2nd Season
事実と混沌。
俺が初めて出演したドラマ『花時間の逢瀬』。
女装して女子高に通う男の子の役だった。
今思えば、オファーが来て撮影が始まるのがやけに早かった気がする。
ドラマ出演自体が初めてだったから余裕も無いし、そんなもんだって言われたらそうなんだって思うだろうけど。
それにしても、その役をサナエちゃんがやる予定だったとは知らなくて。
「よく、ある…事なの?」
「え?」
「キャストが差し替わったりとか、」
「さぁ、俺もよく知らないけど、ナツ君がやったって事は結局ナツ君に決まったって事でしょ?」
頭の中でさっきスタジオで見たサナエちゃんの姿が浮かぶ。
可愛いけどボーイッシュなイメージのショートヘアの子だった。
女装する男の子という役は、まさにサナエちゃんのイメージにぴったりだったのかもしれない。
「でも、さっきの収録とかでも変な感じしなかったし…向こうは気にしてないんじゃないの?」
確かに、気にしてないかもしれないけど、気にしてたら?
でもだからって俺が彼女に謝ったりするのも絶対おかしいと思う。
「何してんだ?早く着替えろよ。」
後ろから声を掛けられて振り返った。
マネージャーの織田さんが封筒や書類ケースをたくさん持って歩いて来てた。
「はぁい。」
アキラが返事をして楽屋へと歩き出した。
「織田さん、俺の女子高ドラマの役って…SPGのサナエちゃんがやる予定だったって本当ですか?」
優花ちゃんやモエナちゃん、そしてサナエちゃんの所属する女の子アイドルグループ『SPG』。
俺と織田さんを振り返ったアキラは、織田さんに楽屋へ行けと促されて先に楽屋へ向かった。
「サナエちゃんだけじゃないぞ。候補はまだ何人か居た。」
「え?」
「女の子はサナエちゃんの他にも2人、男はお前以外に4人。で、結局お前に決まったんだろ。」
ゆっくりと説明するようにそう話してくれる織田さんが書類を左脇に抱え直してた。
「最終的にはお前とサナエちゃんに絞られて、お前が断ったらサナエちゃんに行く話だったって事は本当だ。」
俺がドラマの役の話を貰った時は、織田さんは引き受けた俺にあまりいい顔はしなかった。
「山本夏希がその話を受けると思わなかっただろうSPGの事務所が、サナエちゃんにその話をしてたかどうかは知らないけどな。お前にとっても初めてのドラマだけど、彼女にとっても初めてのドラマで初めてのソロでのテレビ出演で大きなチャンスだったのは、まぁそれも事実。」
今の自分がどんな顔をしているのか、きっと情けない顔なんだろうけど。
「ドラマってのは、脚本があってそのキャラクターに合わせてキャスティングする。その役のイメージの役者候補なんて山程用意する。その中から一番イメージに合って話題性のある役者を選ぶ。それが1番山本夏希、2番宮崎サナエ…って所だったんだろ。」
一気に説明して俺のおでこを前髪ごと指で弾いた織田さんが顔を上げさせた。
「1番が2人以上居て決め兼ねてりゃ、その話し合いの場所に事務所の人間が出向いてタレントを猛アピールする。譲り合ってたらウチのタレントはチャンスを逃す。それこそ少ない席を奪い合いだ。」
言われた言葉と出来事の意味を思い知らされる。
分かったって、返事をしなきゃ。
「……はい、」
「よし、済んだ事だ。もう2度と口にするな。」
仕事モードの、真剣な目の織田さん。
企画の仕事をしている織田さん。その仕事の本来の趣旨を明確に告げられた。
事務所が獲得してくれた役を、俺の感情的な言葉で織田さんを不機嫌にさせてしまった。
撮影も放映もとっくに終えた。本当にもう済んでしまった話だった。
でも、その仕事をする俺達は生身の人間で……色々な感情を持ってるのは当たり前なんじゃねぇのかな……。
楽屋に戻ると、織田さんが紙袋を渡してきた。
「着替え。後…ドラマの台本届いたらしいから事務所寄る事。」
「はい。」
返事をして紙袋の口を留めてあるシールを破った。ハイネックのストライプのインナーとニットのロングカーディガン。
タグは全部外されてたから、服を広げて身に纏う。
「濡れた服はコレに入れてその紙袋で持って帰れな。」
頷いて、コレって渡されたビニール袋に濡れたままの着て来た私服を詰め込む。
楽屋には俺と織田さん、アキラとアツシ、ウツミ君とウツミ君のマネージャーの川島さん。
ヒロ君はラジオの仕事、オオサワ君は単独の雑誌の取材、アズマ君はドラマの撮影、3人共もう移動してた。
「ナツ君、またドラマやるんでしょ?」
「うん。」
アツシが上着を着ながら話しかけて来た。
「何か難しそうな役って聞いた。」
「今勉強中なんだよね。」
苦笑いしてアツシに返事をした。
2月の下旬から放送予定のドラマにキャスティングされた。
耳の聞こえない大学生の役で、今度はちゃんと男。
現在手話を猛勉強中で、後…聴覚を意識しないで生活する訓練もしてる。
それでも手話は、ダンスの振り付けを覚えるようなのと似てるから、台詞を手話でするのは結構イイ線いってると自分では思う。
それと同時進行でドラマの中で使用される挿入歌やエンディング曲を練習中。
ドラマの中で一言も声を発しない俺が歌う所が聴かせ所なんだと脚本家の先生に説明された。
脚本家の大島敦彦先生。……陣内さんの誕生日パーティで挨拶をした。
そして、ドラマの音楽を担当するのが田畑充さん。
陣内さんの誕生日パーティで俺が弾いた『LOST IN YOUR EYES』を、ドラマの主題歌にするんだそうだ。
同じようなオールディーズの曲を何曲か挿入歌として使用するのだとたくさんの名曲を聴かされた。
ドラマの話が来たのは年末だったけど、その前から挿入歌や主題歌の計画は進んでいたのだと年が明けてから気付かされた。
陣内さんに誘われて、色んなプロのアーティストの人達とセッションを何度かさせて貰った。その時の曲が挿入歌の候補の中に何曲も入ってた。
もし俺がドラマの出演を断ったとしても、主題歌と挿入歌を歌うアーティストとしての仕事が入って来るようになっていたのだ。
「そのドラマってさ、………陣内さん出るの?」
アツシが聞き辛そうに視線を外しながら言った。
「うぅん、出ないよ。」
「ふぅん。」
陣内さんが俺に手を出して来てたのをアツシは気にしてるのか。今はそんなの全く無いのに。
「最近は、あまり会ってないよ。」
去年は時間があればスタジオに通ってたけど。ドラマの曲のレコーディングが始まればまたあのメンバーで集まるんだろうけど。
「撮影、いつから?」
アキラも会話に入ってきて俺の向かいに立った。
「来週。」
撮影は来週からだけど、明日も明後日も手話の勉強や演技指導とか、ドラマ関連の何がしかがずーっと入ってる。
しょうがない、俺は役者としてはまだまだなんだし。
引き受けたからには、自分の精一杯を出したいし。
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