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2nd Season
6.曇りのち雨。


ステージリハーサルの順番が回ってきて、俺達はステージへと上がった。

High-Gradeはシングルメドレーを歌う。

流れてきた伴奏に合わせてステージの上を動き回る俺達。

集中しないと危ない。

俺とアズマ君には激しいアクロバットが組み込まれた振り付けだから。

分かってるけど、タイミングを合わせないといけないのに、後ろめたくてアズマ君を見られない。

それでもミスをしないで最後まで歌えた。

だから、ちょっと油断をした………。

マイクを片手に持ったままバク転。身体を後ろへ回転して右手を付く、筈だったのに。

視界に入ったのはステージの色とは違う黒。

「夏………!」

手を付く所が無くて俺の身体は頭から黒い中へと落ちた。

落ちると感じた瞬間、無意識に両手が自分の胸を掴んだ。咄嗟に指を庇う自分にちょっと呆れた。



次に来たのは身体中への衝撃だった。

落ちたんだ。

ステージの上から。



そう分かっていたのに、目を薄く開けたら周りは暗くて、ステージの中へ落ちたのだと理解するのに時間がかかった。

目を開けて上を見たら、皆が大声を上げて織田さんが中へ降りて来た。

「大丈夫か?!」

ステージの床が沈む場所・奈落へ2m位落ちたみたいだった。

「動かさない方がいい、」

「奈落上げて下さい!」

色んな声が聞こえて、痛みで動けない身体は受けたダメージのデカさをすぐに思い知った。

「くそ、何で降りてんだよ!」

イライラしたように織田さんが俺の身体を少し動かした。

「……痛っ、」

腰と膝をぶつけたみたいでステージが上へと上がる震動が身体に響く。

腕の下に感じた柔らかい感触に、視線を移した。

「………え、嘘っ、」

周りが明るくなって、落ちてた奈落がステージの上まで上がった。

俺の身体の下に居たのはアズマ君だった。

少しも動かない身体と開かない目に一瞬で頭に血が上った。

「やだ、イヤだ!アズマ君!!」

「動かすな!山本!」

織田さんに身体を押さえつけられて、全身が震えた。

確かに頭から落ちたのに、ぶつけて痛いのは腰から下だけだった。上半身は、アズマ君が庇ってくれたんだ。

「ヤマナツ!お前だってどこかケガしてんだろ!」

オオサワ君がアズマ君から俺を離した。

痛いのなんか、自分で落ちたんだからしょうがない。それよりも、こんな状態の方が俺には重大で……。

「ナツ君!落ち着いて!」

震えが止まらない。馬鹿みたいに、口から出る言葉はアズマ君を呼ぶ声ばかりで、アツシやヒロ君が俺の身体を抱えてくれてた。

いつもは、バク転する時は少しでも後ろを確認してたのに、今日は事前の出来事に心と頭が余裕を失くしてて、それをしなかった。

次のリハーサルの出番の人が、降りた奈落から上がるという進行で、曲が終わりそうになった所で間違えて奈落を降ろしたのだと謝られた。

それでも、いつも通り確認をしてればバク転しなかった。自分の過失だ。なのに何でアズマ君がこんな事に。

周りのスタッフが、目を覚まさないアズマ君を心配して救急車を呼ぼうと言う話になった時、アズマ君の眉が顰められる様に動いた。

「…………痛ったぁ、」

アズマ君が仰向けのまま小さく呻いた声に、皆が一様に安堵した。

「ゆっくり動けよ?多分頭打ってるからな。」

そう声を掛けた織田さんに薄く開いた目を向けると、首を捻って周りを見渡してた。

「おい、平気か?」

ヒロ君がそう言葉を掛けると、肘をついて上半身を起こし始めた。

「……ヒロユキ?って、アレ?何か……腕痛い。」

顔を顰めたままヒロ君を確認すると、右手を押さえてた。

「………ごめんなさい、多分…俺が右手に乗ってた。」

俺がそう謝ると、アズマ君がじっと俺を見た。

「あ、そうなの?」

頭を掻いて呻きながら首を捻ってるアズマ君が、もう一度俺を見た。



「…………つぅか、誰?」



その言葉が自分に向けられたものだと、信じたく無かった。

「何言ってんだ、山本だろ!お前が山本庇って一緒に落ちたんだ!」

織田さんが俺を指差しながらアズマ君に話してる。すぐ近くにいるのに会話が遠く聞こえてる。

アズマ君は自分に大声を上げる織田さんを見て、困ったようにまた頭を掻いた。

「………何で織田さんが居るんすか?」

俺達は、アズマ君の異変が本格的におかしいと不安になった。

織田さんを『オダッチ』じゃなくて『織田さん』って呼んだ。

「やっぱり、病院行こう。山本!お前もだ!」

立ち上がった織田さんが、携帯を取り出してどこかに電話をかけてた。

呆然と座り込んだまま力が入らない。ヒロ君に立たせてもらって、少しふらついた。

「しっかりしろ!……痛い所、無いか?」

ぶつけて痛い所はあるけど、動けない程じゃない。

それよりも、

ひょっとして、と漠然と頭に浮かぶ考えたくない現実が、間違いである事を願ってる。

「何か、ヒロユキ雰囲気が違うなぁ。つか!アキラ?お前アキラか?何でそんなにデカいんだ!」

周りにいるメンバーに声を上げるアズマ君が俺を見る事は無い。

「アズマ、………お前、今何歳が言えるか?」

オオサワ君が聞きにくそうに問うと、アズマ君は痛いと言っていた手を撫でながら答えた。

「何言ってんすか、19ですけど。」

皆が息を飲むように言葉を失った。






ホールから一番近い病院へと、俺とアズマ君は連れて来られた。

俺は打ち身だけで、湿布を貰った。

別の診察室で治療を受けるアズマ君を、長椅子に座ってヒロ君と待った。

「………アキラさ、高校入ってから急に伸び始めたんだよな、背。」

「…………うん。」

ヒロ君が思い出すように話した。さっき、アズマ君はアキラがデカイと驚いていた。急に背が伸びたと思って、驚いたんだよな。

そのアキラはもう高校を卒業して今は大学生なのに。

そういう事を知らないんだよね、今のアズマ君は。

自分の脳が、必死で何も考えないように抵抗している気がした。

診察室からアズマ君が出て来たら「何でも無かった」と「ちょっとボケてただけだった」と言ってくれるのを期待している。

その確率は凄く低いと、分かってんのに。

「俺ら、ステージで奈落が落ちてんの全然気付かなかったけど、アズマは気付いたんだな。」

ヒロ君が俺の肩に手を置いた。

「………いつもなら後ろ見てたのに、俺…油断して確認しなかったんだ。」

何処を見つめるでもなく、ただ目を開けてた。

「俺とアズマ君の振り付けは、集中しないと自分だけじゃなくて周りも怪我するからって、………アズマ君にいっつも、言われてたのに。」

アズマ君の名を口にした途端、弱音が次々と零れる。

「どうしよう、……っ、」

肩に置かれたヒロ君の腕がヒロ君の方へ俺の身体を寄せた。

「19歳って……何だよ、」

一番、自分が考えたくない事実を口にした。

「俺を知らないって、何だよ……っ、」

「一時的かもしんないだろ?出て来たら戻ってるかもしれないし。」

そう言ってくれるヒロ君の言葉も、何度もそうであって欲しいと、ずっと思ってる。

俺は何を言う気力も無くしてしまって、ただひたすら色んな事に後悔した。

診察室から織田さんが出て来た。

「吾妻は、今日は入院してくから。頭打って気を失ったからな。」

検査して様子を見てから、と織田さんが説明してくれた。

椅子に座った俺の前に、しゃがむようにして俺と視線を合わせた織田さんが「なんて顔してんだ」って苦笑いした。

「山本は何処か異常は無かったか?」

頷いたら、ずっと堪えてたものが零れた。

「ほんの少し、忘れてるだけだ。医者と話してても、断片的に今の事も頭に浮かぶみたいだし。」

目が熱くなって、頬が濡れた。

「すぐにお前の事も思い出すさ。」

やっぱり、俺の事は忘れたままなんだ。

19歳、3年間分の記憶が無いなんて、俺と会ったのは2年前だし、High-Gradeが結成されたのも同じ。

全部が無しになってしまったなんて。

アズマ君が築いてきた3年間も、俺は消してしまったんだ。

「………ごめんなさい、ごめんなさい!」

涙がどんどん溢れる。

誰にだなんてじゃなくて、謝罪を口にした。

座った膝に腕をついて頭を伏せた。

ヒロ君も織田さんも、何も言わないで俺の頭や肩を宥めるように叩いた。



『……本当に泣き虫だな、ヤマナツは。』



以前、アズマ君に言われた言葉が頭の中で響いた。




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