2nd Season
1.停滞性低気圧。
水の中……、違う。
夜………、違う。
青いだけの中にいる自分。
自分がどんな状態でその青よりも深い暗い蒼の中に居るのかは分からない。
声は出ない、身体も動かない。
……呼吸は?俺、息してんの?
「…………っ、はぁっ。」
青……蒼いと思った世界からフルカラーの現実。
自分の部屋のベッドの上だった。
ゆっくりと起き上がって顔を両手で覆った。
汗かいてた。
ベッドから降りてチェストの上のカーテンを開けた。
明るくなり始めた空を見てから時計を見た。
「………アズマ君、起きてるかな。」
眠りの浅い恋人を思い浮かべた。
ドアを開けて部屋から出たら、静けさだけがそこに広がっていた。
そっとドアを閉めて、足音を立てないようにバスルームへと歩いた。
さっきはおでこや髪の生え際が汗ばんでいると感じたが、冷えきった室内を歩く内に、身に付けた衣類が冷たいと感じた。身体にも汗をかいていた。
衣類を脱ぎ洗濯機に入れ、洗剤を入れてボタンを押した。ピッて音が大きく聞こえた。
浴室も冷えていて、全身に鳥肌が立った。
シャワーが温かいお湯を放水し始めると、身体を流した。
ガチャ
「おはよ。」
「……おはよう、ごめん起こした?」
バスルームの扉を半分開けたアズマ君が、首を振りながら「起きてた」って言った。
「早いじゃん、目が覚めたのか?」
「……うん、変な夢見てさぁ。」
顔にシャワーをあてると、飛沫が散った。
「一緒に入っていい?」
そう言ったアズマ君は、俺の返事を聞かずにTシャツを脱いでた。
湯気が立ち込める浴室に、アズマ君が入ってきた。
濡れた俺の身体を両腕で抱き締めた。よしよしと言わんばかりに頭や肩や背中を撫でられた。
「……怖い夢か?」
静かに水音に紛れるようにアズマ君が聞いてきた。
首を振った。
「違う、ちょっと寝苦しかったみたいで汗かいたんだ。」
でも、俺もう19歳なんだけど。怖い夢見たとしてもこんな風に慰められるなんて、どうなのよ。
自分もそうだけど、そんな事するアズマ君もおかしくてつい笑った。
「何時頃帰ってきたの?気付かなかった。」
「何時かな。2時過ぎ位?」
昨日は先に寝た。
アズマ君の映画が好評で、会場動員数がかなりの人数を記録したみたいで、お祝いパーティーがあった。
俺も誘われたけど、本当にチョイ役だしお酒飲めないし、遠慮した。
「何でお前を連れて来ないんだって、松田唯に叱られた。」
「ブ、………そっか。」
松田唯ちゃんとの撮影があって、少し仲良くなった。その後にも音楽番組で共演もしたし、何度か面識があるんだよね。
「俺……、今日は午後からなんだけど、お前は?」
「俺も午後から。13時に織田さんが迎えに来てくれるんだ。」
俺がそう答えていると、言い終わるのを待たずにアズマ君の手が背中を滑るように下へと撫で下ろされた。
顔を上げてアズマ君を見た。
「…………え?」
「え、じゃねぇよ。分かってんだろ?」
……分からなくて『え?』って言った訳じゃないんだけど。
「最後まではしねぇから、な?」
「いいよ、別に。でもここじゃやだよ。」
お風呂場でするの、俺が苦手なの知ってるくせに。
「ココで一回で済ますのと、ベッドでたっぷり俺が満足するまで抱かれるの、どっちがいい?」
「はぁ!?」
アズマ君が満足する……までって、
「……………ココで、」
てゆうか、一回ですむのかよ。
心の中で弱々しく突っ込んだ俺の気持ちを見透かすように、アズマ君が意地悪く笑った。
「お前次第。」
狭い浴室内に響くように聞こえる自分とアズマ君の吐息が、まるで夢の中に居るような錯覚を覚えた。
先に堪えられなくなったのは、アズマ君だった。
出しっぱなしのシャワーを止めると、俺の身体にタオルを巻いて抱え上げ、濡れたままアズマ君の部屋のベッドに投げられた。
「ちゃんと、抱きてぇ。」
濡れたタオルを床に放り投げながらアズマ君がベッドに上がってきた。
アズマ君の身体もまだ濡れたままで、髪や肌から雫がポタポタと落ちた。
その熱い視線に今迄何度も射抜かれ、自分の思う以上の全てを曝されてきた。
「脚、開けよ。」
俺を見下ろすアズマ君を、俺は見上げながら言葉も出せずに言われるまま膝を立てた。
浴室での愛撫ですっかり俺の身体もその気になってる。それを表す部分をじっと見られて顔を背けた。
ふいに冷たい感触に身体が震えた。
ローションを垂らされた。
片手で蓋を閉めてボトルを投げると、もう片方の手が勃ち上った性器をぬるぬるとした感触で扱き上げた。
「………っ、ん、」
変な声が出そうになるのを、口を閉じて堪えた。
大きくその全体を撫でられたと思うと、その指は明確な意識を持ってその奥を探ってきた。
「すぐ入った。」
いちいち言わなくても良いのに。そりゃすぐ入るよ。風呂場で散々………。
何も言わないで視線だけをアズマ君に向けた。すぐにお互いの視線がぶつかり、そういう時に目を反らすのはやっぱり俺。
「何か言いたい事ありそうだな。」
「………アズマ君って、エッチの時の言葉責めが…ねちっこいよね。」
別に何も無いよと答えれば、そんな事無いだろうときっと意地悪されるだろうし、それならばはっきりと言おう。
「ねち……っこいって、しつこいって事か?」
「しつこいって言うか、オヤジくさい。」
自分で俺にエロい格好とかさせといて「エロい格好」だとか言うし。声出すの我慢したら手を縛るって言うから素直に喘いだら「エロい声」だって言う。
「エロい事してる時に俺にエロいって言うじゃん。何で?」
「…………何でだろうな。無意識、かな。」
考え込むように真顔になったアズマ君が答えた。
無意識って。
確かに、どの時も呟くように独り言みたいに言ってたような気はするけど……。
「エロいの、………好きなんだろ?」
「へ?」
ついそう聞いた俺の質問に、間抜けな声を上げたアズマ君。俺のアソコを撫でてた手の動きも止まった。
「俺、男だし……色気なんて無ぇじゃん?エロい気分にでもならないとエッチなんて出来ないでしょ?」
「何だ、それ。」
呆れたように短くそう言ったアズマ君の手が俺から離れた。
「そんな事考えて俺に抱かれてたのか、お前。」
溜め息をついて頭を掻いたアズマ君がベッドから降りた。
「………やめた。萎えた。」
ティッシュで汚れた手を拭いながら低い声でそう言われた。
俺、何か………気分盛り下げる事言った?
床に落ちてたタオルを投げるように渡されて、腕を引かれた。ベッドから立ち上がると、中途半端に施されたローションが内腿を伝い流れた。
気持ち悪くて、もう一度バスルームへと戻った。
シャワーでローションを洗い流すと、洗面所から洗濯機の終了の機械音が聞こえた。
「…………はぁ。」
また、何か無神経な事…言ったかな。
……エロいの本当は好きじゃなかったのかな。
俺…夢中になると自分でも分からなくなっちゃうんだよな。ひょっとして、俺がそんな風になるの呆れてたとか?
さっき「何だ、それ」って言った時のアズマ君の顔、……呆れたように俺を見てたし。
何にしても、俺……アズマ君の好みを勘違いしてたんだ。あまりエロくならないようにしなきゃ、……また呆れられる。
頭を拭きながら洗面所を出た。自分の部屋に入って簡単に着替えるとリビングへ行った。
アズマ君の姿は見えない。時計を見て7時を回ってるのを確認してからピアノの蓋を開けた。
鍵盤の上に指を置くと、自然と音色を奏でた。
モーツァルトのピアノソナタ、15番。
7歳の時に発表会で弾いた曲。皆に誉めて貰って嬉しかった。
視界の端に人影が写った。思わず指を止めた。
「………ご飯、食べる?」
「ん、あぁ…食うけど、いいよ。最後まで弾けよ。」
ピアノを指差してそう笑ったアズマ君をじっと見た。
怒って、ない?
「うぅん、もういいや。ご飯作るね。」
俺も笑い返して椅子から立ち上がった。ピアノの蓋を閉めると、アズマ君が後ろから俺を抱き締めた。
「…………アズマ君?」
「今日は味噌汁が飲みたい。」
思いがけずリクエストされて、吹き出して笑ってしまった。
「いいよ。ご飯炊くから時間かかるけどいい?」
「うん。頼む。」
アズマ君が顔を俺の項や肩に甘えるように擦り付けてきて、擽ったくて笑ったら頭を掴まれてキスされた。
触れるだけの軽い口付けを何度も施されて、無意識に目を閉じた俺に囁くように甘い声で「夏希」と名前を呼ばれる。
何で?……俺をまたその気にさせようとしてんの?
薄く目を開けると、至近距離のアズマ君と目が合う。
「あ?」
開けっ放しのアズマ君の部屋から、携帯電話の着信音が響いた。
クス、と笑って俺の髪を指で梳くように頭を撫でられゆっくりと俺から離れると、自分の部屋へと向かって行った。
…………やだ、俺またスイッチ入っちゃった?
絶対俺の方がアズマ君との恋愛にのめり込んでるってゆうか、溺れてる気がする……。
キッチンへと入って炊飯器の蓋を開けると、内釜を取り出して、パントリーからお米の袋を出して掬った。
こんな朝早くから電話、誰から?事務所からかな。仕事は午後からって言ってたけど。
冷蔵庫を開けて適当に野菜を取り出すと、冷凍庫から保存ケースを3つ取り出した。
「何、それ?」
いつの間にか俺の後ろにいたアズマ君が聞いてきた。
「これはね、ネギと油揚げと豆腐のカットしたやつを冷凍したの。」
「は?豆腐って冷凍できんの?」
「豆腐は元々冷凍したやつをこれに入れただけ。普通に冷凍食品売り場で売ってるよ?ちょっと食感が普通の豆腐よりゼリーぽいけどね。」
へぇ…って、驚いてた。
「揚げは切って一時間位冷凍したらケースをこうやって振るの。そしたらバラバラで冷凍できるんだ。」
ケースを振ってカシャカシャと中身の音を立てた。
「使い切れねぇだろ?」
俺が笑ってそう言ったら、アズマ君がからかうように「主婦みてぇだ」って笑った。
冷蔵庫から卵を取り出してアズマ君に聞いた。
「卵焼きにしようか?しょっぱいの?」
「あぁ、しょっぱいの。」
俺の親父がしょっぱい卵焼きが好きで、一度食べてからアズマ君も卵焼きのしょっぱいのをリクエストしてくるようになった。
俺が朝ご飯を作るのを、興味深そうに色々聞きながら少し手伝ってくれて、テーブルに並べると2人で手を合わせて「いただきます」って言った。
「俺、ちょっと早く事務所行くから。」
味噌汁を啜りながらアズマ君が短く言った。
「あ、そうなの?さっきの電話?」
頷いて返事をしながら卵焼きを箸でつまんでた。
ご飯を食べ終わったら、アズマ君が満足そうに「ごちそうさま」って言った。
「俺、豚汁も好き。今度作って。」
「うん。今度ね。」
豚汁か、……朝ご飯じゃないよな。お昼か晩御飯だよな。
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