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2nd Season
9.温帯性風雨。


一面の蒼の中で俺は寝ていた。

動けない訳でもなく、息ができないわけでもなくて、でもこれが夢なんだと、夢を見ているのにそう思った。



ふと目を開けた。外が薄く明るくなってた。

今日は寝汗をかいてはいなかった。

いつも目が醒めて覚えてるのは、その夢の色が蒼だったという事だけ。

一昨日はアズマ君が入院したり、色々あって一睡も出来なかった。

今日で何度、訳の分からない夢を見たのだろう。

まだ早いとは思ったけど、自分の部屋を出たらリビングの明かりが点いてた。

靴下を持ってリビングを覗くと、テレビの前のソファにアズマ君が胡坐をかいて座ってた。

「おはよう。寝なかったの?」

「おう、おはよ。俺あんま寝ない体質なんだ。」

……知ってるよ。

「ふぅん。疲れないの?」

「まぁ、昨日は仕事もしてねぇしな。」

アズマ君はソファから立ち上がって、空き缶を片付けようとしてた。

「あー、19歳なのにビール飲んだ!」

手に持った空き缶がビールのものだと気付いた俺がそう声を上げたら、吹き出して笑ってた。

「身体は22歳だろうが!大体な、お前だって19だろ。冷蔵庫にコレは絶対俺用だって思うだろ!」

「あははは!そうだよ、アズマ君用。冗談だってば。」

何だ、自分…ちゃんと今のアズマ君と話せてるじゃん。そう思ったらちょっと安心した。

「お前も朝早いんだな、ってゆうか起こしたか?」

「ううん、今日はたまたま目が覚めただけ。ご飯作ろうか?」

昨日やその前、俺が目覚めが悪かったのを知らないアズマ君には、そう嘘をついた。

プレイヤーのリモコンを掴んで映像を止めたアズマ君が伸びをしてた。

「まさか、ずっと見てたの?」

「ん〜……、思い出すかなって、」

「思い出した?」

「全然。」

そうだよな。そんな簡単に思い出せたら医者いらねぇし。

「でも、お前と俺が仲良しっぽいのは分かった。色々2人でしてた。」

「へ?何見たの?」

机に積まれたDVDを見たら、発売されたばかりの年末年始の冬コンのDVDと、アズマ君が出演したドラマや映画のキャンペーン映像。後は番組に出演した際の記録。

「歌とか、覚えてねぇと思ってたのに次の歌詞とか口ずさめる自分にちょっと感動した。」

それって……、凄いんじゃん。身体や脳が覚えてるって事かな。

「へぇ、じゃあさ、ダンスとかも案外身体が覚えてて踊れるんじゃないの?」

「だといいけど。」

まだ見ていないらしいディスクをテーブルに積み上げ、見終わったのを紙袋にしまってた。

昨日の帰り際に、アズマ君にDVD入りの紙袋を渡した後、織田さんが「夏の特番とか、キスしたやつは入ってないから」ってこっそり俺に教えてくれた。

確かに、それこそ今のアズマ君には余計な情報だ。アズマ君が自分で思い出すまでは、俺との事は伏せておくように俺がお願いした。

アズマ君の向かいのソファに座って靴下を履いてると、不思議そうに俺を見てた。

「………ご飯食べる?」

「あ、………あぁ、うん。」

普通に喋れてると、思ってた。

違った。

普通に喋ろうとしてるんだ。

俺もそうだけど、俺よりもアズマ君の方が。

ほんの一瞬の微妙なその空気に気付いてしまった。


その事に気付いてからは、お互いに言葉を交わせなくなってしまって、俺が作った朝ご飯を食べてる間も、俺が洗濯を干してる時も、織田さんの迎えが来て2人でエレベーターに乗ってる時も、必要以外の会話が失くなった。





「どう?アズマの様子。」

「うん、変わらないかな。」

アズマ君との仕事が出来ない代わりに増えたヒロ君との仕事。

順調に撮影も終わってヒロ君が俺に話し掛けてきた。

「何かあった?」

「無いよ。」

「ふぅん。」

「何?」

短く会話した後、前を歩いてた織田さんが俺とヒロ君を振り返った。

「気を付けろよ。」

俺に指を差して一言だけそう言った。

ヒロ君を見たら、溜め息ついてた。

「前も言ったけど………19歳のアズマって、荒んでたんだよ。」

以前に少しだけ聞いた、俺の知らないアズマ君の話。

「19歳って言っても、20歳になりそうな頃なら……もうグループの結成の話になってるんだけど、」

「High-Gredeを全く知らなかったから、その可能性は無いだろうな。」

織田さんがヒロ君の微かな期待を打ち消した。

「実際19だからって、19の全ての記憶が今ある訳じゃないだろうから、これから塗り替えられる事もあるだろうけど。」

19歳のアズマ君は、話し方が前より幼くて、俺とのちょっとした会話も冗談で返したり、でも…記憶を失くして不安な気持ちを俺に打ち明けてくれた。

「そんな危うい感じは無かったけど……、でも一応注意して見ておきます。」

その頃のアズマ君を知らない俺には、今朝までのアズマ君しか知らない。

……去年の夏に俺がアズマ君を怒らせた時の様な、あんな激しい感情は、感じられなかった。

いくら荒んでいた頃のアズマ君に記憶が戻ったと言ったって、急に身体や周りが3年経ってた状況って、きっと不安で心細いものだと思う。

記憶が戻って欲しいという想いはあるけど、記憶を失くす直前の俺達の出来事を思い出すと、急いで戻らなくてもいいなんて思ってしまう。

こんな状況なのに自分本位な俺が、腹が立つ……。



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あきゅろす。
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