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2nd Season
朝のヒトコマ。


翌朝、3人で食卓を囲み手を合わせて「ご馳走様」をした直後。

「夏希、吾妻君。ちょっと座敷に来なさい。」

椅子から立ち上がって、歩き出した春馬さんを俺とヤマナツは顔を見合わせた後で同時に立ち上がった。

冷え切った座敷の畳の上に座った春馬さんが自分の前を指差した。

この雰囲気は……。

叱られるのか?

2人で春馬さんの向かいに正座をして言葉を待つ。

「じゃ、まず夏希。」

「はい。」

春馬さんの隣に置かれたジャケットと鞄を引き寄せ、ジャケットのポケットから小さな箱を出した。

「クリスマスプレゼント、早いけど。」

「ありがとう。何?」

「今開けなさい。」

受け取った箱を開けると、見覚えのあるベルベットのアクセサリーケース。

カコ、と軽い音を立てて開いた箱の中身は、ピアスだった。

「今着けてるのを外して、コレに替えなさい。」

「?」

訳が分からない、と言った風に俺をチラリと見たヤマナツが両手でピアスを外した。

「他のも着けたいかもしれないけど、出来るだけソレを着けてる事。」

「………何で?お守り?」

新しいピアスを片方着けて、もう1つを指に摘んだヤマナツが春馬さんに聞いてた。

「GPSが内蔵されてる。」

短くそう言って、ヤマナツを真っ直ぐに見つめる春馬さん。

「………嫌か?」

「ううん。」

そう返事をしたヤマナツが空のケースを閉じた。

「そうかなって、何となく分かってた。」

さっきまで着けていたピアスは、今年の3月のヤマナツの誕生日に春馬さんが贈ったものだった。

「前のより性能が良くなってる。ただ、1年位しか保たない。また新しいのを送るから、」

「分かってる、ちゃんと着けるよ。」

春馬さんが鞄から書類を何枚か出してヤマナツに渡してた。

「後、頼まれてたコレ。署名と判子押しといた。」

「ん、ありがと。」

「車の免許、とるのか?」

「時間が空いたらね。」

一番上の書類は自動車学校の入学申請書だった。ヤマナツが車の免許をとろうと考えてるなんて知らなかった。

「来年の3月にはまた帰って来るから、また必要な物があれば電話しなさい。」

来年の3月、ヤマナツが20歳になる。誕生日に集まる事にしているのだというのは知ってる。

「で、吾妻君。」

「……はい。」

「車好きって言ってたよね。……はい。」

差し出された黒い四角いもの、車のキー。

「BMWは処分したんだけど、コレだけ残しといたんだ。良かったら乗り回していいよ。」

前に春馬さんが乗ってたのはシルバーのBMWだった。

「ポ………、」

そのキーホルダーに刻まれたエンブレムに思わず言葉が詰まった。

「いえ、怖くて乗れません……っ、」

そのキーを受け取れずに手を振ると、隣に座ったヤマナツがそのキーを掴んだ。

「ん、はい。」

俺の手に押し付けるようにヤマナツがキーを渡してきた。

「ちょっと古いけどね、ちゃんと整備して貰ってるから。実家に置いてあるからお正月にでもマンションに持って帰っておいで。」

え〜……、俺の乗ってる車よりも高価なメーカーの有名な車のキーを「乗り回していいよ」って渡されても……。

手に乗せたキーを見て動けないでいたら、春馬さんに名を呼ばれて顔を上げた。

「夏希の事、………よろしくお願いします。」

畳に広げた手をついて、その半身が俺の目の前で頭を下げた。

しっかりと、たっぷりとその意を汲んだ礼に俺は何も言えなくて。

「分かりました……って、言ってくんねぇの?」

隣に座ったヤマナツが、俺の肘をつついた。

は、としてヤマナツを見た。

困ったように笑ったその頬が、ほんのり赤くて。

頭を上げた春馬さんに向かって、俺も畳に手をついて頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします……!」

身体を起こして春馬さんを見たら、口を手で押さえて楽しそうな笑顔で俺を見てた。

「何か、結納みたいだ。」

笑い声混じりにそう言った春馬さんが、ジャケットと鞄を手に抱えて立ち上がる。

「じゃ、行くね。」

俺とヤマナツも立ち上がり、玄関まで見送る。

「もう、迎え来てんじゃないの?」

「いいんだよ、待たせときゃ。」

「酷っ。」

「行って来る。」

「ん、行ってらっしゃい。」

ヤマナツと春馬さんが静かに短い会話を交わす。

玄関のドアを開けた春馬さんと目が合った。

「行ってらっしゃい。」

俺も同じように声を掛けた。

「うん、行って来ます。」

いつもの、よく知ってる春馬さんの笑顔。

ドアから出たら、もう振り返らないで春馬さんは行った。重いドアの閉まる音。

ヤマナツが、俺の腕に絡むようにくっ付いてきた。

「寂しくなったか?」

「別に。」

空いた方の手でヤマナツの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。

「つぅか、……コレ。」

手に持ったままの車のキーをヤマナツに見せた。

「それね、俺が子どもの頃に親父にカッコイイって言って買って貰った車。」

「へぇ。」

「俺と出掛ける時はいっつもその車だった。」

ニコ、と笑ったヤマナツがキーホルダーをつついた。

「何色?」

「黒のポルシェ。早いよ?」

「だろうな。」

ポルシェ独特のあのフォルムを頭に思い浮かべる。

そんな大切な車を、春馬さんとヤマナツの思い出のたくさん詰まった大事な車を、俺に好きに乗っていいって言ってくれるなんて。

ふと目に入った、ヤマナツの耳に光る新しいピアス。

「イエローダイヤじゃねぇか?コレ。」

耳朶を摘んでピアスの石に触れる。

「親父、変なトコロに金掛けるからね。イヤだね、金持ちって。」

「………お前もだろ。」

子どもの頃にカッコイイからってポルシェを強請るなんて、相当だぞ。

目を合わせて暫く黙った後、ほぼ同時に2人で吹き出して笑った。

「アズマ君。」

「ん?」

「はい。」

親指と人差し指で、白いプラスチックケースに入れられたメモリーカードを渡された。

「……地上の銀河?」

つい先日見せられたUSBメモリの事もあるし、そのメモリーカードにも曲が入ってるのだろうと想像した。

「ううん、違うよ。」

小さなそのメモリーカードを手に載せた。

「それはアズマ君だけの“アスタリスク”。」

照れくさそうに、下を向いたヤマナツが中身を教えてくれた。

「陣内さん、がね。きっとアズマ君が……嫉妬するから、アズマ君にもプレゼントしなさいって。皆がそうだそうだって演奏してくれたの。」

赤くなって説明するヤマナツ。

その光景が目に浮かぶ。からかわれて丸め込まれて照れながら歌ったんだろうなって。

「ははは……、さすが陣内さん。」

男の恋人を持つ男心が良く分かってらっしゃる。

「地上の銀河より、アスタリスクの方が時間…かかっちゃって……。」

口篭るようにそう告げる可愛い恋人の身体を抱き寄せる。

「ありがとな。」

「うん。」

「それであの晩、あんなに誘って来たんだな。」

アスタリスクを歌ったり弾いたりする時は、いつも俺を思い浮かべてしまって堪らないのだ、とヤマナツが言ってた。

それにプラスして、春馬さんが教えてくれた充実感から来る行動が大胆になるヤマナツの性質。

「また、エロく俺を誘ってくれよな。」

「やだよ、バカ。」

そう言いながらも、ヤマナツは笑顔で。

そして、どちらとも無く目を瞑って唇同士を寄せた。




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