2nd Season
俺と、あの人。
Aブロックの3回戦は、女の子同士の戦いだった。
『SPG』のサナエちゃんと『ララ』のアキちゃん。
2人とも凄い歌上手で、一点差でアキちゃんの勝ち。
アキちゃんは「負けるかと思った」って嬉し泣きして、サナエちゃんは泣きそうだったけど堪えて「絶対優勝してね」って頑張ってカメラの前で笑ってた。
拍手して一旦カメラを止めた後、『SPG』の子達が何も言わないでスタジオから出て行った。
ボーイッシュで爽やかな元気キャラのイメージのサナエちゃん。
きっと、カメラの前では泣けないサナエちゃんが悔しがってるのを、受け止めに行ってあげるんだ。
サナエちゃんには、いい仲間がちゃんと居るんだ。
Bブロックの3回戦は女の子アイドルの子と我らがアズマ君。
次の出番の俺はバックステージに入ったから、どんな状況かは歓声でしか感じ取れなかったけど、アズマ君が勝ったのだという事だけは、スタッフが教えてくれて分かった。
トークをしてるのを見れるかなって、明るい方へと行ってみる。
「これって、衣装?」
袖の一部を摘まれて振り返った。
宇佐美さんが、マイクを持った片手を腰に当てて袖を捕まえてる。
「はい。」
「被ってるよね。」
は?
「衣装が、カブってるっつってんの。」
「え、どこが?」
思わず自分の衣装を見下ろして、宇佐美さんの衣装も下から上へと見てしまう。
今日の俺の衣装はベーシュのプリント長袖Tシャツに膝上まである白のニットロングベストに、こげ茶のスウェードスリムパンツにエンジニアブーツ。首に2種類のアクセを重ね着け。
宇佐美さんはチェックシャツにグレーのパンツとブーツ。ウエストにショールを巻いてスカートみたいにアクセントになってる。
「分かってないのかよ。」
呆れたように吐き捨てて袖を離された。
何なんだ。
釈然としない空気のまま佇んでたら、アズマ君が俺を見つけて歩いて来た。
「勝ったぞ。お前も負けんなよ。」
スタッフにマイクを渡して、俺の前髪を指で整えてくれながら言ってくれる。
「プレッシャーかけんなよ。」
思わず顔が綻ぶ。
「嘘吐け、ヤマナツは緊張なんかしねぇだろ。」
おでこを弾かれて、アズマ君が俺の鼻を摘んだ。
痛ぇってば……。
「マコトも、まぁ……頑張れよ。同じグループだし俺はヤマナツ応援するけどな。」
俺の隣に居た宇佐美さんにアズマ君がそう話し掛ける。
「じゃぁな。」
セットの方へと戻っていったアズマ君を見送り、スタッフの指示をその場で待つ。
「同じグループだから、応援するんだってよ。」
「?」
「俺は名前で呼ばれたけど、山本君はヤマナツって呼ばれてたね。」
「だから、何ですか?」
「は、……マジで鈍いんだ。」
そう言ったきり、宇佐美さんは俺とは目を合わさない。
何が言いたいのか、凄ぇ分かる。
名前がなんだっつの。
名前……なんて、しょっちゅう呼ばれてるよ。
俺だって、アズマ君を名前で呼んだりしてるよ。
名前で呼び合う事が、特別で嬉しい気持ちってのは充分知ってる。
だから、……何だよ。
『Cブロックの3回戦ー!!』
司会進行の人が声を上げ、先に歌う俺から挨拶をする。
『High-Gradeの山本夏希です。』
『MTAOの宇佐美マコトです。』
台本通りに挨拶と曲の紹介を終え、宇佐美さんと握手をする。
『Bブロックは吾妻君が決勝進出だから、ヤマナツ君もこの勢いで?』
『そうですね、決勝…出たいです。』
『宇佐美君も、負けらんないですよね!』
『勿論ですよ。せっかく歌わせて貰えるんだから、4曲歌わせて下さい。』
冗談交じりにそうトークを返す宇佐美さんに、スタジオ中が笑う。
『その対戦相手のヤマナツ君が宇佐美君達の“リアル”を歌うんだよ?』
『あ、そうなんですか?楽しみですね。』
俺が3回戦でその曲を歌うの知ってるのに、初めて聞いたかのように驚くフリ。
『凄い巡り合わせだよね。何で、この曲にしたの?』
織田さんがこの曲を歌えって、言ったから。
『初めて聞いた時に、歌い応えのある曲だと思ったんです。』
これは本当。
『好きな曲だったし、良くカラオケでも歌うのでこの曲にしました。』
これは、織田さんが用意したテレビ用のコメント。
『ご本人目の前なので、気合入れて歌っちゃいます。』
スタジオ全体が拍手をし、宇佐美さんもマイクを持ったまま拍手をする。
『対する宇佐美君は……』
宇佐美さんの曲のトークに入り、俺は歌うスタンバイ。
さてと。
マジで気合入れて歌う。勝つ。
悪いけど、ココで勝たないと男が廃るでしょ。
宇佐美さん達『MTAO』の“リアル”………、この曲で勝つ為にちょっとアレンジさせて貰います。
ものまね番組やカラオケ番組じゃない、歌が上手な人を決める番組なんだから、『MTAO』の通りじゃない、歌が上手に聞こえるアレンジを。
ライトアップされたステージに立つ俺。イントロが流れて、脳に最初の音をイメージする。
オリジナルのラインから、途中でキーを2つ上げる。
歌詞の歌いまわしも、ずらしてしまう。
2人で歌う筈のサビの部分はソロでも耳に心地良い音に変えてしまう。
最後の音まで、しっかりと大事にマイクに残す。
拍手を貰って頭を下げて宇佐美さんを見ると、予想通りの表情で俺を見てた。
…………そりゃそうだよな。
全く別の歌にしてしまったようなもんだから。
そして宇佐美さんの曲を聴き、俺は確信する。
勝った。
女性アーティストの曲を歌った宇佐美さん、サビの高音部分で音がブレた。
その曲の見せ場の部分も力が無かったし、全体的に声に張りが無かった気がした。
俺の歌う曲は、全部織田さんが選曲してくれた、3回戦まで勝つ為の歌ばかりだった。
結果は、得点差こそ大きくはないけれど俺が決勝へ進める運びとなり、カメラに向かって笑顔でピースをした所で撮影が一旦止まる。
「ナツ君、お疲れ〜!」
アキラとアツシがセットの端で手を振ってる。
「決勝、アズマ君に勝ってよね。」
イシシ、って歯を見せて笑う2人。アズマ君に勝つのはどうかなぁ。
スタッフにマイクを返して、2人の元へと歩み出した俺の肩を後ろから掴まれる。
「お前、………マジでムカツク。」
来た。
直接その感情をぶつけられるのを、待ってた。
「最初から、そうやって言ってくれればいいんですよ。」
肩を掴んだ手を払ったら、宇佐美さんが目を見開いた。
「俺だって、ムカつかない訳ないでしょ。」
敢えて、笑う。挑発するように。
「マコト!」
俺達に近付いてくる大島さんが宇佐美さんを呼んで、俺とアキラアツシ、宇佐美さんが大島さんを見た。
宇佐美さんの腕を掴んで俺から引き離そうとする大島さんに、アキラが話し掛ける。
「ウサギ君、ナツ君に何か用事あるみたいだけど?」
この中で誰よりも背の高いアキラが、見下ろすような体勢で大島さんに向けた言葉。
「山本、……と、宇佐美さん達も、こっち来なさい。」
薄暗いスタジオの中を、織田さんが俺達に向かってそう声を上げる。
気が付けば、スタッフも出演者の殆どの人達も俺達を見てて、悪く目立っていた。
勿論、ウツミ君とオオサワ君と一緒に居る…アズマ君も、セットの椅子に座ったままで膝に肘ついて顎を手に乗せた格好で俺達を見てた。
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