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2nd Season
お酒のツマミ。



「だって、夏希まだ未成年だよ?花嫁修業もさせてないし。」

楽しそうに笑う春馬さんがそう言ったのを聞いて、ずっと思ってた事を切り出した。

「でも家事は一通りこなすし料理もあんなに出来るし。誰が教えたんですか?」

「そりゃ俺だよ。」

グラスを傾けながら春馬さんが答えた。

「一応留学してた間に1人暮らししてたしね。夏希の料理なんて最初は食えたもんじゃなかったね!」

思い出して溜め息混じりに言い放った春馬さんが煙草を俺に向けた。

「あのマンションに住み始めて、家事は分担して一通り叩き込んだ。まず最初にやらせたのはトイレ掃除。」

それもノブオさんが、と続けられたらどうしようかと思いながら次の言葉を待った。

「いい手本があれば、人間大体要領良く進化するもんだよ。」

「何気に自分を過大評価してるぞ。」

春馬さんの言葉に静かにツッコミを入れるノブオさん。

「それ、いずれは1人で生活出来るように…って事ですか?」

「………うん、そう。」

俺の問い掛けに春馬さんは表情を変えずに、少しだけ間を空けて返事。

「やっぱり、勘がいいね。」

前にも見た事のある、何かを企むような笑顔。以前も言われた同じ言葉。

「夏希は、絶対自分で言わないでしょ。どこまで勘付いた?」

グラスをコースターの上にコンと音を立てて置き、煙草を灰皿に潰して置いた。

俺が何となく感じたのは憶測ばかりで、どれもはっきりとした理由も無い。

「何も、……ただ、」

カウンターの中のノブオさんも春馬さんも、俺をじっと見てる。

「中3の5月にストーカー被害に遭ってた事を、ヤマナツが俺に知られたくないって事は分かりました。」

「夏希は、気付いてないの?」

「多分。」

短く返事をして、自分のグラスの飲み物を飲み干した。

「5月頃、ヤマナツの様子がちょっとおかしかった。だからその頃だと勝手に思いました。」

「うん、合ってるよ。5月だった。」

「だからですか?春馬さんとヤマナツが日本から居なくなる予定だったのは。」

「何だ、そこまで勘付いてるじゃない。」

軽く笑い声を上げて、煙草の箱を開ける春馬さん。

「そう、夏希はフランスに。俺はアメリカにね。」

そこまで口にして、煙草の箱の蓋を閉めた。

「夏希が中学3年に上がる前の春休みに、国際コンクールに出場したんだ。まさか優勝するとは思わなくてね。」

国際コンクール優勝の腕前、と前に横山マネージャーが口にしていた言葉が頭に過ぎる。

「思い返してみたら、帰国してすぐの頃から変化はあったんだ。なのにその小さな予兆に俺達は気付かなかった。」

その言葉が、ヤマナツに忍び寄る影の事だとはっきりと分かる。

「5月の連休明けの登校時間……夏希の行方が分からなくなった。」

ノブオさんが、カウンターの奥へと入り椅子に座る。

「最初はね、誘拐かと思った。」

大きな会社を経営する家だから、その可能性もある筈……。

「それでも一向に脅迫の何かしらも無くて、3日過ぎた頃に、…………庭に、帰って来てた。」

グシャ、と春馬さんの手に持った煙草の箱が、潰れた。

帰って、来てた…って、自分で戻って来たって事か?

「最初に見つけたのは、母さんで、俺達もその姿を見たのに動けなくて、」

怖い。凄く落ち着かない。

聞きたくない。

でも、俺よりも、春馬さんの方が言いたくないのだとヒシヒシとそれは理解できて。

「死んでると、思ったんだ。」

息を吐くように、漸くそれだけを口にして、目を閉じた。

春馬さんがはっきりとは表現してないのに、そこへ帰って来てたヤマナツが、死んでるように見える状態で、そこに居たんだと、理解した。

「………3日間、何があったのか夏希は覚えてないって。本当に意識が無かったのか、言いたくないのか分からないけど、それ以上は俺達も追求したくなくてね。」

「俺が、……その話を聞いても、いいんでしょうか。」

ヤマナツが知られたくない事を、春馬さんも口にしたくない事実を、俺が知ってしまってもいいのだろうか。

「俺も一緒に、その事実を抱えていいんですか?」

春馬さんや、ノブオさんのように、

「夏希を、………守ってやりたいと思って、いいんですか?」

春馬さんもノブオさんも、ヤマナツを「いつまでも小さいイメージなんだ」と言ってた。

小さいって、幼稚園児とか小学生の大きさではないんだ。中学3年生の、その姿を消してしまった頃のヤマナツの事なんだと、思った。

「ごめん、」

小さく、咳払いをした春馬さんが短く俺に謝る。

「本当に、俺は強欲でダメな父親だ。」

両手で自分の顔を覆い、溜め息を吐いて、前髪を掻き上げて手で撫で付けた春馬さん。

「離れてたせいかな、吾妻君を頼りにし過ぎてしまってる。」

潰れた煙草の箱をカウンターの中のノブオさんへと投げ、苦笑いしてた。

「俺だってそうだ。」

受け取った煙草をカウンターの下にあるらしいゴミ箱へ捨てながらノブオさんも言った。

「ナツ坊が吾妻君に懐いてるから、俺も吾妻君を色々当てにしてる。」

俺のキープにして貰っているボトルをノブオさんが掴んだ。

新しいグラスに薄い褐色の液体が注がれて、俺の前へと置かれる。

「チーズとハム、どっちがいい?」

手を洗ってタオルで拭きながら俺に聞いて来たノブオさん。

「サラミが良いです。」

一昨日来た時に出してもらったのが美味しかった。

「春馬は?」

「俺は、チョコレートがいいな。」

ノブオさんに答えながらジャケットから携帯電話を出してた。

徐に携帯電話を開くと、ボタンを長く押してた。画面が光って、今電源を入れたのだと分かった。

パチンと携帯を閉じ、ライターの横に置いてグラスを手に持った春馬さん。

俺と、大事な話をする為に……、携帯電話の電源を落としていたのだと思うのは都合が良すぎるだろうか。

白い皿に並べられたサラミと緑の葉っぱの色が眩しいラディッシュ。続けてガラスの皿に5粒だけ並べられたチョコレート。

「チョコも合うよ、食べてみる?」

「知ってます。俺も良くツマミにしてます。」

一粒を口に入れてゆっくりと溶かし、1口グラスのアルコールを含む春馬さんを見てた。

「あぁ……、そう言えば。夏希に聞いたんだった。」

思い出した、と言った風に春馬さんが俺に向いた。

「吾妻君がチョコ好きなんだって。」

「ハハハ、そうです。甘いの苦手だけどチョコは好きです。」

「チョコはツマミにもなるって吾妻君が言ってたって聞いて、初めてツマミとして食べてみたんだった。」

笑顔で言った春馬さんが、グラスを傾けてゴクンとお酒を飲み込んだ。

「てゆうか、チョコも甘いけどね。」

軽くツッコミを入れた春馬さんが、お皿からチョコを摘んで俺に見せた。

「餡子やクリームも苦手、なんだよね。」

「はい。」

「後は、山菜も苦手で……猫が苦手。」

それもヤマナツから聞いたのか、春馬さんは摘んだチョコを皿に戻して、グラスを揺らして中の氷の音を立てた。

「幼稚園の年長から小学校3年生まで書道に通ってて、父親は大学の教授。」

話を続ける春馬さんを見た。

「実家の温泉旅館は華卯(はなうさぎ)。母親の名前は吾妻卯美、姉の名前は吾妻優卯、姉は高校在学中に同校教員の笹原勝と交際妊娠、卒業後出産。12歳の甥と6歳の姪。」

言われた言葉に、素直に脳裏に家族や千明と卯月の姿が浮かぶ。

「7歳でおたふく風邪にかかって、10歳でショートスリーパーと診断される。」

「調べたんですか?」

「うん。勿論。」

プライベートどころか個人情報の深い所までを覗かれた気分だった。

「それだけじゃないよ。17歳で上京と同時に事務所に入り、初めてのテレビ出演はいきなりアイドルバラエティ番組のレギュラーだったね。」

「……はい。」

「初めてのドラマ出演で一躍人気が出て、吾妻和臣の名を知らしめた。」

その辺りは公開されてる情報だ。頷いてはみたけど、次に言われる言葉を聞くのが怖かった。

「相田ユリ、米森ショウコ、加藤サキ、神田美優、」

次々と女性タレントの名前を上げていく春馬さん。

「もういいです。………全部、俺と関係のあった女性です。」

「27人。取り敢えずヘマはしてなかったね。でも、数回参加したパーティはもう行かない事をおすすめするね。」

それこそ、子どもが出来るようなヘマはしていないし、病気も貰っていない。いかがわしいパーティには何回か行った。そんなディープな部分まで。

「そんな恐縮しないで。俺だってそう変わらない事してたってば。」

春馬さんがノブオさんに新しい煙草の箱を手渡されてた。

外側のプラスチック包装をピッと破り、箱の蓋を開けて一本取り出してた。

「勝手に調べたのは悪かった。吾妻君の事を知る代わりにこっちの情報を吾妻君に教えたんだ。もうこれ以上は調べないよ。」

「言い方があるだろ、ビビらせてどうするんだ。」

呆れたようにノブオさんが春馬さんを諌めてた。

「いえ、凄いやる気になりました。」

「え?」

春馬さんとノブオさんが同時に声を上げて俺を見る。

「逆境とか障害があっても燃えるタイプなんで。」

グイ、とグラスの液体を一気に飲み干す。

「………へぇ。」

「なるほど。」

面白そうにニヤリと笑った2人が、声を揃えた。


「夏希が」「ナツ坊が」


「夢中になる訳だ。」




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