2nd Season
5.向かい風。
事務所でミーティングを終えると、大きなイベントホールにやってきた。
今度、事務所のタレント達が集まって感謝祭みたいなイベントをする。
俺達以外のアーティストやアイドルが1つのステージでショーをするのは3年毎に一度行ってるみたい。
事務所に入ってまだ2年の俺には初めてのイベント。
俺達の持ち時間と出演するコーナーの説明を受けて、ステージリハーサルに向かった。
アズマ君は、前の仕事が押してるみたいでまだ到着していない。アキラとアツシが他のアイドルの人と話してる。
俺……下積みとかないし、同じ事務所とはいえ仲の良い人ってメンバー以外に居ないんだよね。
デビュー前に色んな仕事をしていた他の皆には、当然だけどそれまでの友達や仲間が居て、仕事の事や現場の事なんかをそういう雰囲気の中で覚えていってるんだよね。
このままの俺じゃいけないって事は分かるんだけど、今の俺にはHigh-Gradeの自分でいるだけで精一杯なんだよな。
つまり……昨日のマスコミ取材といい、俺は色々と疎外感みたいなの、感じちゃってるわけ。
ステージの順番が来るのを待ってる間、所在無くステージを眺める位置の客席に座ると、ヒロ君が隣に座った。
「どうした?元気ねぇぞ?」
「ん?うん……疲れてんのかな。あんま寝れてなくてさ。」
これは本当。夜は変な夢を見て早く目が覚めるし、空き時間に目を閉じても熟睡できない…し、もしまた変な夢を見て汗だくで目が覚めたらそれこそ皆に心配を掛けてしまう。
「アズマに付き合って夜起きてんじゃねぇのか?」
からかうようにヒロ君が笑って言った。
「それは無いけど……知ってんの?アズマ君の体質の事。」
アズマ君がショートスリーパーだという事。
「あぁ、デビュー前はよく営業一緒だったからホテル同室だったしな。ってゆうか、そういう意味で起きてるって言った訳じゃねぇんだけど。」
苦笑いして腕を組んで背凭れに身を寄せたヒロ君が俺を見た。
「ま、一緒に住んでるからってアイツに合わせてたら身がもたねぇよな。それよりもアツシの奴が軽く拗ねてたぞ?」
「え、何で?」
アツシ………、何かしたっけ。
「ナツ君とこに泊まった時に何も話してくれなかった、って。お前とアズマが同居した事を話して欲しかったんじゃねぇの?」
「あぁ、内緒にしてたつもり無いんだけどね。」
あの頃にはもう一緒に住むのは決まってたけど、引越しの荷物を入れたりとか無かったからそういう意識が無かったんだよな。
「で……、お泊りしてアツシと何してたんだ?」
「え?何で?貰わなかった?ケーキ。」
アツシがウチに泊まったのはバレンタインの前で、お互いにプレゼント用のスイーツを作った。
アツシはヒロ君や家族にあげるって言ってたけど。
「何か内緒の事したんじゃないのか?2人で。」
内緒って、アツシと……、
まさか、
「上手なキス、をお前に教えて貰ったって。」
意地悪そうに笑って、俺の肩に手を置いたヒロ君が耳元に小さく聞いてきた。
「どんなキス?」
……ヒロ君って、やっぱりアツシと兄弟なんだな。同じ事聞いてくるんだもん。
つい笑った俺に、ヒロ君も笑った。
「やだな、アツシ誰にも言わないって言ったのに。」
アツシが泊まりに来た時、アズマ君とのキスの話になって「どんなキスかしてみて」と言われて勢いで唇同士を重ねた。浮気になるかなって心配した俺に「誰にも言わない」って言ってた、のに。
「………アズマにも内緒?」
「……うん、言、わないでね。」
アズマ君の名前を出されて、少し胸が苦しくなった。
「じゃあ、俺にもどんなキスか教えて。」
顎に指をあてて、首を傾げたままそう言われた。
「え、ここで?………本気?」
辺りを見回してキョロキョロした俺に、ヒロ君が吹き出した。
「何だよ、別にキスしろって言ってねぇじゃん。」
「え?しなくていいの?」
「は?したの?………アツシとキス。」
表情が固まったヒロ君の様子に、やっと俺の脳は自分が余計な事を言ったのだと理解した。
「……いや、してな、い……です。」
そう後から付け足した俺の言葉は嘘だとバレバレで、ヒロ君は呆れたように俺を見たまま溜め息をついた。
「………あのさ、ヤマナツ。」
今迄楽しそうだったヒロ君が、もう笑ってなかった。さすがに俺も笑えなくて、下を向いた。
「いや、怒ってる訳じゃないから顔上げて。」
そう言われても、顔を上げる事は出来なくて。
「お前、ホントちょっと教育してもらったら?」
溜め息混じりにそう言われた。
それって、どういう意味?
「いつかヤマナツが本当に困るんだぞ。」
「………ごめんなさい。」
「いや、俺より………謝る相手が、いるんじゃねぇの?」
小さく呟くようにヒロ君が言った。
アツシ?………アズマ君?
下を向いていた俺の足元が影になった。
顔を上げなくても、ソコに立っているのが誰だか分かる。
「何してんだ、ヤマナツ?」
俺の頭をグシャグシャと撫でながらそう聞いてきた優しく低い声。
「お前の悪口言ってたんだよ。」
笑いながらヒロ君が俺の隣から立ち上がった。
「俺の悪口言わせたら、ヤマナツの右に出る奴はいねぇぞ。」
楽しそうに笑って入れ代わりに俺の隣に座ったアズマ君。動く度に身に纏ったフレグランスが香る。
「ヤマナツ、………謝るのは早い方がいいぞ?」
漸く顔を上げた俺に、ヒロ君は上着のポケットに手を入れて歩いて行った。
「そんな謝る程の悪口言ってたのか?」
俺の顔を見ながら楽しそうに笑う顔が真っ直ぐに見られない。
「………何、マジでどうしたんだ?」
心配そうに俺の目を覗き込んできたアズマ君の目は優しそうで、謝るなら今しか無いかもって思った。
「アツシが前にマンション泊まりにきたじゃん?あの時に、」
ゆっくりと、所々は省いてあの夜の事を話した。アズマ君の事を話して、アズマ君の…キスがとても気持ち良いのだと言ったらアツシに「してみて?」って言われて、唇同士を重ねた事を告げた。
「………何で、今謝るんだ?」
さっきヒロ君にからかわれて、うっかりその事実を知られてしまい、謝るなら早い方がいいって言われた、から。
「それって、ヒロユキに言われるまで…お前は罪悪感とか感じなかったって事だよな。」
罪悪……感?
確かに悪かったって思ってはいなかった、ヒロ君に言われるまで。
目の前が真っ赤になった気がした。
『ホントちょっと教育してもらったら?』
さっきヒロ君に言われた言葉が頭に浮かぶ。
何も言えなくなってしまった俺と、俺の言葉を待ってるアズマ君。
暫く続いた沈黙に、溜め息のような吐息と供にアズマ君が背凭れから身体を起こした。
「分かってなかったって事だろ?」
アズマ君の口調は静かだけどしっかりとしていた。怒って荒ぶってはいないけど、逆にそれが俺の心を追い詰める。
「気持ち良いキスってのが特別なもんだって、分かって無かったんだろ?」
責めるでもなく俺にそう問い掛けると、俺の返事を聞かずに立ち上がって離れて行った。
分かってた…つもりだったのに、分かってなかった。だから俺は簡単にアツシとキスした。
途中でこれ以上はいけない気がして自分から中断したけど、そんなのは関係ない。
アツシにあのキスをしようとした時点で俺はアズマ君を裏切ったんだ。
こんな時にばかり、皆にいつも言われる色んな言葉が頭の中に甦る。
鈍い。
男心が分かってない。
空気が読めない。
お前らヤマナツを甘やかし過ぎだ。
ホントちょっと教育してもらったら?
きっと今、自分は酷い顔をしてる。
両手で顔を覆うと座った膝に頭を乗せるように蹲った。
俺、最低だ。
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