2nd Season
11.通り雨。
テレビ局のスタジオで収録が始まるのを待ってた。
俺の隣に座ったミュウちゃんが台本を読んでた。俯いた頭の高い位置に結んだポニーテール。その裾はカールしてて俯いたニュウちゃんの首に掛かってた。
「………髪、擽ったくないの?」
小さい声でそう問い掛けたら、俺を見て笑った。
「自分の髪だもん、擽ったくないよ。触ってみる?」
ミュウちゃんは顔を傾けて纏められた髪の毛の束を掴んで俺に見せた。
そっとその毛先に触れる。飴のような茶色いカラーの髪の毛。とても滑らかでいい香り。
「ヤマナツ君、屈んでみて。」
そう言われて頭を下げたら、項をミュウちゃんの髪が擽った。
「わ………!」
大袈裟に身体を抱いて声を上げた俺にミュウちゃんとまわりの出演者の人が笑った。
擽ったかった………。きっと顔が赤くなってると思う。
「ねぇねぇ、今度はミュウの番ね!」
俺の方へ向いたミュウちゃんが俺に手を伸ばしてきた。髪の毛に触れられると思ったら、その指は俺の耳朶を軽く摘んだ。
「………ひゃ……、」
肩を竦めた俺に、ミュウちゃんは楽しそうに口角を上げて笑った。
指が耳朶を撫でるように動いて、つい目をぎゅっと瞑った。
「コラコラ、ミュウ!ヤマナツいじるな!」
「だって〜、ヤマナツ君可愛いんだも〜ん!」
リンダさんが丸めた台本でミュウちゃんの肩をポコンと叩いた。
「ねぇ、自分で耳触ってみて?」
ミュウちゃんに言われるまま自分の耳に触れた。着けたピアスごと摘んでみた。
「自分でしても、擽ったくないでしょ?それと同じよ。」
フフフって笑ったミュウちゃんが、自らの髪の毛に触れてポニーテールを揺らした。
そっか、脇とか自分で擽っても平気だもんな。
可笑しくてつい笑ったら、ミュウちゃんも笑った。
そんな俺たちを見てたリンダさんが考え込むように腕を組んだ。
「痛いのは自分でしても痛いよな?痛いと分かってて治りかけた瘡蓋とかつい剥がしてしまうよなぁ?」
真面目な顔でそう聞いて来た。思わずミュウちゃんと顔を見合わせて同時に吹き出した。
「やだぁ〜!リンダさん自虐的過ぎ!!」
分かるけど、って付け足して笑うミュウちゃん。
いつまでも笑う俺達3人に、スタッフが「本番行きます」って声を上げた。
「はーい。」
皆で返事をしてそれぞれの立ち位置についた。
センターはメインMCのリンダさん。向かって右がミュウちゃんで、左が俺。俺の隣にはお笑い芸人コンビの2人で、ミュウちゃんの隣にはテレビ局の女子アナウンサーの人。
ゲストの人を迎えて座りトーク。俺の役目はゲストの人の経歴とかを紹介する事。フリップや資料を持ってはいるけど極力カメラを見て話せるようにと一応覚えてきてる。
その人の情報を伝える訳だから、読み間違えたり吃ったりしないように………と教えてくれたのは、以前CSの音楽番組の月間MCをした時に、アズマ君が教えてくれた。2人の仕事を受け始めた頃だった。
おかげで、番組の中では重要な役割を任せてもらえるようになってる。
アズマ君は色々教えてくれていたんだ。
……本当に今更気付くなんて、俺って…………。
収録が順調に進んで、エンディングトークになった。俺とリンダさんとミュウちゃんがゲストさんの印象や感想をトークする。
ライトが薄暗く落とされてミュウちゃんとリンダさんの言葉に相槌を打つ。
「じゃぁ、今日のゲストを……食べ物に例えたら?」
リンダさんが俺に話題を振る。
「え!食べ物!?」
最後の最後に、リンダさんはいつも例え話を俺に振る。それは動物に例えたり色に例えたりだとか。
「う〜……ん、そうだなぁ、おつまみ系かな。ぶり大根。ぶりはカマの部分が美味しいですよね。」
リンダさんとミュウちゃん、スタッフの皆が笑う。いつも笑われるけど、普通の事言ってるだけなんだけど?
「はい、オッケー!」
照明が明るくなって、お疲れ様って方々から声が上がる。
「また変な事言いました?」
不安になってリンダさんに聞いた。
「いいや?ヤマナツ節絶好調だ。また来週もよろしく!」
楽しそうに笑ってリンダさんが俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「今が旬のイケメン俳優をぶり大根に例えるなんてヤマナツ君しかいないよ。」
笑い声交じりにそう言われて、声の方へ顔を向けた。
「あ、お久し振りです。こんにちは。」
陣内直人さんだった。
以前、からかわれてキスされた。
頭を下げて挨拶をしたら、封筒を俺に差し出してきた。条件反射でそれを受け取ると封筒の中身を告げられた。
「今度パーティー開くから是非来て。それ招待状。」
「…………はい?」
聞こえなかった訳じゃないけど聞き返した。
「誕生日のパーティーだよ。吾妻君とおいで。」
穏やかに笑った陣内さんの顔をじっと見てしまった。
芸能界でHigh-Gradeのメンバー以外にこういうのに誘われるのは初めてだった。
それに「アズマ君と」って言われた言葉にも戸惑ってしまった。
「…………仕事があるかもしれないので、お約束できません。すみません。」
頭を下げて手に持った封筒を陣内さんに差し返した。
「そんなの皆そうだから。来れたらでいいんだよ。」
陣内さんは両手をジャケットのポケットに突っ込んで受け取るのを拒否した。
「来なくても、ヤマナツ君にちょっかい掛けるのはやめないしね。」
アハハって笑って「じゃあね」ってスタジオから出て行った。
出口の所でミュウちゃんが陣内さんに話し掛けてた。
同じフロアのスタジオで陣内さんも撮影だったのだと、見学しに来たのだとミュウちゃんに話してるのを聞いた。
「招待されたのか?」
いきなり後ろからリンダさんが声掛けて来た。
「あ、はい。行けるか分かんないって言ったんですけど。」
「………陣内さん、ヤマナツの事気に入ってるからね〜。」
笑いながらそう言って俺の肩を叩いた。
「陣内さん、男も女もイケルから気をつけろよ。」
「やっぱりそうなんですか?」
そうなのかな、とは薄々感じていた。
しかしキスをされておいて何だが、変な強引さは無くて、それ以上の何かを俺には求めてないような気がしていた。
「ヤマナツは未成年だから、多分守備範囲から外れてると思うけどな。」
白い歯を見せて悪戯っぽく笑って、そう教えてくれた。
「俺もそれ貰ったけど、招待状は珍しいぞ?」
俺の手に持った封筒を指差した。
「え?」
「パーティの案内状は社交辞令的に配るみたいだけど、その色の封筒は『招待状』。陣内さんが直接手渡してるんだ。来て欲しい人に。」
リンダさんがそう言った言葉の意味が直ぐに分かった。思わず手に持った封筒をじっと見つめた。
「面倒見のいい陣内さんのパーティだからな、社交場だと思って参加しろよ、俺もきっと行く。」
お疲れ、って言葉を最後に付け足してリンダさんが手を振った。俺も挨拶をしてスタッフと話してる織田さんの方へと向かって歩き出した。
楽屋に戻って着替え終わってから封筒を開けた。
日時と場所が記されてて、手書きで『プレゼントは持って来ないように。』って綺麗な字で書かれてた。
今月末の金曜日………、それまでにアズマ君の記憶が戻ってるのかも予想出来ない。
有名なホテルが会場みたい。事務所の忘年会で一回行った事がある。
参加したら?ってリンダさんに言われたけど、今の俺にはとても無理だと思った。
1人で華やかな人達の中へ行く度胸も無いし、一緒においでと言われたアズマ君とは無理だし、何より本当に今の俺は今の仕事をこなすので精一杯なんだ。
今度会ったら……仕事が入って予定があったのだと謝ろう。
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