんかは服の上から見た感じとは違ってて。何より、今回の『少年』というイメージ……身長が高過ぎないのも良かったし、足の脛毛無いのバッチリでした。」
「はぁ……。」
脛毛を脱毛していて良かったな、なんて声は掛けてやらないでおこう……。
「どの写真を使うかは、改めて事務所の方へ連絡します。こちらの番号で宜しかったですか?」
先程、書類と一緒に渡した名刺の電話番号を指差して聞かれ、「よろしくお願いします」と返事をした。
イマイチ手応えを感じていないのか、釈然としない表情の山本に着替えを促した。
「いつもは、顔を撮るからな。背中でポーズを作るの大変だったろ。」
「……はい。モデルさんとかって、凄いんですね。」
俺を見た山本は、浅い溜め息をつきながら、スタジオの隅にあるパーテーションで隔てた着替えスペースへと入り、静かにカーテンを引いた。
カーテン越しに、取り敢えず言っておこうと話し掛けた。
「事務所に戻ったら副社長に叱られるのは覚悟しておけよ。」
「う………はい。」
う、って何だよ。思わず顔が綻んだ。
「この後は?まだ天野君と居るのか?」
「いえ、織田さんが良ければ一緒に事務所行きます。」
カーテンを開けた山本が、私服のボトムのベルトをはめながら答えた。
「明日まで叱られるの待ってたら眠れません。」
さすがに反省してる顔だった。さっき迄履いていた衣装のデニムを渡されて受け取ると、スプリングコートとバッグを掴んでそこから出てきた。
「パンツちゃんと履いたか?」
「……履きましたよ。っていうか、ソレの時から履いてました。」
ソレって言って俺の持った衣装を指差した。分かってるって。からかってるに決まってるじゃないか。
衣装のデニムをスタイリストに渡そうとしたら、出版社の人と佐々木さんが紙袋を持って話し掛けてきた。
「良かったら、それ貰って下さい。」
ニコニコと人懐こい笑顔で眼鏡を掛けた出版社の女性が言った。
貰ってって、これ………、
「良く似合っていたし、良い脱ぎっぷりのご褒美です。」
「貰えませんよ、これビンテージじゃないですか。」
佐々木さんがそう言いながら紙袋に畳んだデニムを入れたが、かなりの値が張る物だと山本も気付いて断ってた。
「いいんですよ。モデル料を勉強してもらうんですから。」
2人が声を揃えて言った言葉に山本が笑った。
「じゃあ、遠慮なく頂いちゃいます。やった!」
嬉しそうに紙袋を抱き締めた山本を見て、思わず俺も笑った。
「あ〜、やっぱ次は山本君の笑顔も撮りたいなぁ。秦先生、続編書いてくれないかなぁ。」
腕を組みながらウズウズした様子を見せたカメラマンに、俺と山本はまたまた2人して苦笑いをした。
少し離れた場所で秦先生と天野君も苦笑いをしていた。きっと俺達とは違うニュアンスで。
山本と2人で事務所へ到着すると、博之が担当マネージャーと丁度帰って来ていた。
「あれ、ヤマナツ今日オフだったよな?」
そう声を掛ける博之に、山本が言葉を濁してた。
「織田さんも5ヶ月ぶりの丸一日休日だったんじゃ?」
博之の担当マネの福沢が続けて聞いてきた。
「さぁな、気のせいだったんじゃないか?」
4人でエレベーターに乗り込むと、博之が山本の頬をつついてた。
「………何でメイクしてんの?撮影だったの?」
鋭い。
「そう、急に撮影になったんだよ。」
エレベーターが開くと同時に、山本の腕を掴んで先に出た。
「あ、ナツ君だ。ナツくーん!」
厚と緑川がペットボトルのジュースを片手に声を掛けてきた。
何でお前ら皆事務所に集まってんだ……。
「ファンレター取りに来たんですよ。」
厚と緑川が歩いて来た方向とは反対から、そう声を掛けてきた幾分か大人っぽい声。
「ウツミ君、オオサワ君お疲れ様です。」
山本がグループのお兄ちゃん達に挨拶した。
「まぁ、吾妻が居ないだけマシか。」
溜め息をつきながらそう言って、山本の腕を引いて企画室へと足を向けた。
後ろから「どこ行くの〜?」って緑川が声を上げてた。
……叱られに行くんだよ。
「あ?お前ココで何してんだ?」
俺達が向かった企画室から出て来たのは、居なくてマシだと思ってた男・吾妻和臣。俺と山本を交互に見ながら山本に聞いた吾妻。
「…………ウチのタレントなんだから事務所に居たっていいだろ。」
何てツイテない奴なんだ、山本は。とりあえず誤魔化しておくか。
「アマナツと遊ぶって言ってたよな?」
って、俺の言葉は耳に入らないのかよ。
「アマ…ナツとは会ったんだけど……、」
余計な事は言うな、分かってるだろうな?
「織田、山本!先方から連絡あったぞ!どういう事か説明しろ!」
吾妻の後ろから副社長が顔を覗かせて、俺達を確認したと同時に大きな声を上げた。
うゎ、居たのかよ。いつも居ないくせに。
「何、何かしたの?」
「どうしたんだ?」
集まるように続々とメンバーが寄って来た。掴んでいた山本の腕を放すと、山本の頭に手を載せて押さえ付けた。
「申し訳ありませんでした!」
2人で声を合わせて副社長に頭を下げた。
「…………2人とも、広報に行って来い!」
もっと文句を言いたげな顔をしていたが、先に謝られて出鼻を挫かれたっぽく、聞こえるように舌打ちをしていた。
「ごめんなさい、織田さんにまで頭下げさせて……。」
目に見えてしょんぼりした山本の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、再び腕を掴んで広報室へと向かった。
「………まぁ、今日一日は反省してもらわないとな。出来上がり見たら、皆…もう叱ったりしないと思うから。」
「お尻……出してても?」
小さな声で聞いてきた山本に、つい吹き出してしまった。
「吾妻は叱るかもな。」
短くそう言ってやると、苦笑いしてた。
「綺麗だった。『少年天使』自信持て。」
ヘコみかけたタレントを励ますのも俺の仕事。
そして、今日の仕事を請けてしまった事でこれから増えるであろう肌の露出を求める仕事の制限を張るのも、俺の仕事。
山本をそんな『色もの』で売り出す気は無い。
見た目や外見、スキャンダラスな事で注目を浴びるようなのを目指していない。
そして、………まだそんなに売れて貰っては困る。
山本夏希は、まだ19歳なんだ。
ずっと長く存在感を保って貰う為に、才能や魅力は小出しでいかないと。
もう何度目か分からない程頭を下げ、謝罪の言葉を口にした山本と俺は広報室を後にした。
「山本もついでだからファンレター持って帰れ。」
「はい。」
企画室の横のミーティングルームに入ると、俺達は思わず動きが止まってしまった。
「お疲れ様でーす。」
6人勢揃いって、何だよ。今日は早上がりにしておいてやったのに。
「…………久し振りに早く終われるんだから、早く帰れよお前ら。」
溜め息混じりにそう言って山本の分のファンレターの入った箱を開けた。
「聞きました。……副社長に。」
大澤が笑顔のまま俺達に言った。
「確かに、急な仕事の訳だ。」
博之が腕を組んで肩を竦めた。
「それならそれで、別に話してくれてもいいのに。」
緑川が残念そうに話した。
「話せないような撮影?」
内海が鼻に指を当てて窺うように聞いた。
「ヤマナツ。」
吾妻が椅子に座ったまま山本を手招きした。
「………ごめんなさい。」
吾妻の近くまでいって、下を向いたまま小さく謝った山本が不憫で助け舟を出そうと口を開いた。
「あ〜……、お前らこの後暇なら、何か食いに行くか?」
「オダッチの奢り?」
内海がいち早く楽しそうに反応した。
「あぁ、奢り……っていうか、緑川と厚の誕生日を祝えって、社長からお小遣い貰ったからな。何食いたい?」
「焼肉!」
2人の声が重なった。皆がそれぞれ椅子から立ち上がり、ドアへと向かった。
「3分で話つけて来い。いいな。」
山本の肩に手を置いてそう言うと、皆と一緒に部屋を出た。
ドアを閉めると、他の5人が壁際に一列に並んだ。
「?」
それぞれ自分の口に人差し指を当て、しー…って言った。また盗み聞きかよ。
「アズマはさ、仕事とはいえ困った時にヤマナツに頼って欲しかったんじゃねぇの?」
博之が笑いながらそう小さく言った。
「で?何の……撮影だったの?」
「聞いたんだろ?」
さっき副社長に聞いたって言ったじゃないか。
「何かの本の表紙の撮影をヤマナツが勝手に受けて来た、とか?」
大澤が黒い縁のメガネを指で上げながら言った。
まぁ、そのままだな。
「山本の知り合いに小説家がいるだろ。お正月にトーク番組の友達紹介で世話になった……、」
「秦克成。」
声を潜めたまま5人が俺を指差して作家先生の名前を口にした。
「そう。その出演交渉の時に、軽〜く『今度写真撮らせてね』って言われてて、それ位なら…って『はい』って了承したんだ。」
「まさか、」
「その、まさか。写真撮らせてね…は、小説の表紙の写真撮らせてね…だった訳だ。」
5人共、口を開けたまま唖然としていた。
「でも、そんな有名作家の表紙になるんなら、織田さんもナツ君もあんなに謝らなくてもいいじゃん。」
厚が思った事を口にした。
「オールヌードの撮影だったんだ。まぁ後姿なんだけどな。一応アイドルグループとしてはそこまではNGだけど、山本が安請け合いした責任は取りたいって。ギャラも事務所の取り分以外は請求しないでくれって、今広報で話してきた所なんだ。」
事務所の取り分は、仕事内容によってそれぞれ違うんだけど、今回は打ち合わせ等に社員が動き回った訳じゃないから、今後事務所が対応していくのを想定した分はきちんと要求する訳だけど。
「へぇ、………てゆうか、ヤマナツが後姿でも脱いだのがちょっとビビった。」
「ナツ君て結構潔かったりするよね。」
そうそう、潔く脱いだからご褒美貰ってたしな。あいつは世渡りが上手だ。
「………そろそろ3分?」
厚がワクワクした顔でそう言ったら、博之がドアノブに手を掛けた。
「おいおい、一応ノックしてやれよ。」
内海が苦笑いしながらそう声を掛けると、中からドアが開いた。
「あの、スミマセン……後1分……。」
ほんのり赤い顔をした山本がドアの隙間からそうお願いしてきた。
「1分でいいのか?」
意地悪く博之がそう聞くと、頷いて静かにまたドアが閉まった。
………何か、
「お仕置きされてるみてぇな顔だったな。」
ボソっと博之が誰もが思い浮かべたキーワードを口にした。
言ってやるなよ………。それに、1分で何が出来るっていうんだか。
楽しそうに2人を取り巻くこいつら5人に混じってみるのも悪くない。
山本が後1分と言って、残り20秒になったら、緑川が楽しそうにカウントダウンを始めた。
「10、9、8,7、……」
皆で秒読みを開始した。中の2人にも聞こえるように大きな声で。
廊下を歩く事務所の社員が楽しそうなタレント達の様子に笑ってた。
「0!!」
同時に開いたドアから出てきたのは吾妻だった。
「うるせぇよ、お前ら。」
「あ、アズマ。お前ヤマナツ泣かせたな。」
内海が中にいる山本を指差してそう聞くと、吾妻は俺をチラリと見るとさりげなく頭を下げた。
イヤ、お前に頭下げられるような事じゃないけど。
「泣いてないですよっ、」
両手で頬ごと覆って目尻を押さえながら山本がそう声を上げた。
「そうそう、あれは涙目。」
博之がそう付け足すように言った。
「ナツ君どんなお仕置きされたの?」
「………な、内緒……。」
この中で一番酷いのはお仕置きをしてる吾妻でもなく、ソレをひやかす博之でもなく、好奇心旺盛な19歳になりたての青少年だと少なからず俺以外の2・3人は思っただろう。
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