2nd Season
呟き。
「オダッチってさ、ヤマナツ甘やかしてるよな。」
独り言というには大きな声で、そこにいる人物に問い掛け口調で。
「………吾妻君も、人の事言えないと思いますが?」
「あ、やっぱ高島さんも少しはそう思ってたんだ。」
「そりゃ、甘やかしたくなる気持ちは分かりますよ。今日オフですよね、山本君。」
書類に目を通しながら何冊かの台本とファイルを分類するマネージャーを横に、自販機の紙コップのコーヒーを啜る俺。
「その山本君の為に、吾妻君も今日は早く帰るんでしょう?」
「そう、ご飯作って待ってるからね。」
「奥さんみたいですね。」
「そう、お嫁さん。」
「花嫁のお父様とは上手くいってますか?」
「………高島さんてさ、何気に鋭いトコ食い込んでくるよね。」
「恐れ入ります。これ、目を通して下さい。」
グレーのファイルを手渡される。年始までのスケジュール。来週頭までは余裕のあるモノだが、年始過ぎるまでびっしりと埋められた仕事の予定。
「休みを合わせるようであれば、1月中なら都合付けますよ。」
「いいよ、そうゆうのは。」
「はい、助かります。」
食えない……、オダッチとはタイプの違うやり手だ。
「昨日、山本君が織田さんにお願いしてました。」
「え?」
書類を纏めてケースにしまいながら俺へと向いた高島さん。
「3月1日に、お休みを下さいって。」
あぁ、ヤマナツの誕生日だからな。実家へ顔を出さなきゃいけないんだ。
「その日まで休み無くてもいいですからって。吾妻君はどうしますか?」
「いや、俺は別にその日は……、」
「織田さんに調整を頼まれましたけど。」
「お任せします。」
「はい。」
ふと、自分に仕事以外の用事が全く無い事に気が付いた。
仕事が大好きな訳じゃないけど、それが自分の仕事だと自覚はしてる。
以前は空いた時間に適当に遊んでいた。
今は空いた時間は殆どヤマナツと過ごしている。
家の用事も疎遠状態だから無い。
友達もいてもいないようなもんだ。
自分が、そうしてきたんだ。
「山本君にドラマのオファーが来てますけど知ってますか?」
「知らない。」
女子高ドラマが好評だったのは聞いた。ヤマナツの演技力はそこそこだったと思う。
「今度は男の子の役でした。」
「はは、前も一応男だったでしょ、あれ。」
「ただ、台詞が1つも無い役です。」
男で、台詞の無い役?
「耳の聞こえない、大学生の役だそうです。」
「へぇ。」
難しそうだ。
「台詞は手話で、映像には字幕が入るそうです。」
高島さんが真っ直ぐに俺を見て話してくれる。アイドルの山本夏希に来た話ではなく、俳優としての仕事なんだと俺にアピールしてるようだった。
「吾妻君が記憶を失くしてる時に、山本君がパーティーに出席したのを知ってますか?」
「あ、陣内直人…さんの誕生日パーティ?」
「はい。その会場で何か揉めて泣き出した山本君がお詫びにピアノを弾いたそうです。」
「…………。」
揉めて、泣き出した、その言葉で頭の中が色んな憶測が渦を巻く。
「織田さんも、同席したらしいですが揉めた内容まではわかりません。」
オダッチが同席してて絡んでいない訳が無い。言えないような内容なのだと、理解する。
「そのお詫びのピアノに合わせて、山本君が歌ったそうです。」
何を、歌ったんだろう。
「それを聞いた会場に居た脚本家の方が、そのイメージそのままに書き上げたものだそうです。」
「それで、ヤマナツに出演のオファー?」
「出演と、主題歌のオファーです。その歌とピアノをドラマの軸にしてるそうなので。」
まただ、またヤマナツのピアノが大きな仕事に変わって行く。
「金曜10時の枠で2月スタートだそうです。」
返事もしない俺に、高島さんが話し続けてる。
「山本君に要求されている課題が大きいので、織田さんは決め兼ねてます。」
演技の面でって事か?台詞が無ければ、動きや表情の演技はそれなりにこなせてたと思う。
「クライマックスに大泣きのシーンがあるそうなので。」
パーティ会場で泣き出したヤマナツと、その後で弾いたピアノと歌声、どちらもがその脚本家のインスピレーションになったのだ。
「山本君の為に、書かれた脚本なんだそうです。」
ゾクリ、と背筋が冷えた気がした。
「大島敦彦先生が直接事務所に来られました。」
若手の中でも有名な脚本家で、俺が初めて出演したドラマの脚本家の先生だ。
「山本君は、その話を受けるつもりなんでしょうね。3月1日さえ休めれば休みが無くてもいいのだと、織田さんに伝えたので。」
「高島さん。」
「はい。」
金曜10時の枠で、2月スタート。
「気合、入りますね。」
「そうですね。気合、入れて下さいね。」
俺の出演が決まってるドラマの放送は1月スタートで金曜の同じ10時枠。局が違うけど、同じ時間枠の同じドラマの仕事。
俳優としての俺にもプライドはある。
「受けて立とうじゃねぇか。」
つい口からでた呟きに、高島さんは満足そうに笑ってた。
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