2nd Season
4.波浪注意報。
午前11時。
事務所のミーティングルームに集まり、赤い頑丈そうな紙袋を机に置いた織田さんが俺をじっと見た。
「ん〜……、まだ早いかな。」
おでこを指でポリポリと掻きながら迷ってる風に呟いた。
「分かった。アレだ。」
アキラとアツシが声を上げてニヤニヤと笑った。
「いや、知っといた方がいいんじゃないの?」
オオサワ君とウツミ君が織田さんに近付いて袋の中身を覗いた。
「アズマが居たら反対するかもな。」
ヒロ君が楽しそうに笑って言ったら、皆もうんうんって頷いて笑った。
確かに今日のミーティングは、アズマ君はソロの仕事で不在だけど。
「春コミの新刊の一部、仕入れました。」
紙袋から織田さんが中身を出して積んだ。
「………パンフレット、……本?」
その形態を見て聞いた俺に、皆が声を揃えて教えてくれた。
「同人誌。」
聞いた事が有るような無いようなその単語に、俺はその本を眺めた。
「一番多いのは、やっぱり吾妻と山本、去年の夏から引き続きだな。続いて緑川と厚に内海・大澤。握手会やテレビライブがあったから、レポート本がかなり出てたそうだ。」
織田さんがそう説明しながら一冊を手に取って見せた。
「……あれって、俺達って事?」
表紙に描かれた何となく俺達の特徴を捉えた風な少女マンガチックな7人。
「そう。俺達を題材にした素人さんが描いた漫画。」
アキラがフフフって笑って教えてくれた。
「完全なるフィクション。」
続けてヒロ君が言った。
「レポート本なら見ても大丈夫じゃない?」
ウツミ君が机に積まれた何冊かの中から一冊を選んで俺に差し出してくれた。
ノートの大きさの薄っぺらい本を受け取って、表紙を眺めた。
「多分コレがナツ君じゃない?で、コレがアズマ君。コレが俺でコレヒロ兄。」
表紙のキャラクターを指差してそう教えてくれるアツシに「ふぅん」って返事して本を開いた。
内容は、握手会の時の衣装やトークの詳細なんかがびっしりと書かれてた。
なるほど。遠くて行けない会場の内容なんかも、ファン目線でレポートが読めるんだ。
アズマ君とヒロ君のレポートを読んでみた。
「………あんまり、じっくり読まない方がいいかもよ?」
アキラが苦笑いしてた。皆もそれぞれに本を開いてパラパラと中身を見てた。
織田さんが座った俺の後ろに来て、読んでた本のページを2・3枚捲った。
「お前との握手会のレポートは、どの本も盛り沢山だった。」
日付と会場名が書かれたそのページには、表紙と同じ絵の俺?とアズマ君?が描かれていて、質問コーナーでの受け答えとかが細かく書かれてた。
「これは……細か過ぎるから、多分レコーダー持ち込んでるな。」
コンサートや握手会等のイベントでは、一応カメラやレコーダーの持ち込みは禁止されてる。
「凄い、こんな所までみてるんだ。」
登場してすぐに歓声に驚いた俺がアズマ君の背中にしがみ付いた所や、何度も顔を見合わせて笑っていた事、こんな事してたっけ?って所迄書かれてて驚いた。
そして、さっきから目に付く言葉。
「……アズ…ナツ……って何ですか?」
後ろに立つ織田さんを振り返って聞くと、周りの皆が一斉に俺を見た。
「アズマとヤマナツの事だよ。因みにアズマとヒロユキだとアズヒロ、アキラとアツシはアキアツ。」
オオサワ君が説明しながら、今迄オオサワ君が見ていた本を俺に渡してくれた。
「それがアズナツ。」
さっきとは違う絵柄の俺?とアズマ君?の2人。
「覚悟して開け。」
ヒロ君とオオサワ君が同じ言葉を俺に言った。
そんな事言われたら……怖いんだけど。思わず織田さんを見上げた。
「大丈夫、あんまりキツイのは今回無いから。」
「キツイのって、何ですか?」
聞かずには居られなくて、つい問いかけた。
「ソレに耐えられたら教えてやる。」
俺の手に持った『アズナツ』の本を指差して織田さんが苦笑いした。
本を開いて目に飛び込んできた絵を見て、多分…俺とアズマ君のマンガなんだろうとページを捲った。
読み進めて行く内に、その内容が友情物語でもギャグ漫画でもない事が俺でも分かった。
……俺とアズマ君の恋愛マンガなんだ。
抱き合ってキスしてる多分俺達?の絵を見てから、もう一度織田さんを振り返って見上げた。
「キツイのって、ひょっとして俺とアズマ君がもっと際どい事してる話って事ですか?」
「まぁ、そうだ。それは漫画だけど、小説とかなんかは全体的にもっとディープだな。」
椅子から立ち上がって、本が何冊か積まれた机に近付くと、オレンジ色の文字でタイトルが書かれた本を手に取った。
表紙を捲って、最初に書かれた注意書きみたいな文章を読んで、また未知のワードを見つけた。
「山本夏希……総当たり…って?え?総受け?」
俺が…総?全く何なんだか分かんない。
苦笑いしながらウツミ君が俺の肩を叩いた。
「まず、受けってのは、お前が女役って事だ。」
女……役?って事は……、
「総当たり、つまりメンバー全員とカップリングされてて、全部お前が女役って事だな。」
机に肘をついて俺を指差したオオサワ君が説明した。
「ぜ、全員!?」
どういう事?……理解できない。
「それって、俺、凄い尻軽みたいじゃない?」
複雑な気分でそう言った俺に、皆が吹き出して笑った。
「作り話だろ!それに1つ1つがそういう設定で、一度に二股だとかいう話じゃないから。」
あ、そうなんだ。
「良かった、7Рとかじゃないんだね。」
俺の呟いた言葉に、また皆が吹き出した。
「な、7Рって!怖いじゃん、何言ってんの!ナツ君!」
アツシが顔を真っ赤にして笑ってた。
呆れた顔したヒロ君が俺を指差して言った。
「お前が総受けなんだから、お前が6人分受けるんだぞ?あり得ねぇだろ。」
俺が皆を………?
ぅわ……想像できない。
パラパラと捲った漫画の中の俺?は、ヒロ君?に抱き付いてたり、オオサワ君?にベッドに押し倒されてたり、アズマ君?とどこかでキスしてたりしてた。
「アツシと、って事は、………ナツアツ?」
先程聞いたカップリングの読み方を予想してみたら、皆が声を揃えて訂正した。
「アツナツ。」
………どこが違うんだ。
「ヤマナツが受けだから後になるんだよ。アツシ攻め・ヤマナツ受け。」
手でジェスチャーをしてウツミ君が説明した。
「ナツアツだと、ヤマナツが攻めでアツシが受けになるな。」
ヒロ君がハハハって笑って言った。
「あ、何かナツ君とアツシっていいね。違和感無いじゃん。ナツアツでもアツナツでも。リバーシブル?」
アキラが楽しそうに笑って言った言葉に、皆が「本当だ」って笑った。
違和感無くねぇだろ……。
そもそも攻めって何?攻撃?
………リバーシブルって、何?
「まぁ、とりあえず。そういう世界があるって事を踏まえて貰って……。」
織田さんが俺の手から『山本夏希総当たり』の本を取ると袋にしまった。
「吾妻と山本の雰囲気が強過ぎるから、ちょっと吾妻と山本に距離を取らせようと思うんだ。」
織田さんが椅子に座りながら手帳を出した。
「そうですね。ワイドショーの事もあるし。」
オオサワ君が頷いて一言付け加えた。
ワイドショー……って、昨日の会見?やっぱり、何かダメな事言ったんだ、俺。
「吾妻と山本2人の仕事もこれからは他のメンバーに振り替えて行こうと考えてるんだ。」
織田さんの話を皆が黙って聞いてた。
「今の所、吾妻と山本………以外で博之と山本ってのが結構ニーズが上がってきてるから2人の仕事をこれから入れるから。」
俺とヒロ君をボールペンで交互に指して織田さんが言った。
「はい。」
ヒロ君が返事をして、俺も続いて返事をした。
「で、緑川は暫く大学が軌道に乗るまでソロ自粛。」
「はい。ありがとうございます。」
アキラがそう返事をしてた。
「厚。お前は学校無いから、これからは皆同様仕事入れるからな。朝からの仕事もあるぞ。」
「はい。お願いします。」
俺が高校を卒業した時も同じような事を言われた。
朝からの仕事は直接現場入りしたりする。
午後からの仕事は、内容によって直接行ったり、事務所へ来てからの移動だったり。
フルに仕事をするようになって、学校へ通っていた頃に、事務所が学業を優先させてくれていた事にすぐ気付いた。
「吾妻はまたドラマの話もあるし、大澤も連ドラ出演続行だし、忙しくなるけど頑張ってくれよ。」
「うぃっす!」
オオサワ君が返事した。
「内海。お前にもオファーが来てるから、5月中に車の免許取ってくれよ。」
ウツミ君は今車の免許を取得するために自動車学校に通ってるんだ。
「………5月でダメだったら?」
「中退しろ!6月からの仕事が決まってんだ!」
「………はい。」
渋々返事したウツミ君に皆がクスクスと笑った。
「山本………は、いきなり吾妻との仕事を無くしたら、さすがに先が読めないから…まぁ、徐々にソロに切り替えてくから。」
「はい……。」
先……?が読めないって?
距離を置くって?
ワイドショーでの事があるって?
俺だけ、色々分からない事だらけ……。
織田さんがさっき言ってた「こういう世界があるのを踏まえて」って、何に続く言葉だったの?
今更どういう意味ですか?って聞けなくて、曖昧な返事をした。
とりあえず俺に分かるのは、アズマ君との仕事がこれからは減るっていう事。
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