2nd Season
14.泣き空。
アズマ君のギブスが取れても、記憶に変化は無いままで、あれからずっと仕事も打ち合わせも俺達6人とは別行動。
「ヤマナツ、分からない事あるか?」
High-Gradeの仕事の打ち合わせを終えた直後に、椅子から立ち上がりながらオオサワ君に聞かれた。
「…………あ、はい。」
「どこ?」
台本を開いて、理解し難かった箇所を指差して「どういう事ですか?」って問いた。
「あぁ、これは………。」
オオサワ君は状況から分かりやすく俺に説明してくれた。
「じゃあ俺は待機って事ですよね?」
「そう、だからって後ろに下がらなくてもいい。」
「はい。」
「他には?」
顔を覗かれた。
「今は無いです。」
そう答えたら、頷いて俺の頭を撫でた。
「オダッチ以外でも俺やコウジにいつでも聞けよ?」
「ありがとうございます、助かりました。」
そうお礼を言って立ってるオオサワ君を見上げた。
「……何か、気になってる事あるんじゃないのか?」
俺の隣に座りながら声を潜めて言われた。
気になる事………、全然無い訳ではない。
「じゃぁ、1つだけ聞いていいですか?」
整った顔を「ん?」って口を歪ませて俺の言葉を待ったオオサワ君に、以前意味が分からなかった事を聞いた。
「あの………俺達のマンガあったじゃないですか、同人誌?」
「あぁ。」
あれか、と小さく言って胸の辺りで腕を組んでた。
「織田さんがあれを踏まえて俺とアズマ君の色が濃いって言ってたじゃないですか。」
小さく何度も頷いて苦笑いしたオオサワ君が周りをぐるっと見た。
「意味が分からなかったか?」
そう聞かれて頷いて返事をした。
「…………あーゆうのを書いたり考えたりしてるのも、勿論俺達のファンなんだよな。お前やアズマ、俺達のファンで歌を聴いたり雑誌を買って読んだりしてコンサートにも来てくれてる。」
「はい。」
「調べた訳じゃないけど、半分はそうゆうファンだと思った方がいい。」
………半分?
「所謂、俺達を『萌え』の対象にしてるんだ。」
その説明は俺の脳内の中で明確な答えを出してくれた。
「例えばお前が……う〜ん、ディズニーの鼠のキャラに萌えてるとするだろ?」
ミッ○ーの事かな。○ッキーに萌えるって……。
「その男鼠と女鼠が仲良く一緒に踊ったり手繋いだりするのを今か今かと待ってる。」
男鼠と……女鼠……、オオサワ君、その例え変だよ。
ついつい笑ってしまった俺に構わず、オオサワ君もニコニコと笑いながら説明を続けた。
「で、その瞬間が来たら嬉しいだろ?」
堪え切れなくて笑い声を上げたら、ウツミ君が俺とオオサワ君の方へとやって来た。
「つまりそれがお前とアズマな訳。ところが、その2人が手繋ぐのを待ってるのに水色の服着たアヒルが割り込んだ。」
ドナ○ドかな?
「どう思う?」
「あ〜もう!って思う。」
「そう、それ。」
俺に向かって指を差したオオサワ君。
「お前とアズマが何かアクションを起こすのを待ってるのに他のメンバーと絡んで『あ〜もう!』ってなる。………それって、マズイと思わないか?」
あ。
「幸いというか、まぁお前には面白くないかもしんねぇけどヤマナツ総当りとか出てるし、お前が他のメンバーと絡んでもキャーキャーは言ってるけど。やっぱりアズマとお前っつーのが今のHigh-Gradeの中で大きいんだ。」
オオサワ君が座り直して俺を真っ直ぐ見た。
「仕事だって、お前とアズマ以外を組み合わせるのが難しくなってくる。もっと言えば、2人一緒じゃないとクレームが来るようになってしまう。」
「…………そんな、」
「それが色が濃いの意味だ。」
分かったか?って聞くように俺をじっと見てるオオサワ君の目は穏やかだった。
俺とアズマ君が必要以上に一緒にいてはいけない意味が、ホント今更分かった。
「俺、本当に鈍いですね。スミマセン。」
「いや、お前らの事に関しては俺らどころか事務所も予想外だろ。」
謝った俺の言葉にウツミ君が口を挟んだ。
「今の内はまだいい傾向だ。予想外って言うより予想を上回ったってトコだろ。」
オオサワ君が顎を指で撫でながらウツミ君と顔を見合わせてそう話してた。
「あの、こんな事お願いするのも何だけど、」
「ん?」
オオサワ君とウツミ君が2人して俺を見た。
「俺に色々……教育してくれませんか?」
黙ったままじっと俺を見てる2人に続けて話した。
「本当は、こんな事って仕事をしていく内に自分で覚えていくんだろうけど、今の俺には時間が無いと思うんです。」
「時間?」
ウツミ君が机に腰を乗せて俺に聞いた。
「いつか本当に、やらかしてしまいそうです、知らなかったとか気付かなかったで済む事じゃない事を。」
やってみたいと思っただけで入った芸能界。
何の勉強もしないまま今まで与えられた仕事だけを何とかこなして来た。
「皆に迷惑掛ける前に、色々教えて下さい。」
座ったまま頭を下げた。直ぐにその頭を押さえられて上げさせられた。
「ごめん、そうだよな。お前まだ事務所入って2年しか経ってないんだった。俺らが呑気だった。」
「ソツ無くやれてるから安心してたな。本当ごめんな。」
ソツ無くなんてない。踊りや歌だって一生懸命でいつも不安だらけだ。雑誌の仕事やテレビの仕事、皆の見様見真似で何とか今まで取り繕ってきた感じに近い。
俺だって自分に向けられてる批判が気にならない訳じゃない。
他の6人の足手纏いにならないように努力してきたつもり。
事務所に入って3ヶ月でデビュー……、そんなのは話題やセールスポイントじゃなくて、俺にはプレッシャーでしかなかった。
「よし、じゃあテツオが今日からヤマナツの教育係な。」
「俺かよ!」
漫才のような素早さでウツミ君に突っ込みを入れたオオサワ君が笑いながら俺に手を差し出した。
「俺でいいか?」
「オオサワ君がいいです。お願いします。」
自分も手を出して、差し出された手と握手をした。
「まあ……最初の内はヤマナツの聞きたい事を答えていくって形からでいいか?知ってる事とかもあるだろ。俺が居ない時はコウジに聞けよ。」
「はい。………何かお礼した方がいいですか?」
年下の俺が出来るお礼なんて、大した事は出来ないけど。
「じゃぁ俺へのお礼はハグでいいぞ。」
ウツミ君が歯を見せて楽しそうに笑った。
「じゃあ俺もハグでいい。」
オオサワ君も同じようにいたずらっ子の顔で笑った。
「そんなの、………嬉しいですか?」
多分呆れたような顔で言った俺を見て2人は声を揃えて言った。
「嬉しいというより楽しいだろ。」
本当に楽しそうな2人に、つられて俺も笑った。
立ち上がったオオサワ君が手を広げて俺にアピールした。
ハハハって、つい笑い声を上げて、オオサワ君の身体に抱き付いた。
「アズマの記憶が早く戻るといいな。」
抱き締め返してくれたオオサワ君が、俺の耳に小さくそう言った。
「…………はい。」
楽しかった気分が一気に冷めた。
それは今のアズマ君が記憶を失くしたままだという状況にじゃない。
あの夜からの俺とアズマ君の関係が変化したから。
誰にも言えない。知られたくない。
そしてどうしようもない。
「何してんすか。」
笑いの混じったヒロ君の声が聞こえた。振り向いてその姿を確認したら、鞄を肩に掛けて移動の準備をしてた。
「あ、もう行く?」
「あぁ。オダッチは先に下降りてるって。」
次はヒロ君との仕事。アズマ君とヒロ君のが俺に回されたもので、レポートの仕事。
オオサワ君とウツミ君にお礼を言ってもう一度頭を下げてヒロ君と一緒にミーティングルームを出た。
「仕事の内容で当然っちゃ当然なんだけど、こう毎日一緒にいると、何かお前の事が大体分かってきた。」
エレベーターに乗り込んで階数ボタンを押したヒロ君が、静かに俺に話し掛けてきた。
「俺もヒロ君の事何となく分かってきたよ。面倒臭がりだよね。」
ヒロ君を指差してそう言ったら、バツの悪そうな顔をして「そうだよ、悪いか。」って口を尖らせてた。
「…………ヤマナツが頑張ってる内は、俺も何も言わない。」
言われた言葉の意味を理解したくなかった。
静かにエレベーターが下降する。
「今のお前に必要なのは、俺達から与えられるものなんかじゃないんだろ?」
今の、俺に……?
それって答えは1つしか無いやつ?
俺にだってそんなの、
………分かんないよ。
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