2nd Season
そんなこんな。
帰国初日に春馬さんが言った通り…よりも、春馬さんの日本滞在のスケジュールは密なもので、かろうじて朝御飯は一緒に食べる事が出来てはいたけど、全く春馬さんと過ごす時間は無かった。
春馬さんがマンションに居る時間とヤマナツの居る時間が重なる時は、敢えて俺は自分の部屋の扉を閉めた。
時折聞こえる春馬さんの笑い声が、心地良い。
夜中でも大丈夫な完全防音の部屋。ピアノの音が聞こえる時は、つい耳を傾ける。
部屋でラグに座ってベッドに凭れてドラマの台本を読んでたらドアをノックされた。
「吾妻君、コーヒー飲む?」
「頂きます。」
背を起こし、立ち上がろうとしたら春馬さんが部屋に入って来た。
この部屋にある家具を、もう見られてはいるけれど流石に緊張する。
「仕事の?大変そうだね。」
台本を指差して聞かれる。マグカップを差し出されて受け取る。
「1月から放送のドラマなんです。」
「聞いたよ、主役でしょ?」
「はい。」
ベッドに腰掛けたら、春馬さんもベッドに座った。
「ヤマナツも、年が明けたらドラマにまた出るみたいですよ?」
「そうなの?大丈夫かな、あいつ。」
苦笑いした春馬さんに、短く「女子高生じゃないですよ」と教えた。
シャツの上にロングニットのカーディガンを着た春馬さんがポケットから見覚えのあるプラスチックケースを出して俺に見せた。
「貰った。」
「………はい。」
ヤマナツが春馬さんが帰ってくるまでに…と頑張って作ってたモノ。
「聴いた?」
「作ってる最中の未完成なのならたくさん聴きました。」
「………無駄だとは思ったんだけどね、一応言ったんだ。」
話が繋がらない言葉を紡ぐ春馬さんを見た。
「芸能人はもうやめて、ピアノをしにフランスへ行かないかって。」
自分の手のマグカップを口に寄せてコーヒーを飲む春馬さん。
「行かない、って。即答だよ。」
フフフ、って笑った春馬さん。
「吾妻君との事が理由じゃないって……、High-Gradeのヤマナツっていう仕事が好きなんだって。」
もう片方に持ったUSBケースを2本の指で持って顔の前に翳す。
「曲を作って、それを形にするっていう、そういうのが今の自分のやりたい事なんだと。」
「………聴いてみて下さい。」
溜め息交じりのその言葉が、寂しそうに聞こえた。
「ヤマナツが……、春馬さんの為に作った曲です。」
「………うん。」
「作曲中のを聴いてるだけで、俺は何度も春馬さんに嫉妬しました。」
驚いたように俺を見た春馬さん。
「タイトルは、俺が付けました。」
試作曲を聴かされて、ヤマナツにタイトルを付けてくれと頼まれた。
春馬さんとヤマナツを知らなくても、その曲を聴いたら2人の事が分かるような、愛に溢れた曲。
「地上の銀河。」
春馬さんが呟くようにその曲のタイトルを口にした。
「最初は、リビングのピアノの演奏を録音するつもりでした。」
ヤマナツのノートパソコンを持ち込んで、電気屋さんで購入したレコーダーマイクを接続して録音した。
それでもやっぱり音が良くなくて、ヤマナツが音楽プロデューサーをしている田畑さんという人に、家庭でいい音の録れる機器を紹介して欲しいとお願いした。
即席で録音したのを聴いた田畑さんが、陣内さんや他のアーティストに声を掛けてくれて、ピアノ組曲が協奏曲にアレンジされた。
あの曲を聴いて、大の大人が何人も動いてしまったんだ。
そんな力を、ヤマナツは持ってるんだ。
「いつの間にかプロを巻き込んでスタジオに篭りっきりですよ。」
笑いながら、ここ数日のヤマナツの様子を話す。
「それでノブオと仲良しになったんだ。」
つられて笑う春馬さんがマグカップを傾ける。
ベッドから立ち上がり、メモリーケースをポケットにしまった春馬さんが、名刺のようなカードを取り出した。
「…………あげる。」
受け取ったカードを見たら、ホームページか何かのURLが記入されてて、パスワードらしい8桁の数字が記されてた。
「興味無かったら、捨てていいから。」
何ですか、と聞くタイミングを逃してしまいカードのアルファベットを眺めた。
「………寝る前にトイレ行こうと思って部屋を出たらね、夏希が吾妻君に甘えてる会話がね、聞こえた。」
ドアを指差して春馬さんが話す。
春馬さんが帰って来たその日の夜の事だと、すぐ分かった。あんな台詞で俺を誘うとは思わなかった、と俺に言ってたし。
「その後はすぐ寝たから安心して。」
「いえ、もう…その、スミマセン。」
「何で謝るの。」
思わず謝罪した俺に、春馬さんが吹き出して笑う。
「そのベッドも、夏希が誕生日にプレゼントしたんだって、聞いた。」
部屋の大部分を占める大きなキングサイズのベッドをチラリと見やった春馬さん。
「俺はさ、恋愛ってものを……やった事ないから、知識でしか分からないけどね。」
空になったマグカップを持ったまま腕を組んだ春馬さんがドアの横の壁に背を凭れさせて俺を見た。
「夏希のあんな嬉しそうな顔とか、吾妻君の楽しそうな笑顔とか見てると、それは間違いなんかじゃないって事だけは分かるよ。だから、」
その表情から、笑顔が消えたと思った。
「謝らないで。」
笑顔でも無ければ、怒ってる訳でもない春馬さんの顔はどこか困ったような寂しそうなもので。
「帰って来てからさ、俺は……吾妻君にずっと嫉妬してたよ。」
胸の奥を、直接掴まれたような衝撃がきた……。
「でも、こうゆうのって遅かれ早かれ父親ってのは経験するもんだって理解はしてる、けど、悔しいね。」
春馬さんの片手がニットのポケットに入れられる。その手が、ポケットの中のメモリを握り締めてんのが、ニットの上からでも分かる。
「………おあいこだね。」
眉間に皺を寄せた苦笑いで、さっき俺が言った「春馬さんに嫉妬した」の言葉に対してだと気付いた。
「あ、ソレね……。」
ドアレバーに手を掛けてから思い出したように俺を振り返って、手に持った先程渡されたカードを指差す春馬さん。
「ダブルロック掛かってるから、吾妻君は本名の名前で入って来てね。」
「何ですか?」
「来たら分かるよ。」
入る、とか、来たら、とか……このURLへアクセスしろって事だけの返事しか貰えなかった。
「良い物用意しとくから。」
いつもの、笑顔だった。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
挨拶を交わして、部屋のドアが静かに閉まった。
カードをもう一度眺める。
良い物って事は、俺が喜んで春馬さんに用意できるもの……。
ヤマナツ関係のものだろうな。
しかし何で俺に?早めのクリスマスプレゼント?
ヤマナツは、早いけどクリスマスプレゼントにって曲を作ってた。
クリスマスはもう離れ離れの春馬さんとヤマナツ。
俺……春馬さんに嫉妬なんかしてる場合じゃなかったよな。
カードをチェストの引き出しにしまい、床に置いた台本を開いてベッドに寝転ぶ。
明日、春馬さんはまたアメリカへ行ってしまう。
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