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2nd Season
12.強風による荒天。


湯気の立ち込める浴室内でアズマ君の濡れた髪に触れた。

あれから毎日、アズマ君の頭を洗ってあげている。俺も中々手慣れたもんだ。

でも、きっと今日でそれも最後。

経過が良ければ、明日の通院でギブスを外すんだって。

あれからもう10日経った。

アズマ君の記憶に変化は無くて、漸く俺との生活にも慣れたかと思ってたんだけど、ギブスが外れるのならば切り出そうと思ってた事を口にした。

「明日病院行くんだろ?」

「あぁ。もぅ腕が痒くて堪らねぇよ。」

袋に入った腕をガサガサと袋の上から掻いてた。

ハハハって声を出して笑いながら、頭をタオルで拭いた。

「明日ギブス外れたらさ、やっぱ自分のマンションに帰ったら?」

「…………何で?」

何で、と聞かれるとは思わなかった。

「やっぱ、気ぃ遣うでしょ?俺と居るの。」

記憶を失くす前の自分が一緒に住んでいた、記憶を失くす前の自分が仲が良かった、………けれど今のアズマ君が知らない俺。そんな俺と一緒に居るのは今のアズマ君には心地良いものだとは思えなくて。

朝晩だけは一緒の空間で過ごす。昼間は俺は仕事してアズマ君は事務所やスタジオで今までの資料見たりレッスンをし直したり……、そんな時は俺とは全然話をしない。

ヒロ君やウツミ君、オオサワ君、アキラとアツシ……レッスンをしてくれる先生や事務所の人達。

19歳のアズマ君が慣れ親しんだ人達と話したりしてるのをずっと見てきた。

俺を知らないアズマ君は、俺の知らないアズマ君なんだ………。

「………気ぃ遣ってはいねぇけど?」

「…………そうなの?」

うん、………気を遣ってんのは寧ろ俺かもしんない。

「出てって欲しい訳?」

離れたくない、出来れば一緒に居たい。こんな状況でも、俺を何とも思ってくれていないアズマ君でも傍に居たいと思う。

「………分かった、いいよ…出てく。」

すぐは無理だけど近い内、とアズマ君が上を向いた。

「じゃあさ、最後に俺の世話頼んでいい?」

「え、何?」

頭を拭いたタオルを取ると、俺を見上げたアズマ君を見た。

「溜まってんだけど。」

「…………は?」

俺を真っ直ぐ見る、その目に見覚えがあった。

「もう10日は抜いてないんだけど?この手だし。」

そう言って、ビニール袋を巻いた手を上げて俺に見せた。

「右手使えないと不自由でさ。俺の右手の代わりしてよ。」

何の事を言ってるのかは分かるけど、意味が分からない振りをして「何?」ってもう一度聞いた。

「分かんねぇ訳ねぇだろ。重いから出したいんだっつの!」

「そ、んなの……明日まで待てばいいじゃん!」

明日ギブスが取れるかもしれないんだし。

「取れなかったらどうすんだよ、今出したいんだよ。俺を病気にする気か!」

後ずさりしかけた俺の腕をアズマ君の左手が掴んだ。

「そんな事、普通…友達に頼まないだろ!?」

「友達なんかじゃ……ねぇだろ。」

低い声が浴室に響いた。

「な、に………言ってんの?」

息苦しい。凄く、嫌な予感がした。

「お前が何か隠してんのなんて、バレバレだよ。」

掴まれた腕が熱い。ソコに心臓があるみたいに腕がドキドキしてる。

「……………夏希。」

名前を呼ばれて、顔が目が熱くなった。

掴まれた腕が震えだした。

「当たり?ビンゴだろ。俺の事、好きなんだろ?」

「ち、違………、」

「で、付き合ってたんだろ?俺ら。」

何で、俺……そんな風にアズマ君の事見てた?

「だって、そうじゃなきゃおかしいじゃん。俺が男と住んでるなんて。」

確かに、俺……男だけど。

「明らかにさ、俺とお前の種類違うだろ?仲が良いってのも信じらんなくって。」

言われた言葉が、頭の中で何度も繰り返すように響く。言い返す事も弁解する言葉も浮かばない。

「さすがにさ、ベッドの下にあったモン見たら気付くって。アレってどう見ても女用じゃ無ぇし。」

ベッドの下、アレ、そのキーワードが何を指してるのか分かる。

顔が更に熱くなった。きっと真っ赤な顔になってて、もう何を言い繕ってもその憶測を覆せない状況を自分が作ってしまったのだと、絶望した。

「なぁ、………夏希。」

イヤだ、名前で……呼ばないで。

「手じゃなきゃ、お前の身体でもいいぜ?」

俺の腕を掴んだまま、立ち上がったアズマ君が顔を寄せてきて耳元に囁いた。

「案外さ、お前を抱いて思い出すかもしんないぜ?」

そんな訳無い。

………無いって、思うのに……、そうかも…なんて少しでも考えてしまう自分は凄く馬鹿だ。

「俺はどっちかってゆぅと、お前を試してみたいけど?」

笑うような、からかうような声で言った言葉に俺は身動きできなくなった。

『試す』って、それって…好奇心な訳?

前の自分が抱いてたかもしんない俺を、抱けるのか試すって事?

腕を引かれて、浴室から出た。濡れたままの身体を気にもしないで廊下を歩いていく。

俺の足も濡れたままで、歩く度に折り曲げて捲り上げたズボンの裾がずり下がった。

「入れよ。初めてじゃねぇだろ?」

アズマ君の部屋のドアは少し開いてて、脚で蹴るようにして扉を押し開けた。

10日ぶりに入ったアズマ君の部屋は、俺の知ってる部屋じゃなかった。

家具の位置が違うとか、物が増えてるとかじゃなくて……散らかってた。

ベッドは起きたままで布団も畳んでなくて、上着やジャージは脱いで投げっぱなしで、本は開いて重なって乱雑に置かれてて、お菓子やパンのゴミもそのまま。

見回さなくても一目でこの部屋が散らかってるのが分かる。

当然で…言ってはいけない言葉だと分かってるけど、アズマ君じゃないみたいだと思った。

唖然としてる俺の背中を突き飛ばし、ベッドへと倒れた俺のズボンのウエストを徐に掴んだ。

咄嗟にベッドの上を転がりながら自分もズボンのウエスト部分を掴んで脱がされないように逃げた。

「何、ソレ。抵抗してるつもり?」

「だって、こんなの………こんな時にする事じゃないじゃん!」

気持ちの無い行為がどれだけ虚しいものか、俺達は知ってる筈なのに。

それを覚えてないんだからしょうがないとは思うけど、今のアズマ君が俺を何とも思ってないのにその気になるとも思えない。

俺を見下ろすアズマ君の目は、正視したくない程冷たいものだった。

抵抗する俺を馬鹿にするように鼻で笑った声が、更に俺を絶望へと追い詰める。

「……記憶失くして恋人が自分の事忘れるってさぁ、よくドラマや漫画であるじゃん?」

ベッドに膝を乗せて左手をついた格好でアズマ君が近付いてきた。

「相手を全く忘れてるのに、もう一度そいつと恋に堕ちるとかさ、そんなのまず無ぇだろ。」

そう言った目は、さっき浴室で見覚えがあると思った目の色だった。

「思い出せばそれもまた面白いかもしれねぇけど、俺思い出したくも無ぇよ。」

もう、アズマ君の顔は笑ってなくて、それが今の本音なんだと……思い知らされて。

「自分が男と真面目に恋愛してたなんて、冗談にもならねぇ。」

さっきより近くに来たアズマ君の顔を見られなくて、視線はベッドへ上がってくる手や膝を眺めた。

濡れた身体がシーツの色を変えていく様を見つめる俺の頭を、アズマ君の手が髪を掴んで上へ向かせた。

「お前がそんな、傷付いた顔してても、何とも思わねぇし。」

至近距離のアズマ君のその目は、………退院したばかりの時に事務所のミーティングルームで「他のメンバーは顔見知りだったけどさ、あんたは知らなかったから」って言った時の、俺を否定した時の目だ。

「でも、ま……仲良くしようぜ。夏希。」



強引に、


力任せに着ている物を剥がれて、


ベッドの下にあるアレを取り出して、




……アズマ君は俺の身体を使った。




本当に、ただの性欲処理だった。




溜まっていたから出したんだ。




俺の中へ。





ローションを使ってくれたから、ケガこそしなかったけど、何の愛撫もない熱の捌け口みたいな行為。

愛撫なんて、ある訳が無い。



だって愛情がソコには無いんだ。





「ダンスとかの振り付けって身体が覚えてたけど、お前の身体も覚えてたみてぇだな。」

不自由だと言ってた左手で器用にティッシュで自分の性器を拭ってた。

「普通に良かったぜ。」

何か満足そう。出せれば良かったんだ。

「恋人っつぅか、セフレだったとか?」

ゆっくりと身体を起こして、ベッドの端にかろうじて引っ掛かってたズボンを掴んだ。

「…………そうだったかもね。」

漸くそれだけ告げて、ベッドから降りた。

肩からはだけたシャツを直しながら出て行こうとしたら、名前を呼ばれた。

「何だよ、言いたい事とか無ぇの?」

言いたい事を言わせて、どうしたいんだよ。

「……………ゴミくらい、ゴミ箱に捨てたら?」

床に落ちてるパンの空き袋を指差してそう言って、部屋を出た。

所々濡れた廊下を、その水滴を辿るように力無く歩いた。

洗濯機に脱いだ服を入れて浴室に足を踏み入れたら、内腿をアズマ君の精液が零れて伝い流れてきた。

浴槽に溜まったお湯を抜いて、シャワーを出した。



涙なんか出ない。



悲しくも切なくもない。



ただ、辛いだけ。



だから涙が出ないんだ。







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あきゅろす。
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