2nd Season
注がれる、自信。
織田さんは、俺に嫌がらせをしていたのが宇佐美さんだと……知ってたんだろうか。
ふと過ぎった疑問に、つい織田さんの顔を見てしまう。
撮影続行中のスタジオから出て、待機場所になってる廊下で壁に凭れた俺に向かって宇佐美さんは何か言いたげだった。
「威力業務妨害って言葉、分かりますか?」
織田さんが大島さんと宇佐美さんに向かって冷静な口調で話す。
「………知ってます。」
宇佐美さんは下を向いて、大島さんが答える。
「脅されてた訳じゃないんだから、威力って程じゃないんじゃないの?」
アツシが口を挟んで、アキラに「バカ」って叱られてた。
「ほんの嫌がらせのつもりでも、ウチの山本が精神的にダメージを受けて仕事を全う出来ない状況に陥ったとしたら、衣装を汚したり水を被せたり、コーヒーをぶっ掛けたりってのは、威力になります。」
淡々と説明するように話す織田さんに、宇佐美さんが下から見上げるように俺を見た。
「精神的にダメージ受けるようなタイプじゃないだろ。」
張り詰めた空気だと、感じた。
こうも攻撃的な感情を真っ直ぐ向けられるのは初めてだ。
溜め息を吐いた織田さんが俺を見てから腕を組んで宇佐美さんに向かって指をさした。
「言わないでおこうと、思ったけど。」
宇佐美さんの隣に立ってる大島さんが、宇佐美さんを庇うように織田さんの目の前から宇佐美さんを退かした。
「今回、番組で『MTAO』の“リアル”を歌ってくれって頼んできたのは、そっちの事務所だ。」
宇佐美さんも大島さんも、目を瞠り口を噤んだ。
「セカンドシングルのリアルは売り上げが悪かっただろ。イメージアップをして欲しいとHigh-Gradeメンバーに歌わせてくれって話で間違いない筈だけど?」
事務所同士でそんな取引をするなんて事があるのだとは、知らなかったけど……知らなかったのは俺だけじゃなかったみたいで。
「……イメージアップって、あれじゃ、俺達の“リアル”じゃ無いじゃんか!」
宇佐美さんが俺に向かって声を上げる。
確かに、俺が歌ったのは『MTAO』の“リアル”じゃない。
アレンジに重ねて俺の歌い方で歌い上げた。
「そのまま、歌ったら……宇佐美さんには勝てません。」
浅く呼吸して、続けて言葉を繋げる。
「オリジナルは宇佐美さんと大島さんの歌うもので、その曲を耳にした事のある人はお2人のユニゾンを聴いてるので、俺1人の声では……勝てません。」
グループ用に作られた歌というものは、そうゆうアレンジがされてるから、カラオケなんかで歌っても1人では盛り上がれないからコーラスが入ってたりする。
「それに、俺は……この曲で勝たなければ意味がないと思ったので、キーを2つ上げました。」
宇佐美さんに向かって2本指を立てて見せる。
「結果、あの仕上がりでナツ君の勝ち。」
アキラがニカッって笑った。
「審査員の人も言ってたじゃん。違う曲みたいで新鮮でしたって。イメージアップも成功ってトコじゃないの?」
アツシも続けてそう言った。
「………宇佐美さんには不本意かもしれませんが、ご希望のアレンジをして難易度の高くなったこの曲を歌えるのは、High-Gradeには山本夏希しか居ません。」
俺が歌えればいいと、かなり強引なアレンジをしたから……確かに俺以外には難しいかもしれない。
本当は1回戦用に用意してた。もし1回戦で負けても“リアル”を歌えば取り敢えず『MTAO』の事務所との約束は守れるからだと、さっき気付いた。
織田さんが俺の目を見てから横目で宇佐美さんを目配せするように見た。
俺がどうしたいのかを、織田さんは気付いてるみたいだった。
頷いて織田さんに目で合図をした。
「冷静に話し合えるのであれば、収録後そちらの楽屋へ山本を行かせますよ?」
織田さんが、宇佐美さんと大島さんに向かってそう告げると、アキラとアツシが驚いたように俺を見た。
「勿論、1人で行かせます。」
織田さんが、俺と宇佐美さんで解決するのだとアキラやアツシ、大島さんに向かって付け足すように告げる。
何も言わない宇佐美さんの代わりに、大島さんが俺に向かって「お願いします」って言った。
「よし、すぐに決勝だ。準備しろ。」
仕事モードに切り替わった織田さんが俺の背中をトンと叩いた。
ステージの立ち位置に並んで、始まりの合図を待つ。
隣に立つアズマ君が肘で突いて来る。
チラって横目で見たら、小さい声で「笑え」って。
そうだ、笑わなきゃ。
俺、アイドルだもんな。
嫌な事があっても、泣きたい事があっても、カメラの前では笑わなきゃ。
そうゆう、仕事なんだ。
スタッフと共演の人達が拍手をする。
カメラが回る。本番だ。
『とうとう、4人の決勝戦です!』
司会者の人が決勝に残った俺達を1人ずつ紹介してくれる。
『決勝は、歌う順番をこのくじで決めます。』
さっき収録前にも引いたくじが出て来た。
4人でそれぞれの棒を摘み、一緒に箱から出す。
自分のくじにはBの数字。隣のアズマ君はCだった。
「オーラスだね。」
こっそりそう言ったら、楽しそうに笑ってた。
俺とアズマ君は一旦カメラのフレームから外れ、@番とA番の人達の曲紹介とトークを撮る。
その様子を眺めながらも、頭の中はさっきの出来事がぐるぐると巡ってる。
収録が終わって宇佐美さんと話す。
きっと、思いもしない感情や罵倒を受けるのだろうと思うとやはり気は進まない。
「手、繋ぐか?」
「え?」
そっと、隣から掛けられた声に顔を上げた。
「ん。」
衣装のポケットの中で握り締めた手の辺りに、アズマ君が手を広げて出した。
「……いいよ、変に思われるよ?」
「緊張してると思われるだけだろ。なんなら抱き締めてやろうか?」
「ぶ、バカ。」
つい吹き出して、隣に立つアズマ君と肩をぶつけた。
「決勝、何歌うの?」
「秘密。」
秘密って、後少しで分かるんだから教えてくれたっていいじゃん。
「お前は?」
「教えてやんない。」
アズマ君が教えてくんないなら、俺も言わない。
べ、って舌出して笑ったら、アズマ君が俺の鼻を摘んだ。
A番目に歌う『ララ』のアキちゃんのラブソングが、スタジオ中に響く。
「手………いい?」
小さく、聞こえるか分かんないような声で言ったのに、アズマ君がぎゅって手を握ってくれた。
俺の中で、アズマ君ってゆう存在は全てプラスの感情の部分で出来てる気がする。
だって、そうじゃないとおかしい。
触れ合った手から、こんなにも注がれる自信。
「キス、したい。けど、我慢する。」
肩を寄せ、そっと告げた。
「よし、イイコだ。」
笑い声に混じった、俺を甘やかす低い声。
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