2nd Season
新婚ごっこ。
首都高速を下りて10分もしない内に通りかかった商店街で、歩道を歩くヤマナツを見つけた。
変装、してねぇじゃん。
昨晩、春馬さんが言ってた言葉を思い出した。
路肩に車を寄せ、運転席の窓を開けた。こちらにヤマナツも気付いたみたいで手に持った買い物バッグを揺らしながら走ってくる。
「早いじゃん。乗せてって。」
可愛い笑顔が眩しい。
後ろを振り返ったヤマナツが誰かに手を振ってた。
手を振り返してたのは、3人の……おばちゃん。
ハザードランプを点けた俺の車の助手席側に回って来たヤマナツが車に乗り込む。
「おばちゃんと友達なのか?」
「アハハ、違うよ。よく店で会うだけ。鍋しようと思って材料見てたら色々教えてくれるんだ。」
帆布の買い物バッグを膝の上に置いた俺の可愛い若奥様……いや、幼な妻?う〜ん、エロい響き。
「鍋なんだ。何鍋?」
「キムチ鍋。辛いの平気だよね?」
頷いて返事をした俺がバックミラーを見ながら車を動かすと、ヤマナツは首に巻いたマフラーを緩めてた。
「……変装とか、しねぇの?」
「してもバレちゃうもん。近所だし。」
笑いながら、これまた気にしないと言った風に軽く言うヤマナツの頬に手を伸ばした。
「ん?」
冷えた肌が、指に気持ち良い。擽るようにしてから手を戻してハンドルを握る。
「お前が俺だけのヤマナツだったらいいのに。」
こちらを見てるヤマナツ。前を向いてる俺。
「町に出たら、おばちゃん達のヤマナツなんだな。」
「あはは。」
短く笑うヤマナツ。
「ラーメン屋に行けば、店長のお気に入りのヤマナツで、」
そう繋げた言葉の続きが出てこなくて黙ってしまう。
「……アズマ君と居る時の俺は、アズマ君だけの…俺だよ。」
「うん。」
そんなの、分かってる。
「アズマ君と居ない時でも、俺がアズマ君を思ってたら……俺はアズマ君のものだよ。」
「………うん。」
「いつも、ずっと、思ってるよ?」
「うん、ごめん。ヤキモチ妬いた。」
「おばちゃん達に?」
「お前を取り巻く全部に。」
そう言って、歯を見せて「イーッ」ってしてみせる。
ヤマナツの周りにある全てが、皆ヤマナツを愛してるように感じるんだ。
その理由も何となく分かるんだ。
圧倒的な愛情を俺は昨日から見せつけられて、焦ってるんだ。
春馬さん。
春馬さんに、俺は嫉妬してるんだ。
マンションに帰り、キッチンに2人で立つ。
エプロンをして包丁を握るヤマナツの隣で、ボールに入れた刻みしょうがやらネギやらと鶏の挽肉を手で捏ねる俺。
「粘りが出るまでね。」
「ん、」
「ちょっと醤油入れるね。」
小さな醤油のボトルを傾けてボールの中へ垂らす。
「はい、混ぜて。」
「おぅ。」
えのき茸の下を切り、手で解すヤマナツに話し掛ける。
「俺、きのこは椎茸が好き。」
「そうなの?じゃ今度は椎茸にするね。」
「お前は?」
「俺はブナピーが好き。」
「ブナピー?何だそれ。」
「知らねぇの?」
「知らねぇ。」
えのき茸をバットに並べて俺を見上げる丸い目。
「しめじは知ってる?」
「あぁ。頭のこげ茶色のやつだろ。」
「そう、それの白いやつ。」
「はぁ?変なの。」
フっと笑って捏ねてた物をヤマナツに見せる。
頷いたヤマナツが木のスプーンで俺の手に付いた肉やネギを取ってくれる。
「後ね、アレも好きエリンギ。」
「アレ美味いよな。薄く切って焼いてくれるやつだろ?」
「そうそう、焼肉のたれで食べるやつ。美味いよね。」
ボールにラップを掛けて冷蔵庫に入れたヤマナツ。水道で食器用洗剤を手に掛けて洗う俺。
モヤシの袋を破ってパンチングボールに出したヤマナツが水で濯いでた。
「そういえば椎茸って、ヒロユキとアツシのじいさんが…、」
「あー作ってたよね。欲しいね、出来立て椎茸。」
「美味いんだろうな、きっと。」
「きっとね。」
多分2人で同じ食べ方を想像する。
以前にブログでアツシがじいさんの栽培する椎茸の写メを載せて、ヒロユキは焼いたのに生姜醤油、アツシは天ぷらにウスターソースだと書いていた。
「きのこってさ、秋が旬だよな。」
「多分……そうだと思う。秋の味覚って言うよね、松茸とか。」
「松茸、今年食べたっけ?」
「俺は食べてない。」
そう答えたヤマナツの後ろに回って背中から抱き締めた。
ヤマナツが顔を上げて俺を振り返った。
「やめろよ、エロオヤジ。」
手に持った包丁を俺に見せて口を尖らせたヤマナツ。
「お約束の台詞、言ってもいいか?」
「いいよ、別に。」
吹き出して笑ったヤマナツの項に唇を寄せてから、耳の後ろから小さい声で囁く。
「………、…………。」
「あはは……、バーカ。」
ザクザクとニラを包丁で切りながら、ヤマナツが楽しそうに笑う。
「次は?俺、何すればいい?」
「ん〜じゃぁ、ダイニングのテーブル拭いてきて。」
「おぅ。」
布巾を手に持ってダイニングへ向かおうと振り返った。
「………。」
動きが止まってしまった。
「おかえり、なさいませ。」
微妙な言葉でそこに居た人にお迎えの言葉を告げた。
ヤマナツも振り返ってその姿を見て「おかえりー。」って声を掛けた。
「ただいま。」
ニッコリと笑って、キッチンの入り口の壁に凭れた春馬さんがそう返事した。
「俺はマイタケとか好きかな。」
そう言葉を繋げた春馬さんが、その頃からそこに居たのだと教えてくれる。
「そう、ですか………。」
クソ居たたまれねぇ……。
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