2nd Season
決勝戦。
スタッフに促されるままに、ステージの立ち位置に進み、ランプの点いたカメラを見る。始まりの合図を待つ。
『3番目に歌うのは、High-Gradeの山本夏希君です。』
『よろしくお願いします。』
いつもの笑顔で頭を下げる。
セットの椅子に座ったアキラとアツシが妙な声で歓声をくれる。
『ぶ。』
吹き出してから口を押さえ、笑いを堪える俺。
『ホンット、仲良いねぇ…High-Grade。』
『はい……もう皆大好き。』
『そのメンバーと決勝戦だね。』
『ハハハ、はい。』
『何を歌いますか?』
外国人アーティストのヒット曲の名前を口にし、皆が歓声を上げる。
『決勝まで残れると思ってなかったんで、あんまり練習してないから間違えちゃうかもしんないです。』
『またまた〜。』
いや、マジで……。苦笑いして答える俺に、他の出演者の人達が応援してくれる。
ステージに立って、カメラに向かう。その後ろにセットが組まれてて、歌い終わった人達が俺達を観戦してる。
さっきから『MTAO』のメンバーの姿は見えない。
視線を動かしたら、ウツミ君とオオサワ君の隣に『SPG』の子達が並んで座ってた。
サナエちゃんと、目が合った気がした。視線を逸らせなくてサナエちゃんを見つめてしまうと、笑顔を返してくれて手をグーにして応援してくれた。口が「がんばれ」って形で動いてた。
ちょっと、嬉しくなった。
そして………、本当に俺は決勝戦でやらかしてしまうのだった……。
サビを過ぎて2小節目で……歌詞が飛んだ。
何とかラララで歌い終えた後、撮り直しを提案されたけど、それはフェアじゃないと思ったから辞退した。
結果、審査を待たずして失格扱いに終わり、Cブロックの皆からブーイングを受け、皆にごめんなさいって謝った映像を残される。
かなり格好悪い………。
High-Gradeのメンバーには激しいツッコミをされながらも笑顔で「お疲れ」って言って貰えた。
ヒロ君の隣に座り、決勝戦4曲目のアズマ君のステージを眺める。
ステージに立ったアズマ君はぐるっとこちらを見て、俺達出演者全員に向かって頭を下げる。
自然と拍手が起こり、収録が再開した。
カウントが始まった時に目が合った。口が「バーカ」って動いてた。苦笑いして返すと、俺の好きな楽しそうな笑顔で指を差された。
「何してんだ、あのバカ。」
隣のヒロ君が呆れたように言った。
指なんか差すから、出演者の人達やスタッフ皆が俺を見てた。
「緊張、してんじゃないの?」
「するかよ、アズマが。」
ヒロ君と俺達の後ろに座ったウツミ君とオオサワ君が吐き捨てるように言った。
そう言えば……皆あんまり緊張しないよな。
『はい、4曲目は…High-Gradeの吾妻和臣君です!』
『うっす!よろしくお願いしまっす!』
『うわ、気合入ってんね。』
『どっかのバカみたいに歌詞ど忘れしたりしません!』
早速失敗した俺をいじるアズマ君……。会場が笑いの坩堝…。
『俺は決勝用の曲は死ぬ程練習してきましたから。』
嘘ばっかり、歌ってんの聴いた事ねぇもん。1〜3回戦用の曲は何度か聴いたけど4曲目は心当たりもないし。
『さてでは、その自慢の曲。何を歌ってくれるんでしょうか。』
『山本夏希のアスタリスクです。』
……………………え?
すぐに、自分にライトが当てられた。眩しい。
何、何で?え?聞いてないし。
『なんと、歌詞がぶっ飛んだ山本君のソロデビュー曲、アスタリスク!』
『そうです、後半ラララで歌い切っちゃった山本夏希のアスタリスクです!』
スタッフが、マイクを渡してくれる。
『山本君、知ってました?』
司会者の人に振られてマイクを口に持っていく。
『知りません、でした。ってか、これ……持ち歌に、』
コンサートで7人で歌ったんだけど……、いいのかな。
『はい、一応番組プロデューサーと協議しまして、コンサートでHigh-Gradeとして歌ってるそうなのですが、セールスとしては山本夏希君名義ですのでオッケーだそうです!』
司会者の人は、当たり前なんだろうけどアズマ君が何を歌うか知っててちゃんと説明してくれて……。
『俺らは、ヤマナツ以外の6人、誰かが決勝行ったらコレ歌おうって決めてたんです。』
は!?
隣と後ろを振り返って皆を見たら、皆が皆…意地悪そうな顔で笑ってて。ついつい、素の自分が出てしまった。
『もう……信じらんねぇ!』
思わずそう声を上げたら、メンバーも出演者の人達も爆笑で。
『ヤマナツ!』
ステージの上から、アズマ君が俺を呼ぶ。
『お前の分も頑張るからな。』
そんな事を言うもんだから、会場の色んな所から冷やかすような声が上がる。
『ヒロユキ!歌詞、飛ばねぇように祈ってて。』
俺の隣のヒロ君にそう呼びかけると、今度は笑いが起こった。
『アツシ!音外しそうだから向こう行ってて!』
少し離れた所に座ったアツシに向かって呼び掛けられた言葉に会場は爆笑……。
『もういい?じゃぁスタンバイお願いします。』
司会者の人がお腹を抱えながら番組を進行する。
マイクをスタッフに渡して、座り直す。
俺の「アスタリスク」を、アズマ君が…歌うんだ。
一昨年の夏に初めて作った、曲だった。
最初は7人で歌う曲の試作曲で、評判が良いからってソロシングルCDにして貰えるようになった俺のソロデビュー曲。
………アズマ君をイメージして作った、俺の気持ちがたくさん詰まった大切な曲。
そういえば、これをアズマ君が1人で歌うのを聴いた事無いな。
凄くドキドキする。
聴き慣れたイントロ、ステージの上で瞼を伏せたアズマ君。
最初の一声を聞いた時に、アズマ君が言ってた「死ぬ程練習した」意味が分かった。
皆で歌った時のキーじゃない。普段のアズマ君では高音が難しい……俺のキーに合わせてた。
それでも、アズマ君が歌う「アスタリスク」は俺の歌う「アスタリスク」とは違って、ちゃんとアズマ君の歌い方の纏まった曲に仕上がってた。
歌詞の一つ一つを大切に口にしてくれて、……「この部分が好きだ」と言ってくれてた部分では嬉しそうに音に声を載せて………。
俺の作った、曲を、歌う……アズマ君。
そのアズマ君をイメージして、作った曲……「アスタリスク」。
曲が終わり、余韻を残したままスタジオ中が拍手をした。
俺も、拍手…しなきゃ。
きっと……何かコメントしなきゃいけねぇ筈。
『………えっと、』
司会者の人が言葉に詰まって俺を見てる。アズマ君もこっちを見てる。
間違えないで、音も外さないでバッチリ歌えた筈のアズマ君も困ったような顔してる。
どうしたの?
「ヤマナツ。」
隣のヒロ君が呼び掛ける。
前に座ってた『SPG』のサナエちゃんが振り返って俺にティッシュを渡してきた。
「え?」
受け取りつつも、どうしてティッシュ?と声を出した自分の声が鼻声で、
「……え、あれ、……嘘。」
咄嗟に目元へ持って行った指が濡れた。
『泣く程、感動しちゃった?』
頭を掻きながら、アズマ君が苦笑いして言った。
こんなたくさん人が居て、仕事中なのに、カメラも回ってんのに、………無意識に泣くなんて。
「す、スミマセン………っ、」
『ゴッ!』
焦り過ぎて、持ってたマイクを落とした。
『おいおい、マイク壊すなよ。』
『いや、壊れたら吾妻君のせいじゃないの?ヤマナツ君を泣かせたんだから。』
『泣かせたって、何か俺、悪いみたいな言い方じゃないですか!』
大袈裟に司会者の言葉にツッコミを入れたアズマ君にスタジオが笑いで和んだ。
助かった。というか、アズマ君に助けられた。
空気読めないどころか、雰囲気壊すなんて芸能人としてアウトだよな。
『ちょっと、ヤマナツ君こっち来てよ!』
司会者の人が俺を呼び寄せ、アズマ君も手招きする。
え〜……、ヤダ。凄く行きたくない。
『こら、ヤマナツ!映ってんぞ。ヤダって顔すんな!』
笑いながらアズマ君がステージの上から俺を叱る。
何か、俺……もう、今日ダメダメだ。
ゆっくり腰を上げて、隣の人や前の人に謝りながらセットを降りる。
途中段差に躓いて何故か皆に爆笑されるし。
『自分の歌聴いて、どうでした?』
司会者の人がマイクを向けて聞いてくる。
『うん………良かったですよ。』
アズマ君見たら、楽しそうに笑ってて、
『泣いちゃったもんね。』
『うん………カッコ、良かったよ。』
『……………。』
『…………ありがとね。』
カメラを見ようと思うけど、アズマ君から目が離せなくて、
『ぅわ、お前……っ、また!』
アズマ君が焦った顔して俺の顔を自分の肩に押し付けた。
押し付けられた衣装の肩が濡れてるのを感じて、また涙が零れたのだと気付く。
『だって、……俺っ、……っ、』
『もういいよ、コメントしなくていいから。スミマセン、おいアツシ!』
ステージから一番近い位置に座ったアツシを呼んだアズマ君。
アキラとアツシがステージに上がって来てアズマ君にしがみ付いた俺を引き取る。
ステージから降りて、ライトの明るい場所から離れる。スタッフの人達からティッシュやタオルを渡されて「スミマセン」って謝りながら受け取る。
『アレ、……カットしてやって下さいね。本人また泣いちゃうから。』
『ハハハ、じゃ、こっから………はい!いや〜、聴かせるねぇ!』
『ありがとうございます。』
あぁ、きっと「はい!」から使われるんだろうな。
俺、またやっちゃった。もうバラエティ呼んで貰えないかも。
「平気?」
隣に立つアツシが俺の腰に手を回して身体を抱き寄せてくれる。素直にそれに甘えて寄り掛かる。
「うん、ごめん。何か色々………キタ。」
「分かるよ。」
アツシの少しハスキーなアルト。
その音も、俺は好き……。
また滲んだ涙が頬を流れてくのを、アキラがタオルで拭いてくれた。
何も言わなくても、何も聞かないで俺を受け止めてくれる。
………何が、自分で解決する、だよ。
挫けないって、助けを借りる程弱くないって。
俺の強がりを皆分かってて、ちゃんと一番俺を支えてくれてた。
本当はそれを俺も……知ってた。
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