2nd Season
10.春の雲行き。
「今日、暑かったな。」
事務所から帰るタクシーの中でアズマ君が話しかけて来た。頷いて「そうだね」って返事をすると、俺を見ないで言葉を続けた。
「汗、かいたから……今日も頭洗ってくれる?」
「うん、いいよ。」
そういえば、暑がりで汗っかきだった。体温も俺より高いしシャワーは小まめに浴びてた。頭も毎回洗っていたし。
「毎日洗ってあげるよ。」
ついつい、笑いながらそう言ったらアズマ君もフッて笑った。
「お前、ソロシングル出してんだな。今日聴いた。」
「うん。」
「元々コンサートで歌ってたって織田さんとかが言ってたけど。」
「あ〜、うん。一月にリリースしたアルバムの作曲も俺がしたんだけど、その試作曲だったんだ。好評だったからCDにして貰えたんだ。」
そのシングルを出す経緯とかを知らないだろうと、説明をした。
「アレ、結構いい曲だと思った。やるじゃん。」
「アハハ…、ありがと。」
実は散々アズマ君には褒めて貰ってるんだよ、……言えないけどね。
「売れてるんだって。」
付け足すようにそう言って指で丸を作って見せたら、アズマ君が吹き出して笑った。
「俺の出てる映画も見た。」
春に公開された映画。俺もちょい役で友情出演した。
「お前、演技は下っ手くそだな。」
「うわ、酷っ!アズマ君の友情で出演したのに!」
遠慮の無い言いっぷりに、思わず大きな声で抗議した。そもそも演技したのなんてあれが初めてだったのに。
「超ー棒読み。よく出させて貰えたよな。」
意地悪そうに笑ったその顔が、俺の良く知るアズマ君の笑顔だった。
「…………他には?今日は何を見たの?」
「他?う〜ん、………色々。雑誌とかも見たし、デビューのキャンペーンの映像とか。」
思い出しながら話すアズマ君が小さく「ピンとは来ないけどな」って言った。
そりゃ、簡単には思い出したりしないよな。
………でも、事務所的には早くアズマ君を仕事に復帰させたいんだろうし、アズマ君だって何もしないよりは少しずつ仕事した方が良い筈。
このまま、思い出さないままなのかも。
漠然と考えた仮定に身体の血の気が引いた気がした。
だって、今までの仕事の内容を見て覚えたら、思い出す必要が無いんじゃないの?
そんでもって、仕事をするのに不都合が無かったら、アズマ君だって思い出そうとしなくなる訳じゃん?
歌や振り付けは何となく身体が覚えてるって言ってた。
…………俺の事は?
何となくでも、脳の片隅や身体が覚えてない訳?
歌は聴いてみたら次の歌詞が頭に浮かんだらしい。
振り付けも、映像を見たり少し教えて貰ったら身体が動いたって。
じゃぁ俺は?
何をしたら俺の事を頭に浮かべてくれるの?
どうしたらその身体は俺の方を向いてくれるの?
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