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2nd Season
オダッチSIDE


今日は平日だけど、久し振りに丸一日の休み。

俺が休みって事は、俺が担当する山本夏希も久し振りのオフって事だ。

他のメンバーは個々に仕事が入っているが、まぁ全員が休みってのは……あまり無い。

半日休みや、午後からの仕事というのがあるから、休養は充分取れている筈なのでご安心を。

そして、その久し振りの休みでも、ゆっくりできないのがこの業界なんだけど、今の所緊急連絡は無い。

先日、無事に女の子を出産した我が嫁・沙織の実家へ顔を出し、近くのCDと本の大手ショップへと足を運んだ。

賑やかな店内を辺りを見回しながら目的の商品を探す。……と言っても買う訳ではない。

見つけた。

先日発売したばかりのHigh-GradeのライブDVD。

有り難い事に、新譜を並べる筈の平積みの位置に堂々と並んでいた。

発売したばかりのDVD、2月に発売した山本のシングルCD、1月に発売したHigh-Gradeのアルバム。

見事なポップを作ってくれて、立派なHigh-Gradeコーナーが作られていた。

先月、音楽番組のライブでHigh-Gradeと山本のソロが放送されて、その直後から店舗からの注文がかなり入ったと連絡は受けていた。

同番組で緑川と斎藤弟が歌ったオリジナル曲の問い合わせもあったと報告もあった。

「あれ、織田さん?」

声を掛けられて振り向くと、事務所の宣伝部の神田が店の店長らしき人物と一緒に居た。

「あぁ、どうも。」

頭を下げて店の人に挨拶したら、神田が俺を紹介してくれた。

「この方がHigh-Gradeのマネージャーです。」

「お世話になっております。立派なコーナーに感動していた所ですよ。」

名刺を差し出しながらそう告げると、ニコニコと笑顔で嬉しそうに笑った店長が店員を呼んだ。

「彼女がコーナーを作りました。」

ポニーテールに茶縁メガネのすっきり美人の店員が頭を下げた。彼女にもお礼を言うと、目をキラキラさせながら「ありがとうございます。」って言った。

「先月のテレビライブの放送で、私の周りの皆がハイグレに興味を持ったんです。実際私も一番新しいアルバム買っちゃいました。ハイグレの音楽レベルの高さに正直…みんな驚いてました。」

「ハハハ、まぁHigh-Gradeはアイドルだしね。」

デビュー当時から、アイドルにしては歌が上手いと好評ではあったが。

「今みんなが注目してるのは山本夏希君です。」

彼女の隣で店長が言った。

「彼のソロシングルの購入年齢層は下は小学生から上は熟年層です。素直なピアノの曲がいいんでしょうね。」

お褒めの言葉を頂いて、もう一度お礼を言った。

神田と店を出て、歩道を歩きだしたら名前を呼ばれて話しかけられた。

「今、山本夏希君の影響で徐々にキテるのがあります。」

自信満々の顔で俺に言った。

「ピアノ男子です。」

………ピアノ…だんし?

「ピアノを弾ける男の子が脚光を浴びてるんですよ。」

そのままじゃねぇか。つい吹き出したら、神田も笑った。

「ちょっと顔のいいピアノを弾ける男の子のニーズが上がってるのは本当です。」

ふぅん、って返事をした。

「山本夏希がそれを作ったんですよ?」

「………そうだな。」

これまでも『男子』と名の付くちょっとしたブームはいくつかあった。

スィーツ男子、手芸男子、草食男子、……今度はピアノ男子か。まぁ、元々いるのが脚光を浴びてるだけだが。

駅に着いて神田と別れた。携帯が鳴って、液晶に表示された名前を見て思わず笑った。

「もしもし、どうした?」

『お休みなのに、スミマセン。今大丈夫ですか?』

お休みなのはお前もだろう。しかもタレントがマネージャーに気を遣うなよ。

「大丈夫。今外だけどもう帰る所だから。」

『あの、………俺が本の表紙に載ったりするのって、ダメですかね?』

は?

「何の本?ってゆうか雑誌…グラビアの話か?」

『いえ、……あの、』

言葉に詰まっていいにくそうな雰囲気に、仕事用の声を張り上げた。

「山本!」

『はい………。』

「今どこにいるんだ。」

『代官山の……AOIスタジオです。』

「何してるんだ。」

『写真……撮られるみたいです。』

何でオフの筈のお前が、マネージャーの俺の知らない仕事をしているんだ。

「俺が行くまで撮られるんじゃないぞ。15分待て。」

『…………スミマセン。』

場所を聞いたと同時にタクシーに乗っていた。撮影が始まる前に確認してくれたのには、まぁ助かった。

今日がオフの山本は高校時代の友人と会うと言っていた。それが何故代官山のスタジオで写真撮られそうになってんだ。

うちの事務所の所属になっている山本が、事務所を通さないで何かの媒体になるのは勿論NGだ。

しかも……表紙って言ってたな。今日山本が会う予定の友人と本の表紙……で、何となくどんな本か想像がついた。

それならばそれで、然るべき契約をしなければいけない。鞄の中からネームプレートのついたネックストラップを出して首から下げた。





スタジオに到着して、山本の携帯に電話を掛けた。

「もしもし?着いたけど……、入ってくぞ?」

『あ、はい。』

背筋を伸ばして堂々とスタジオの扉を開けた。

案の定、そこに居た人物に思わず溜め息をついた。

「やっぱり。……天野君と会うって言ってたからそうかとは思ったんですが。お久し振りです。」

「いやいや、こちらこそ。やっぱり事務所通さないとダメだったんですね。」

アハハと掴みどころの無いようなテンションで笑う有名作家・秦克成。

山本の高校の時の友人、天野夏生が居候しているお家の主が、作家の秦克成。

3ヶ月前に、テレビの友人を紹介していく番組で、有名人の知り合いが皆無に等しい山本が、藁をも縋る気持ちで天野君を通して秦さんに出演をお願いした。

二つ返事で了承をしてくれた秦克成が山本に「今度写真撮らせてね」と言ったのを、プライベートでの普通の写真だと俺も山本も今の今まで思い込んでいた。

「出来れば…写真撮らせてね、ではなく、表紙になってね、と言って頂きたかったです。」

苦笑いしながらそう告げると、秦克成の後ろから黒髪の小柄な男が顔を出した。

「スミマセン、俺も何言ってんだこの変態って思ってたんですけど。まさか表紙の写真を撮らせろって言ってるとは……。」

「いえ、大変だね…天野君も。」

本当に…と呟くように言って天野君は秦克成を呆れたように見てた。

「アイドルに一肌脱いで貰うとなったら、周りが盛り上がっちゃって。」

楽しそうに笑った作家先生の言葉に、思わず聞き返してしまった。

「一肌、脱ぐ?」

スタジオの軽い扉を押し開けるようにして奥へと進んだ俺達3人の目の前に、上半身裸の山本が大き目のバスタオルを肩から被っていた。

俺に気付いた山本は、安堵したような表情でこちらに向かって走ってきた。

「すみません……俺、写真って普通のだと思って安請け合いしちゃって。」

いや、俺もそう思ってたけど。

「秦さんの家行ったら、有無を言わさずココに連れて来られちゃって、あの人が色々説明してくれて…どうやら俺、」

「秦克成の小説の表紙になるんだろ。」

しかも……肌露出って。

山本があの人って指差した人がどうやらカメラマンみたいで、イメージラフを見せられたらしい。

「………でね、織田さん、」

山本が言いにくそうに頬を染めて周りをキョロキョロしだしたら、『あの人』が俺に話し掛けてきた。

「お世話になります、本日カメラと構成します佐々木です。」

「どうも、マネージャーの織田です。」

お互いに挨拶を交わし、首から下げたプレートを見せた。

「すみませんが、撮影の前に書類お願いしてもいいですか?」

契約関連の書類をクリアファイルから取り出した。

「織田さん、休みなのにそんなの持ち歩いてんの?」

山本がびっくりしたようにそう聞いてきた。

「そうそう、世間知らずの天然タレントがいきなりスタジオで撮影しちゃったりとかのイレギュラーがあるからな。」

皮肉たっぷりにそう言ってやると、口を尖らせて何か言いたげだった。

「では、今回の進行表がこちらです。」

ホチキスで留めてある書類を受け取ると、この度の撮影の詳細をやっと知る事ができた。

秦克成の6月に発売される小説『少年天使』新書版の表紙と宣伝用ポスターの撮影。ポスターは書店貼りと電車の中吊りの2種。

紙を捲り、書いてある内容を読んでいく内に眉間に皺が寄っていった。

もう一枚、紙を捲るのが躊躇された。

「織、田さ…ん、あの。」

横から山本が遠慮がちに声を掛けてきた。

溜め息をついて、3枚目の書類に目を通した。

「やっぱりか。………いいのか?お前は。」

撮影の内容は大体分かった。その素材に山本を起用したいのも分かった。

ポスターの方はまだいい。しかし表紙の方の撮影イメージはスルーしにくいものだった。

ポスターのイメージは、デニムボトムを履いた上半身裸の横と後ろの立ち姿。

表紙のイメージは全身裸で後ろの立ち姿。

「後ろ姿だし、最初に請け負ったのは自分だし……責任は取ります。でも、事務所的にオールヌードNGだったら駄目かと思って。」

山本が身体に被ったタオルの両端を掴んで前を肌蹴させた。

「わぁっ、」

「なんだ、もう下着脱いで準備はしてんのか。」

タオルの下は、腰にもう一枚タオルを巻いていた。

下着や衣類の跡が肌に残っていないように、撮影の事前に裸になっておくのが、この手の撮影のお約束。

「オールは……一応NGなんだけどな。お前らアイドルだし。」

「……ですよね。」

俺達の会話を聞いていた佐々木さんが、割って入ってきた。

「あの、では構成変えます。何処までOKですか?」

変えますって。そんな簡単なもんなのか。

「お言葉ですが、身体の綺麗なコレ位の男の子ならモデルでもいると思いますが。そこまで山本に拘らなくてもいいのでは?」

「いえ、少年天使は山本夏希さんのイメージで書かれたそうなので。実際先程脱いでもらったら筋肉もしっかりついている理想的な身体でしたし。」

そりゃ、ダンスユニットなんだから身体は鍛えさせてる。

「山本!責任、取るって言ったな?」

「は、はい。」

「こんなたくさんの人の前で裸になれるのか?」

俺の言葉に山本は口を噤んでタオルを握った。

男とはいえ、芸能界に入ってまだ2年しか経っていない山本が、全く平気で割り切ってやり遂げられるとは思えない。

周りが静まり返って俺達の会話を聞いてた。殊更山本を追い詰めるようにキツイ口調で続けた。

「お前が安請け合いしたから、ここにいる人達が今日まで色々考えたり手配したり動いたんだぞ!」

「分かってます。」

「やるんだな?」

俺を真っ直ぐに見た山本は覚悟を決めた目の色だった。

「はい、……やります。」

纏められた書類の中から、留めてない一枚の用紙を山本に見せた。

「よし、じゃぁお前がここにサインするんだ。佐々木さんはこちらにサインをお願いします。」

ここでこれから撮影されたスチールを、出版社側の好きに使っていいという承諾書。

逆に、佐々木さんには広告以外に使用しないと約束させる書類。

「では契約成立で。ギャラについてはまた後程。今回はウチの山本のスタンドプレイなので勉強させていただきます。」

そう告げると、スタジオ内が笑いで賑やかになった。

「ナツキ!……ごめん、いいのか?」

天野君が山本に駆け寄ってきて謝ってた。

肩から被ったタオルを外して畳みながら、山本が笑ってた。

「いいも何も、これが俺の仕事なんだ。お金貰うんだから謝んなよ。」

そうそう、こういう仕事なんだ。分かってるじゃないか。

「鬼ですね。」

俺の背後から、低い声が囁かれた。

「秦先生程ではないです。山本が天然と分かってて話を持ち掛けたんじゃないんですか?」

「いやいや。」

飄々と笑いながら俺の横に並んだ長身のその作家先生は、山本と話す天野くんをじっと見つめていた。

「さっき聞いたでしょ?『少年天使』は山本君をイメージしたんですよ。写真撮らせてくれるって聞いてから2週間で書き上げた傑作です。」

思わず関係無いのに「他の仕事もそれ位張り切って書けよ」と突っ込みそうになった。

「天使ねぇ……。」

山本という人物を少なからず知っているだけに、その比喩に思わず苦笑いしてしまうと、こちらをチラリと見た秦先生は静かに教えてくれた。

「タイトルこそ天使ですが、話の中身はしたたかな悪魔です。」

「あ、そうですか。何か納得です。」

すぐにそう切り替えした俺に、フッと吹き出して秦先生は満足そうに頷いてた。

「しかし、大丈夫ですか?あんなキツく叱って。」

「大丈夫です。後でしっかり甘やかしてやるんで。」

事務所の方はまぁ何とかなるだろう。禁忌を侵してまでの写真撮影でも、有名作家の多分ヒット作になるであろう小説の顔になる訳だから。

尻出しでもな。

それよりも…後でしっかり甘やかし用に、代官山での有名スィーツ店を頭の中に思い浮かべた。

「ナツキ、お前何で毛が無いの?」

山本の足を指差して天野君が聞いてた。

「俺、脚出す衣装多いからエステで脱毛してんの。」

「え!?アイドルってそんな事しなきゃいけねぇの?」

「こっちの毛はそのままだけど?」

驚いて声を上げた天野君に山本が腰に巻いたタオルを解いて前を広げてた。

おいおい。

「………俺も見て来よ。」

隣の秦先生がボソッと呟いて身体が2人に向いた。思わず先生の腕を掴み、引き止めた。

俺を振り返った秦先生に、営業用のスマイルを取り敢えず見せておいた。


そんな山本が、最初こそ恥ずかしがりながらも潔くカメラの前で全裸になり、立派に仕事を全うし、再び秦先生に続編だか新作だかのインスピレーションを与えたのを知るのはまた半年後の話。





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あきゅろす。
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