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2nd Season
その人と、俺。



「お前が現れてから、俺の生活メチャクチャだよ。」

机に肘ついた格好のまま、不貞腐れたような顔で言う。

始まった。

「お前がFプロに入って来なきゃ、High-Gradeに入ってたの俺だったって、知ってるか?」

………知らない。

首を振った。ポケットに入れた手を、ぎゅって握った。

「明らかにあのメンバーでお前のポジション…あそこは俺の場所だった。皆そう言ってた。」

そんなこと、そんな筈無い。と思うのに、何でこんなに落ち着かないんだろう。

「アズマ君がセンターで6人じゃバランス悪いから7人になるって話は、事務所ん中でも持ちきりの話題で……、皆その1人の枠を欲しがってた。」

違う、俺の知ってる話と全然違う。

「多分、俺だろうって皆で話してた。皆も俺なら納得だって、言ってくれてた。」

知らない、その皆って、誰だよ。

「なのに、いきなりやって来てお前が入るって、何だよソレ。」

「そんなの、俺の、せいじゃ、ないじゃないですか。」

High-Gradeに入ってくれって、言われたのは俺なんだ。宇佐美さんの位置を俺が横取りしたなんて事は無い筈。

「期待してた。だから、凄い悔しかった。周りの皆も俺を哀れんで見やがって、居たたまれなくて事務所から出た。」

「契約を更新しなかったのは、宇佐美さんだって、聞きました。」

織田さんが教えてくれた。クビになった訳ではないのだと。デビュー前のタレントは、1年ごとに契約更新をしてレッスンやバックダンサーをするのだと聞いた。

「俺、Fプロ入って何年だと思ってんだよ。高校も卒業して大学も行ってないのにテレビにもあんまり出られなくて…デビューも決まってなくて、」

イライラしたような口調で話す宇佐美さんが俺を気に入らない理由が分かってきた。

「今の事務所に移籍して、すぐデビューできた。Fプロ下積み時代の俺のファンも居たし、待遇も良かった。」

宇佐美さんの携帯電話の着信音が楽屋内で響いた。片手でポケットから出して開き、ボタンを押して通話を切る。乱暴に机の上に投げられた携帯電話を眺めた。

「最初はな。」

ハ、と鼻で笑うように短い声を上げた宇佐美さん。

「織田さんが言ってた通り、セカンドシングルは一気に売り上げ落ちて、事務所が俺に言ったの何だと思う?」

そんなの、俺が知る訳ないし。

「………ピアノ、弾けるか?だってよ。」

自分で発したその言葉に、宇佐美さんは凄く辛そうな表情を俺に見せた。

もっと、強い激しい言葉で詰られたり、罵倒されたり、悪く言えば掴み掛かられて…殴られたりとか、そんなのを覚悟していた。

なのに宇佐美さんが俺に掛けてくる言葉は、全く種類の違う物。

「弾けないって言ったら、習いに行けって。甘いものなんか好きじゃないのに、ケーキやアイスが好きだってプロフィールに書かれて、歌番組の仕事なんか全然入らなくなった。」

確かに…歌番組で『MTAO』と一緒になる事無かったし、悪いけど出てるのを見た事も無い。

「悉くお前の仕事を見せ付けられて、こんな風に話せだとかこんな私服を着ろとか、俺はお前の2号じゃねぇっつぅの。」

忌々しげに俺を見る目が泣きそうだと、感じた。

宇佐美さんが言ってた「カブってる」は、「カブらされてる」んだ。

「この服だって、元々俺はこのブランドが好きだったのに……服買いに行ったら店員がニコニコしながら…High-Gradeのヤマナツ君も買ってった人気の商品ですよーって。……聞いてねぇっつの!」

自分のシャツの襟元を摘んで話す宇佐美さんの足が机の脚を蹴った。ガタンと大きな音が響く。

明らかに……その不愉快の原因が俺で、その感情が俺からしてみれば理不尽な……逆恨み、みたいなもので。

「事務所が、ドラマの仕事が入りそうだって…絶対取って来いって妙に乗り気で。」

ドキリとした。あのドラマの事だとすぐに分かった。

俺が初出演した、「花時間の逢瀬」だ。

「俺は全然乗り気じゃなかった。確かに俺はこのルックスで背も低いしユニセックスなのが売りだけど、女装なんてイロモノはやりたくなかった。」

「俺は、やりました。」

「そうだよ、お前が引き受けたから、俺の仕事が減った。」

「はぁ?乗り気じゃなかったって、言ったじゃないですか。」

「でもそんなクソドラマ出なくてもお前には仕事たくさんあっただろ。」

さすがに、頭に来た。

「俺が引き受けなくたって、宇佐美さんに話しは行きませんよ。『SPG』のサナエちゃんが候補に上がってたって聞きました。」

「あっちだって女なんだから、わざわざ女装する男の役なんてやりたがらねぇよ!」

そんな事ない、何でそんな風に思うんだ。

「…………俺、自分は芸能人に向いて無いって自信失いかけてたけど、今はっきり分かりました。」

腹が立つとか、胸がムカつくとか、頭に来たとか、そんな状態じゃない。

「宇佐美さん、芸能人に向いて無いと思いますよ。」

「あ!?」

顔を顰めて俺を睨みつける宇佐美さん。

「やりたくない仕事って、思ってんなら、止めたらいいじゃないですか。ピアノ習ったり、バラエティ出たり、ドラマの役をしたりって、それが芸能人の仕事でしょ?」

俺の言葉に明らかにカチンときたって顔をした。構わず続けて話す。

「やりたいだけの仕事がしたいなら、自分で仕事取ってくればいいじゃないですか。」

「出来る訳ないだろ!」

「出来ないなら、言われた事をやるしかないじゃないですか!俺だって最初のドラマが女装ってどうだって思ったけど、」

つい声が大きくなった、冷静になろうと息を一旦吐いて咳払いをした。

「演技がど素人の俺がやりやすい…台詞の少ないドラマを選んでくれたんだって、ちゃんと理解してた。共演した女優さんとかは一流だったし、スタッフも一生懸命で、宇佐美さんにクソドラマとか言われたら俺だって面白くない。」

「…………知ってるよ、主役は櫻田さんだったし。」

「見たんですか?」

「あぁ、見たよ。」

だから、と舌打ちして頭をぐしゃぐしゃと自分で掻き毟った宇佐美さん。

「面白くねぇんだよ!」

下を向いて、言葉を吐き出すその様子に、宇佐美さんが動揺してるのだと気付いた。

「出たかったよ、本当は……やりたかった、あの役。……今日の歌だって、何で俺達のリアルはこの曲じゃなかったんだろうって感じた!」

震える声が、きっと楽屋の外まで聞こえてるだろうと思った。

「同じような可愛いキャラ男子なのに、何でお前だけって、何度卑屈になったか、分かるかよ!お前に!」

「ちょっと、……はぁ!?」

聞き捨てならねぇ……!

「俺、可愛いキャラ男子じゃねぇし!」

思わずココは大声が出てしまう。

「は?何言ってんのお前……。」

唖然と口を開けた宇佐美さんが顔を上げて俺を見た。

「確かに俺、宇佐美さんは可愛いキャラが売りだろうなって、思ってたけど。……俺、違うし!」

自分を指差して手を振ってそれは違うとアピールする。

「俺、可愛くねぇもん。そりゃ女メイクして仕事した時はそうだけど、このままだったら女に間違われた事、1回も無ぇし!」

そこだけは自信持って言える。男ですって!

「…………お前って、」

真っ直ぐに俺を見た宇佐美さんが、暫く黙った後で力なく言葉を口にした。

「アホな子なのか?」

「な、………ちょちょちょっと!今日初めて話す相手にアホとか失礼だと思わないんですか!?」

頭に血が上って、少し吃ってしまった俺に対して却って脱力したように溜め息を吐いた宇佐美さん。

「俺、アホは相手にしないタイプだから。」

プイと顔を背けられて、何か訳の分からない扱いをされて。

「それよりさ、アホナツ君。」

あ、アホナツって………。

「そのパンツって、W/Uの新作?」

今履いてるパンツを指差してきてブランドの名前を口にした宇佐美さんが少し気まずそうに視線を逸らしながら聞いて来た。

「………そうです。春の限定新色…。」

「俺、それのネックポーチ買ったんだよね。」

トートバッグから、俺のパンツと同じカラーの小さなポーチを出して見せてくれた。

「あ、見た!それ!」

「パンツは似た色持ってるから小物にしたんだ。」

「俺も迷ったんですけど、ここの履き心地良いから買っちゃったんです。」

「あ、やっぱり?俺も買おっかな。」

「カーゴタイプも良かったですよ?」

「へぇ、………やっぱアホナツだ。」

…………その呼び方、嬉しくねぇな。

だって、宇佐美さんがひょっとして険悪な話を無しにしようとしてるのかと思ったから話に乗ったのに。

「悪かったな、俺の勝手な思い込みの嫉妬だったよ。」

頭を下げる訳でも無く、普通に今までと同じような語り掛け口調でつるっと言われた、謝罪の言葉。

「謝って貰えるとは、思って無かったです。」

「アホな子虐める程人でなしじゃないよ。」

「またアホって言った……!」

複雑だ。

「本当に1人で来るし。」

「皆……忙しいから俺なんかに付き合ってなんてくんないですよ。」

椅子に座りなおして足を組んだ俺を見て、宇佐美さんもさっきより寛いだ格好で座り直した。

「いや、……そんな事無い。」

椅子から立ち上がった宇佐美さんが机の上の携帯電話を掴み、トートバッグにネックポーチと一緒にしまった。

「お前が、アズマ君やオオサワ君達に可愛がられて、アキラやアツシ達とも仲良くしてんの見て、羨ましかった。」

荷物を纏めて、ハンガーに掛けてあった上着を羽織った宇佐美さん。

「変な意地張って辞めなきゃ良かったって、何回も思った。」

さっきまでの打ち明け話とは、また種類の違う感情の部分。

「皆は俺をウサギって呼ぶのに、アズマ君が俺の事をマコトって呼ぶのが、俺の中では特別扱いされてるみたいで嬉しかった。きっと意味なんか無いって分かってるけど。」

俺も立ち上がって、椅子を机の下へと動かした。

「衣装とかさ、服の趣味が同じなら、カブったってしょうがないよな。」

フハ、て笑った顔が凄く自然で可愛いと思った。

年上の宇佐美さんを可愛いって言うのも失礼かと思ったから言わないけど。

「さすがに芸能人に向いてないって言われたのは初めてだった、目ぇ冷めたわ。」

俺と変わらない身長の宇佐美さんが、俺の前を通り過ぎる。

視線は、合わない。言葉も、交わさない。

ドアを開けて宇佐美さんが出て行って、織田さんが楽屋を覗く。

俺の顔を見て、いつもの顔で「帰るか?」って聞いてくる。

「はい。」

そう返事した俺の顔は、いつもの顔に…戻ってたかな。



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