2nd Season
8.追い風。
「こんなに一度に見られねぇって。」
マンションへと帰って来て、エレベーターに乗り込んでからアズマ君が左手に持った紙袋を俺に見せた。
「たくさんだしね。」
俺達が仕事をしている間、アズマ君は事務所で今までの仕事の映像や資料を見せられて、コレだけは見ておけと渡されたDVDが紙袋いっぱいで、お土産と言うか…宿題として持たされたのだとか。
部屋に入ると、持ってた袋を上がり口に置いてブーツの紐を解こうとしてたアズマ君に声を掛けた。
「手伝おうか?」
「ん?まぁコレ位は出来る。何、マジ世話焼いてくれる訳?」
踵を踏みながらブーツを脱いだアズマ君に聞かれて、背中を向けながら笑って返事した。
「自分で出来んなら、自分でやって。子どもじゃないんだろ?」
「ちぇ。」
現在住んでいるアズマ君の家・即ち俺の家へと帰って来て、暫く様子を見る事になった。
俺が仕事へ行く時に一緒に家を出て事務所へ行き、俺が帰る時に事務所へとアズマ君を迎えに行く。
ヒロ君はそんな状態を「託児所に子供預けるママみたい」だと笑った。
実際、中身が19歳のアズマ君は少し話し方が幼くて、中身だけで言ったら俺と同い年な訳で。
「ココ、アズマ君の部屋ね。」
ドアを指差してそう教えると、「おう」って返事してた。
「お風呂入る?昨日入ってないだろ?」
「ん〜、でもこの手だしなぁ。」
浴室に入って、バスタブにお湯を張り始めた。
迷ってる風だったアズマ君に、一応お風呂場の場所とトイレの場所を教えた。
「そんなの、袋かラップで巻いて入っちゃえば?」
ギプスのついた手を指差してそう言うと、アズマ君が頭を掻いて言い返した。
「頭、洗えねぇだろ。洗ってくんねぇの?」
「は?俺が?」
「一緒に入ろうぜ。」
それは………、ちょっとヤダ。
一緒になんて、そんなのは、今の俺には絶対無理。
「何だよ、ケチぃな。」
舌打ちしながら、上着のシャツを脱ごうとしてたアズマ君が、お約束どおり手首でシャツが詰まって腕をブンブン振ってた。
「………分かった、頭洗うよ。温まったら呼んで。」
引っ掛かったシャツを腕から抜いて、服を脱ぐのを手伝った。ビニール袋に腕を入れると、肘の辺りで結んだ。
「慣れてんな。」
「………前に俺も足にヒビが入って、暫く仕事休んだんだ。って、覚えてないよな。」
引き締まった身体を目の当たりにして、鼓動が早くなった。
浴室を覗くと、半分位お湯が溜まっていた。
「じゃぁ、後で呼んで。」
「あ、おいヤマナツ。」
顔を見ないように、アズマ君の横を通り過ぎようとしたら名前を呼ばれて身体が大きくビクついた。
「洗濯モンは?どうすんの?」
脱いだシャツとパンツを無事な左手で摘んで俺に見せた。
「洗濯機ソコ。つぅか、男同士でもそんなの見せんなよ。」
白い四角い洗濯機を指差し、恥ずかしげもなく全裸の肉体美を晒すアズマ君に呆れたようにそう言った。そうゆう風に、ちゃんと言えてたかは自分では分からないけど。
「ハハハ、どうせ頭洗ってくれる時に見られんだろ?」
笑いながら浴室の中へと入って行ったアズマ君を、確認してから自分の顔を洗面台の鏡で確認した。
顔が赤くはなっていないけど、………変な顔。
こんなんで、俺大丈夫かな。
当然だけど、俺とアズマ君の関係はまだ言えてなくて、出来れば知らないまま過ごせたらと思ってる。
正直、アズマ君が3年後の自分に男の恋人が居ると知ってどう思うかが怖い。
驚くだけなら想定できるけど、最悪の場合ばかりが思い浮かんで、普通に同じグループのメンバー同士という接し方でさえ、きっとかなりぎこちないと思う。
「おーい、ヤマナツー!洗ってー!」
そう呼ばれて、靴下を脱いで袖を捲った。
「あれ、何だよ。お前は裸じゃねぇの?」
「頭洗うんだろ?俺は後で入るもん。早く出て。」
浴槽に浸かって、縁に頭と腕を乗せたまま入って来た俺を見上げたアズマ君に指示した。
立ち上がって浴槽の縁に座って頭を屈めて貰う。
「目、瞑ってて。」
シャワーを頭にかけると、髪の毛を濡らした。
シャンプーを手に取って手の平で捏ねると、片目を閉じたアズマ君の目が俺を覗いた。
気付かない振りをして、シャンプーを始めてその頭を泡だらけにした。
「………気持ち、いい〜。」
呻るようにアズマ君がそう言って、思わず笑った。
確かに人に洗って貰うのって気持ち良いんだよな。
前に俺もアズマ君に洗ってもらった事がある。気持ち良いし、凄く甘やかされてる気分だった。
「流すよー。」
「ん。」
シャワーヘッドを掴んで、お湯が温かいのを確認してから頭へと掛けた。トリートメントまでして頭を流し、タオルで頭を拭いてあげると気持ち良さそうに「ふぃー」って声を上げてた。
「なぁ、ヤマナツ。」
「ん?」
「本当に俺と仲良しだった訳?」
いきなり確信をつかれたような気がした。
「うん……仲良しだったよ。」
嘘じゃないのに、そう言った言葉が自分でも嘘臭く感じた。
「今日テレビで俺とお前がワイドショーに出てた。」
あぁ、アレか。一昨日の囲み取材だ。
「お前が俺と仲良しなんだって、答えてた。」
「うん。」
「テレビに映ってた俺は、何か俺じゃなかったみたいだった。」
今日、事務所で会った時にヒロ君と冗談交じりに話してた『心細いんだ』と言った言葉は、本当の気持ちなんだと今頃気付いた。
「当たり前だよ。だって今のアズマ君は俺からしてみたらアズマ君じゃないみたいだもん。」
「あぁあ?」
チンピラみたいな声を上げたアズマ君に構わず続けた。
「誰だって自分の3年後の姿にピンと来ないよ。俺だって3年後どんな大人になってるか想像つかねぇもん。」
じっと俺を見上げてるアズマ君の目が俺の知ってる色を覗かせた。
「アズマ君、今は19歳なんだろ?俺とタメじゃん。弱音吐いてもいいぜ?」
タオルを頭に被せて浴室のドアを開けた。からかうようにそう言い残して浴室を出ると、タオルを投げ返された。
「ばーか、身体は22歳だっつの!」
ハハハって、笑いながらドアを閉めた。
何も解決はしていないのに、俺の知らないアズマ君のままなのに、やっぱり俺の好きなアズマ君で……、自分も乗り切るしかないんだと実感した。
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