2nd Season
1人と1人。
翌日、アズマ君は朝からドラマの撮影があって、午後から一緒の仕事の予定だった。
俺は午前10時半に織田さんに迎えに来て貰って、先にスタジオ入りしてアツシと一緒に楽屋で用意された早めの昼食を取っていた。
俺とアツシがお弁当を食べ終わる頃にアキラが片手にコンビニ袋を下げてやって来た。耳にはミュージックプレイヤーのヘッドホンがついてた。
アツシも首にヘッドホンを掛けたままペットボトルのジュースを傾けてる。
ヒロ君とウツミ君が、合流。
「おはよっす。」
「おはようございます。」
今日の仕事は、特別番組の収録。俺達みたいなグループに所属するアイドルがたくさん集まって歌が上手な人を決めるんだとか何とか。
さっき見た台本に、優花ちゃんのグループSPGのメンバーが5人位出演するみたいだった。優花ちゃんは出演しないけど、その中に宮崎サナエちゃんの名前を見つけた。
他に3人組のアイドルグループの人達とか色々、男女合わせて総勢32人が出演するんだ。
その出演者の名前の中に、昨日から気になってる名前があった。
鞄から財布を出して楽屋を出る。
飲み物を買おうという目的だけど、わざわざうろうろしてみる。
『SPG』の楽屋の前を通った。中から賑やかな女の子達の声が聞こえた。
楽屋の張り紙を見ながら廊下を歩く。
アイドル雑誌なんかで顔や名前を見る同業者のアルファベットを幾つも見る。
遠回りをして自販機の前に辿り着く。
後ろに居た気配へと振り返った。
「おはようございます。」
そこに居た俺よりも年上っぽい男の人に、そう挨拶されて頭を下げて「おはようございます。今日は宜しくお願いします」って返した。
同じ番組に出演する人。『MTAO』(エムティツーオー)っていうグループの大島トオルさん。
財布から小銭を出して投入し、自分は飲みもしない炭酸飲料を買った。
ペットボトルを手に、真っ直ぐ楽屋へは戻らずにまた遠回りして。
さっきよりゆっくり歩いて楽屋へと到着する。
お弁当を食べ終わってパンの袋を開けてたアキラにペットボトルを差し出す。
「間違えて買った、あげる。」
「ありがと。」
パンを頬張りながらお礼を言われる。
楽屋をもう一度出た所でオオサワ君に会った。
「おっす。」
「おはようございます。」
「どこ行くんだ?」
「ジュース買ってきます。」
財布を見せて笑顔で答えた。擦れ違い様に、オオサワ君が俺の頭をぐしゃりと撫でた。
今度はスタジオの近くの自販機まで行こうかな。
まだ時間は大丈夫。ゆっくりと歩みを進め、スタッフや共演者の人に挨拶しながら歩く。
自販機の前に到着。今度は振り返らないでさっきとは違う炭酸飲料を買う。
ゴトンと落ちたボトル缶を取り出し口から取ろうと屈んだ。
バシャッ
自販機の壁面や床に茶色い液体が滴って、じきに水溜りになった。
冷めたコーヒーだった。
それでも、紙コップ1杯分位みたいだから、濡れ方は昨日程ではない。
何で紙コップだって分かったかっていうと、それごと投げ付けられたみたいで……足元に紙コップが転がってたからだ。
………丁寧にミルクと砂糖まで入れてくれたんだ。
頬についた液体を舐めて、その味を確認してしまった。
熱いコーヒーじゃなかったって事は、俺にケガさせたりとかしたい訳じゃないんだ。
自販機の横に置いてあったモップで、汚れた床を適当に磨く。
買ったボトル缶を掴んで、真っ直ぐに楽屋へと戻る。
コーヒーの匂いをプンプンさせた俺が汚れた衣類(って言ってもパーカーとタートルシャツだけだけど)を脱いで、脱いだ服で頭をガシガシと擦る。
「アツシ、これあげる。」
買った炭酸飲料をアツシに渡す。
「あ、りがと……。」
呆然とするアツシが途惑った様にお礼を口にした。そのお礼の言葉に笑顔を返した。
洗面台に頭を突っ込んでお水を被る。髪の毛に掛かったコーヒーを洗い流すと、ヒロ君がタオルを渡してくれた。
「お前、わざと嫌がらせ受けにいったな?」
楽しそうに笑うアズマ君がお弁当を食べてた。
その質問には答えずに、アズマ君の向かいの椅子に置いた鞄から、着替えのTシャツを出して身に纏った。
「分かったのか?」
今度は短く問い掛けてきた。
「うん。」
そう返事して、アズマ君のお弁当の中の唐揚げを摘んだ。
「やられたらやり返すなんて真似はしねぇから安心して。」
もぐもぐと口を動かしながらアズマ君に向かって言った。
アズマ君の持ってる箸に乗ってるご飯を指差して自分の口へと指を動かす。
「飯も食うのか!しょうがねぇなぁ。」
そう文句言いながらご飯を俺の口へ運んでくれるアズマ君。
あーん、と口を開けてご飯を食べさせてもらい、殆ど残っているお弁当の中身を指差す。
「卵焼きもちょうだい。」
「ほれ。」
「おいひぃー、ん、ご飯。」
「……ほれ。」
ご飯を箸で摘んで、あーんと口を開けた俺に食べさせてくれるアズマ君。
「お豆。」
「自分で食えよ!」
お弁当と箸を俺に渡してくれたアズマ君が呆れたように笑った。
「腹が立つとさ、お腹空くよね。」
お箸を手にして「いいの?」って一応聞いてから、アズマ君の食べかけの幕の内弁当を食べ始める。
「あ、ナツ君。怒ってたんだね。」
アツシが納得、って頷きながらさっき俺があげたボトル缶を開けた。
ブシュ!
「わ!」
「あ、走って来たからかなり振ったかも。気を付けて開けろよ。」
口に唐揚げを入れながらアツシにそう告げる。
「遅いよ〜……。」
情けない声を上げたアツシが、吹き出した炭酸飲料で上着の前をびしょびしょに濡らしてた。
「それよりもさぁ、ナツ君。」
椅子に座った俺の後ろに近付いたアキラが、ニヤニヤと笑って俺の背中をつついた。
「凄ぇ情熱的な身体してたよ?」
口にご飯を入れて、後ろのアキラを振り返りながら見上げた。
「おう、かかってこいや!って感じ。」
深夜の情事の痕跡が、背中に始まり身体中にたくさん残されているのを、今朝シャワーを浴びてる時に気付いた。
おかげで、今日は妙なテンションを朝から維持できてる気がする。
衣装に着替えてカラフルでポップな感じに組まれたセットの中に入る。
トーナメント方式で勝ち進んでいく形らしく、ブロック分けするからくじを引いてくれと言われて皆で箱に入れられた棒を1本ずつ引く。
俺達が最後みたいで、デジタルモニターに表示されたトーナメント表の空欄は7人分だった。
隣のアキラの棒の先に書いてあったブロック表示と番号を見て表を眺める。
「アキラ、交換して。」
自分の引いたAブロックの番号の棒をアキラにこっそりと渡した。
「え、何?」
棒の交換を終えてから、アキラが俺の持った棒の番号を見てトーナメント表を確認してた。
スタッフに棒を見せて、開いたスペースに自分の名前が埋まるのを見届ける。
「うわ!俺、最初っからヒロ兄と当たるじゃん!」
大きい声を上げたアツシが早速嘆いていた。スタッフも他の共演者も笑って、何故か「アッ君頑張れ!」ってアツシの応援ムードに。
俺と交換したアキラとウツミ君はAブロック、アズマ君はBブロック、俺がCブロックで、ヒロ君アツシオオサワ君はDブロック。
3回戦まで勝ったら決勝で、4人で対戦するみたい。
辺りを見回して織田さんを探す。
決勝まで進めれば、4曲歌える。
予め用意していた4回分の曲の順番を替えて貰えるだろうか。
「織田さん。」
ウツミ君と話していた織田さんに呼び掛け、頭を下げる。
「無理言ってもいいですか?」
「何だ?」
ぶ、と笑った織田さんとウツミ君が俺の顔を覗いた。
「一回戦用の曲と3回戦用の曲、入れ替えて貰えますか?」
「1回戦って『MTAO』の…リアルだけど。」
持ってた進行表を捲った織田さんが曲名を口にする。
ウツミ君がトーナメント表を見て、一瞬眉を顰めた。
「3回戦までお前も相手も勝ち進むかどうか分かんないんだぞ?」
織田さんがそこに並ぶアイドルの名前を見てから溜め息を吐く。
「俺、本気でいきます。勿論相手にも根性見せて貰いますから。」
「分かった、任せとけ。」
俺のおでこを指で弾いた織田さんが、ディレクターに話しをしに走って行った。
「根性、どうやって見せて貰うんだ?」
「一応、初対面なので挨拶してきます。」
「着いてこうか?」
ウツミ君が俺の肩に腕を回して来る。
「はい、お願いします。」
ちゃんと笑えてるだろうか。衣装の襟元に指を入れて大きく息を吸った。
さっき、自販機の所で会った大島さんと一緒に居るその人物。
順調にお互いが勝ち進めば3回戦でぶち当たる相手。
「こんにちは、初めまして。」
近付いた俺に気付いた相手が、向こうから挨拶をしてきた。
「初めまして、High-Gradeの山本夏希です。」
「はい、知ってます。MTAOの宇佐美マコトです。」
手を出された。握手しようって事なんだと思った。
その手に答える。
「内海君も、お久し振りです。」
「おう、売れてるそうだな。MTAO。」
ウツミ君にも挨拶をする宇佐美さんにウツミ君が返事をしてた。
「俺と宇佐美さん、3回戦で当たりますね。」
「アハハ、そうだね。勝ち抜けばね。」
「俺3回戦で宇佐美さん達の歌、歌うんです。」
目を丸くした相手に、構わずに続けて話す。
「3回戦まで、勝ち抜いて来て下さいね。」
嫌な感じの言い方だと自分でも思う。
宇佐美さんの眉間に皺が寄った。
俺の隣に立つウツミ君、俺の向かいに立つ宇佐美さんと大島さん。
3人ともが、俺を見る。
そう、これは宣戦布告だ。
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