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2nd Season
13.天気雨。


翌朝、いつもどおり俺の作った朝食を口に運ぶアズマ君が俺を呼んだ。

「これって、何の鍵か分かる?」

ポケットからキーケースを取り出してテーブルの上に置いた。

「こっちは……多分アズマ君のマンションの鍵。この小さいのは知らない。」

指を差してそう答えると「あっそ」って返事してまた食事を再開した。

「なぁ、夏希。俺の部屋の洗濯ものも洗っておいて。」

「いいけど、部屋の外まで出しといて。」

今迄も下着やシャツ等は洗濯機に突っ込んであった。多分昨日汚れたシーツの事だろうと思い浮かべた。

出掛ける準備をして部屋の電気を消した頃、またアズマ君が俺を呼んだ。

「おい、夏希。」

「……あのさ、皆の前では夏希って、呼ばないで。」

多分、自分は呆れたような表情だった。

身体を繋げた瞬間から、今のアズマ君は面白がって俺を『夏希』と呼ぶ。

「周りには内緒の関係だったって事?」

「そう。変に勘ぐられて叱られるの嫌だろ?」

そうじゃない、けど、叱られるのは本当。

「分かったよ、ヤマナツ。」

靴を履いて荷物を肩に掛けると、アズマ君がまた俺を呼んだ。

「夏希。」

つい溜め息をついてアズマ君を見ると、意地悪そうな顔で笑ってた。

「またしような。」

本当に俺をセフレだったと思ってるのか。

だったら、断ったらやっぱり付き合ってたのかってガッカリされる?

「…………嫌だって言ってもするんだろ。」

顔を背けて吐き捨てるように言った。

昨日だって、最初に嫌だと言っただけで抵抗なんかしなかった。

出来なかった。

そんな気力が湧かなくて、されるがままになった。

何度も耳に『夏希』と囁かれ、その度に身体を硬直させる俺をアズマ君は楽しそうに見てた。

俺の性器には一度も触れず、挿入する時に尻を左右に開かれただけで、後は腰や肩を掴まれて自分の思うままに俺を使った。

酷く扱ってくれて、却って良かった。

だって俺を何とも思ってないって事を、思い知らせてくれたんだから。






テレビ番組のロケで都内の公園に来た。

これも本当はアズマ君との仕事だったけど、相手がヒロ君に変わった。

撮影準備が始まるのを待つ間、芝生広場の前にあるベンチに座ってた。

ぼんやりと空を眺めて、視界に入る景色を見上げてた。

雨、降るのかな。

太陽は出てて青い空が見えてるけど、東の方にあるねずみ色の雲は雨雲っぽい。

「ヤマナツ。もう少し待ちだって。」

ペットボトルの水を差し出しながらヒロ君が隣に座った。

「あ……うん。ありがと。」

受け取ってキャップをあけた。

「明日からアズマ入りで仕事だって。」

頷いて返事をした。という事は、病院でギブスを取って貰ったんだ。

ペットボトルに口を付けて2口飲んだ。そのまま、また空を見上げた。

電燈の天辺に鳥がとまってた。一生懸命に羽根を繕ってた。

反対側もするのかなって、じっと見てたらこっちを見たような気がした。

もう一羽飛んできて、狭いその電燈の上で2羽がちょこんと乗ってた。

後から来た鳥は居場所が良くないのか、寄り添うように元から居た鳥に近付いて行った。

元から居た鳥は、電燈の上で跳ねて逃げるようにその鳥から離れた。

「何だよ、友達じゃないのかよ。」

思わず声に出して突っ込んでしまった。

「は?」

隣に座ったヒロ君が俺を見て変な顔した。

「………何でもない。」

笑った俺を見たヒロ君が、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「寝てないのか?そんな目して。」

………昨日は、眠れなかった。

何を考えてた訳じゃない。何も考えられなくて……自分の部屋で、ただ窓の外が明るくなってくのを見てた。

「大丈夫、移動中に少し寝るから。」

「無理して笑うな。」

無理してるように見えた?気を付けないと。

「お前が一番落ち着かなくて、お前が一番辛いんだって皆分かってる。頑張りすぎるなよ。」

肩を組まれて引き寄せられた。

「ありがとう。でも、本当に大丈夫。思ったより冷静なんだよね、俺。」

これは本当。最初こそ取り乱したけど、事実を受け止めるのは以外に早くて、どうしようもないって事もすぐに理解しちゃった。

スタッフと話してた織田さんが、俺とヒロ君を見て手招きしてる。

「あ、始まるんじゃない?行こ。」

ヒロ君にそう声を掛けて立ち上がった。

さっきの2羽の鳥も一緒に飛び立って行った。飛んで行った方向はやっぱり同じで、ついまた声に出して呟いた。

「やっぱ、仲良しなんじゃん。」




夕方頃、ロケを終えて事務所に戻ると、アキラとアツシに会った。これから2人でFMに出演するんだって。

「ナツ君これおみやげ。」

「俺達今日スィーツのお店取材だったんだ。」

2人が小さな箱を俺にくれた。

「ありがと。今食っちゃおうかな。」

そう笑った俺にアキラが「元気?」って聞いてきた。

「……うん、元気だよ。ありがとう。」

皆が、俺に気を遣ってるのは分かるんだけど、自分なりに普通でいるつもりなんだけどな。

「ちゃんと仕事もできてるし、笑顔が曇ってるとかじゃない。いつもの山本なんだ。」

俺の後ろから織田さんがそう声を掛けてきた。

「だから心配なんだよ。」

隣にいたヒロ君も続くように言った。

「ちょっとぐらいブレてもいいのに変わらないから、無理してるんじゃないかと思ってんだよ、皆。」

俺の背中を叩きながら織田さんが話した。

無理はしていない。

俺のアズマ君に対する気持ちが無くなった訳でもない。

記憶が元に戻るのを諦めたつもりはない……、多分。

事実を受け止めたんだ。

これから自分がどうしたいのかはまだ分からない。

それでも今は、もう少しだけアズマ君と居たいと思ってる。

俺の知らない、俺を知らない、アズマくんでも。



企画室の応接スペースに、アズマ君の姿が見えた。

右手にはもうギブスを着けてはいなかった。

仕事の説明を受けてるのか、この10日間に俺が見た事のない仕事モードの顔になってた。

外見は、俺の知ってるアズマ君。

だから俺は期待してしまうんだ。

俺の知ってる表情をする度に、もしかして戻ったのかといちいち思ってしまう。

全く違う意思で口にする、俺を呼ぶ『夏希』って声にさえ。

すぐに離れる事の出来ない弱い俺を、アズマ君は見透かしてるのかもしれない。




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