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2nd Season
21.置き傘。


午後8時43分。

本当に久し振りに、1人で帰宅。

ゲートにICチップの入ったキーホルダーを翳してロックを解除して、フェンスが開くのを待った。

通り抜けるくらいの隙間を通ると、中に入って閉めるボタンを押す。セキュリティの人が居て「おかえりなさいませ」って声を掛けられる。

「ただいま。ご苦労様です。」

頭を下げて屋根のついた通路を玄関へと向かった。

同じようにロックを解除して2重の自動ドアをくぐると、一番奥のエレベーターに乗る。

マンションは14階建てでワンフロアに3件。1階はエントランスと管理事務所。2階は共用の施設とセキュリティ会社が入ってる。

エレベーターは3基あって、各フロア3件にそれぞれ1基でエレベーターから降りたらすぐ玄関。同じ階の人と会うのはまず無い。部屋番号はABCで、俺の家は12階でC、12C。

エレベーターの隣にポストがあって、番号だけが付いている。番号の横にランプが2つ付いてて、赤いランプが付いている時は中身が入っている表示。もうひとつのランプに緑のランプが付いている時は、ロッカーや管理事務所に荷物がある表示。今日はどちらも点灯は無い。

エレベーターに乗ってボタンを押した。

ボタンが並ぶプレートの下に黒い部分があって、そこにまたICチップを翳す。ボタンを押しただけでは動かないようになっている。

自宅の玄関、エレベーター、マンションのドア、ゲートの開閉。全ての鍵がこのICチップだ。

『だから、絶対失くしたらだめだよ?』

『お前が今迄失くしてねぇなら、俺も大丈夫。』

アズマ君は、鞄にしまう時も落とさないようにリングを取り付けてキーホルダーを掛けて管理してた。

その返してもらったキーホルダーをポケットの中で握った。




部屋に入ると、シャワーを浴びて、冷蔵庫から少しの食材を取り出して簡単に食事を済ませた。

1人しか居ない空間を見渡して、アズマ君の痕跡が全く無いと感じた。

食器なんかは、元々アズマ君が使ってたものなんて無かったし、洗面所にハブラシもスキンケア用品も無くなってた。

俺と親父が生活していた所にアズマ君が来た訳だから、当たり前なんだけど、それでも何か自室以外に存在を感じさせるものが無いか探した。

リビングやダイニング、トイレや洗面所やお風呂、玄関やベランダ、…………片付けたんだとは思ったけど、本当にここで生活をしていたのかと自分の記憶を疑った。

アズマ君が使っていた部屋。アズマ君に俺の身体を試してみたいと言われて連れ込まれた、あの日から入っていない。

ドアレバーを掴んだ手が震えた。

もう居ない、そう分かっているのに怖い。

………違う、居ないのが怖いんだ。

それでも、開けずにはいられない。

アズマ君がたったの2ヶ月でも俺とここに住んだというのを確かめたかった。記憶を失くしてからの半月余りは本当に長く感じていたのに。

ドアをゆっくりと開けて、部屋の明かりを点けた。



…………アズマ君の匂いが、した。



記憶を無くす前も、そんなに物は無かったけど、何故か部屋は凄くスッキリとしていた。

全然散らかっては居なくて、ベッドも綺麗に整えてあった。

引越してきたばかりの時は、ベッドしかなくて殺風景だと、次の日に2人でラグを買いに行った。

その次の日くらいには、あまり大きくないテレビを買ってきて自分で設置してた。俺だったら電気屋さんに頼んでやってもらうのにって言ったら「コレくらいだったら簡単だから」ってケーブルの繋ぎ方を教えてくれた。

クローゼットの近くにチェストが欲しいって言って、2週間位インテリアショップを何軒も回った。

取り敢えず欲しいんじゃない、自分が使うものだから何でもいい訳じゃないのだと言ってた。結局選んだものは最初に見て「こんな感じの」って俺に説明したアズマ君のマンションでは見た事無いナチュラル色のチェスト。

何をしまうのか聞いたら「これから増えるものをしまうんだ」って楽しそうに笑ってた。

この引き出しにモノが少しでも増えていたんだろうか。

上に浅い引き出しが3つ、その下に深い引き出しが3つ。下は本棚みたいになっててオープンとガラス扉がついた所と同じく3つ。引き出しには何を入れたか表示するカードを入れる隙間のついた取手金具が付いている。

オープンの所には、この間乱雑に投げてた雑誌が積んでしまってあった。

引き出しを開けたら、どれも空っぽでまだ新しい家具の匂いがした。

アズマ君から返された部屋の鍵を、一番上の浅い引き出しに入れた。

クローゼットを空けたら、衣装ケースの中に替えのシーツやタオルがあった。

あの日持って帰った夏用の服が何着か残ってた。

ハンガーに掛けられた上着が2着と、クリーニングから帰ってきて不織布のカバーが掛けられたままのスーツが一着残ってた。

「いらないって事か。」

誰に言うでもなく、そう呟いた。

「そうだよな、いらないから置いていったんだ。」

自分で言った言葉に、また泣きそうだ。

『俺』も、もういらなくなったんだ。

振られた訳じゃない。

嫌いになったとか、ケンカをした訳でもない。

別れた、訳でもない。

なくなったんだ。

アズマ君の中から、俺が無くなったんだ。

それを、今迄受け入れたくなくて誤魔化してきただけ。

クローゼットの扉を閉めて、チェストの引き出しもしめた。

部屋の電気を消してドアを閉めた。

自分の部屋に入ると、ベッドに寝転んだ。

ベッドの下に手を伸ばして転がっていたオレンジ色のぬいぐるみの足を掴んだ。

小さな柔らかなクマを抱いて、寝返りをうつように壁に向いた。

「明日から、頑張る、から。」

抱き締めた小さな塊に囁くように告げた。

目に涙が滲んだ。

目尻から重力に従って枕へと伝って落ちた。

どんどん溢れて目を閉じた。

この2日でいっぱい泣いた。

泣いても何も変わらない。

アズマ君が変わらないなら、俺が変わらなきゃ。



『……何でお前が泣くんだよ。本当に泣き虫だな、ヤマナツは。』



まずは、泣き虫の俺を、変えなきゃ。


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