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2nd Season
恋人の父親。


ヤマナツの仕事が終わっただろう時間に携帯電話へと発信してみた。

「ヤマナツ?春馬さん帰って来てるけど。」

『は?何で?』

何でじゃねぇよ……。お前が帰国する日間違えてたんだよ。

「でも、今日スタジオ行くって言ってたよな?」

『うん、どうしよ。』

「これから晩飯食ってノブオさんとこ行く予定。」

『あ、そうなんだ。行ってらっしゃい。』

軽いな。

『早く帰ろうと思うときっと帰れないから、遅くなるかもしんない。』

あぁ、一応焦ってんだ。

「いいよ、ゆっくりして来い。帰る時電話して。」

『うん、ごめん。』

ヤマナツの声の後ろでオダッチの声が聞こえた。

「陣内さんによろしく。」

『ハハハ、はぁい。』

笑い声が漏れ聞こえたのか、春馬さんがこちらを見た。

「やっぱ、予定変えられないみたいです。」

「いいよ、別に。何食べる?」

マンションのエントランスを歩きながら春馬さんの隣を歩く。

1人の予定だったから、適当にレトルトと冷蔵庫に残ってるヤマナツの作った作り置きを食べるつもりだった。

「春馬さんこそ、帰って来て食べたいもの無いんですか?」

「うん、それが無いんだよね!」

苦笑いして、はっきりと口にした春馬さん。

ご馳走は接待や会合で結構食べてるらしい。意外に海外でも和食は食べられるみたいで、同行者が気を遣って和食を食べさせてくれるようだ。

「じゃあ……この間見つけた美味しい店を。」

「何?何食?」

ゲートを出て、マンションの敷地から出る。

楽しそうな恋人の父親の様子に、つられて自分も楽しい気分になる。

「ヤマナツが見つけたんですけど、徒歩15分です。歩きますか?」

「いいね、歩こう。」

夜風を受けながら、街の明かりでキラキラと煌く方へと歩みを進める。

「そういえばヤマナツ、9月にドラマに出演したんですよ。」

「え!?大丈夫だった?……てゆうか、俺それは心配で見られないな、きっと。」

コートのポケットに手を突っ込んだ春馬さんが眉を顰めてた。

「台詞少なくて、結構ちゃんと演じてました。」

「何の役?刑事とか医者とか?あ、大学生?」

「ハズレ。女子高生。」

「はあ!?」

大声を上げた春馬さんに、擦れ違う人や周りの人達が振り返って見てた。

「女の子の制服着て可愛くメイクしてもらって、……あ、コレ。」

思い出して携帯電話を取り出してデータボックスを開いた。

以前にヤマナツの女子高生の写メを送ってもらったのを春馬さんに見せた。

「可愛いと評判でしたよ。」

「…………そう。」

さすがに複雑そうだ。そりゃそうだよな、ヤマナツ男だし。

「一応…男の役で、櫻田ユミさんの恋人役だったんですけどね。」

「え、櫻田ユミ!?知ってる!」

「キスシーンもありました。」

「何!くそ!」

悔しそうな春馬さんの言い振りに思わず笑ってしまった。ってゆうか、どっちに悔しがってるのか見極め辛いけど。

それに、櫻田さん同じマンションなのに。それは言わなくてもいいかな……。

「あとは…、春馬さんがアメリカ行ってすぐくらいに…ヤマナツ小説の表紙になったんです。」

「へぇ。」

「秦克成って作家とヤマナツの友達が知り合いで、そのツテというか何と言うか。」

「あー…天野君?」

「そうです。」

赤信号で、横断歩道の前で立ち止まる。

「本屋行ったら見れますけど、寄ってみます?」

横断歩道を渡った向こうに見える本屋を指差した。

「すぐ見つかりますよ、話題作ですから。」

「じゃぁ、寄ろうかな。」

例のヤマナツが尻を出してる表紙の秦さんの小説。本自体も面白くてベストセラーではある。年が明けたら続編の表紙の撮影があるとヤマナツが言ってた。

信号が変わり、目的を持って本屋へと向かう。

本屋に入ると、賑やかな照明と音の中をレジに近い新書の並ぶ棚へと近付く。

半年前に発売されたのに、未だに平積みで展開されて置かれた秦さんの本。

「コレです。」

淡い青色の中に佇む肌色の表紙を指差した。

「……ん?」

「ヤマナツの身体、です。」

「ん!?」

「裸、です。」

暫く固まった春馬さんがその本を手に取る事は無かった。

そのものをいきなり見たら色々と思う所はあるかもしんねぇけど、この本の表紙も女子高ドラマも、春馬さんが海外へ行ってからのヤマナツの大きな仕事だ。

コンサートやHigh-Gradeでの仕事はそれなりにこなしてるけど、ヤマナツ個人での目立った露出でどちらも評判が良いのだ。

「……さっき、………アレ。」

春馬さんが入り口の近くに積まれた雑誌の棚を指差した。

細長いポスターと雑誌に写るHigh-Grade。

「アレは、一番最近の仕事です。今月号は俺達の特集で、ヤマナツもランキング1位を獲ってるのでかなりページ貰ってます。昨日発売したばっかりの女性誌です。」

先月、男性タレントの評価をランキングで発表した女性誌『an-no』。俺達は皆彼氏にしたい男性タレントにランクインし、ヤマナツも弟にしたいと今後に期待のランキングで両方で1位を獲ってた。

「じゃぁ、今日はコレ買ってく事にするよ。」

積まれた雑誌の一番上のを手に取り、レジへと向かう春馬さん。

「事務所で貰ったのがありますよ。」

「いや、こういうのは買わないと還元できないでしょ。」

ジャケットから財布を出してカードで支払いを済ませる春馬さん。

「売れてるんだね、High-Grade。」

「おかげさまで。」

雑誌を脇に挟んで楽しそうに言った春馬さん。

「お腹減ってきた。早く食べに行こう。」

本屋を出てまた暫く歩く。

「吾妻君……変装とかしなくていいの?」

「そうですね、大体平気です。見られたりはするけど話し掛けたりはされないです。」

「夏希は一応眼鏡かけてたりしてたよ?」

「そう、ヤマナツと2人だと話しかけられたりします。多分、ヤマナツの方が目立つんじゃないですか?元々ここらがホームグラウンドだし。」

「おじさんの俺と一緒だと話しかけられないね。」

フフフ、と笑った春馬さんが楽しそうだ。

「不思議な気分だ。」

コートのポケットにまた手を突っ込んだ春馬さんは真っ直ぐ前を向いて歩く。

「前に、スーパーに夏希と買い物に行ったらさ、ちょっと夏希と離れた隙におばちゃん達が…あの子アイドルじゃないの?って俺に聞いてくるんだよ。」

そりゃ、一応アイドルだし、間違ってはいないけど。

「何て答えたんですか?」

「さぁ、って。テレビ見ないから分かりませんって。」

「アハハ。」

「そんなして答えてたら空気も読まずに、親父〜コレ買って〜とかってポテトチップス持ってくんの、あのバカ。」

あのバカって。

「おばちゃん達、やっぱりヤマナツ君だわ!とかって騒ぎ始めてね。」

うわぁ、目に浮かぶな。その光景。

ヤマナツの事を思い出しながら話す春馬さんは、懐かしそうで嬉しそうで。

「夏希は芸能人なんだなって、妙に実感しちゃったね。」

「そうですね、立派な芸能人ですよ。」

「………おばちゃん達に、ニッコリ笑顔でありがとうございますって頭下げてお礼言ってた。そしたら騒ぎも治まっちゃってね、びっくりした。」

眉を困ったように寄せて少し笑った春馬さん。

「あぁゆうの、事務所で対応の仕方とか教わるの?」

「いや、多分…兄さん達から。一応アイドルだし、好感度を大事にしてるので、求められればできるだけ対応して、お断りしたい時は丁寧に誠意を持って有無を言わせないように……、と俺も先輩から教わりました。」

それがきっちり出来るのはそう居ないと思うけど、出来てたんだな…ヤマナツは。

「なるほどね。そうゆうのはやっぱりその世界の人にしか分からないし教えられないよね。」

隣の春馬さんに向いて、看板を指差した。

「ココです。」

「え、」

びっくりした顔で俺を見た春馬さん。すぐに笑い声を上げて俺の腕を掴んで入り口へと向かう。

「おすすめは?」

「俺は塩。ヤマナツは味噌です。」

紺色の暖簾を潜り、威勢のいい店員の声が俺達を向かえる。

カウンターに座ると、見慣れた店の主人が話し掛けてくる。

「あれ、今日はヤマナツじゃねぇのか?」

「そう、ヤマナツの親父さん。」

「そうなの?いらっしゃい!ヤマナツのお気に入りは味噌だけど、何にしますか?」

俺の隣を1つ空けて座った客が口にしていたモノを見た春馬さんが、コートを脱ぎながら短く注文した。

「しょうゆ!」

「はいよ!醤油一丁!……アズマ君は?」

「じゃぁ俺、味噌。」

「味噌一丁!」

店の奥から返事が響く。

「ヤマナツがラーメン好きだから、春馬さんもイケルかと思って。」

「うん、大好き。」

春馬さんが嬉しそうに出された水に口を付けてた。

ここのラーメン屋さんを見つけたのはヤマナツだった。

仕事で帰りが遅くなった時に、何か食べたいと言った俺にこの店を教えてくれた。

週に一回は通った時期もあって、ヤマナツはラーメン12種類、単品15種類、全種制覇してたりする。

「はいよ、お待たせ!しょうゆにおまけ付き!」

春馬さんの前に醤油ラーメンがドン、と置かれた。店主の言った通り、不自然におまけのチャーシューが上に盛られてる。

「おまけ多過ぎ!」

つい俺がツッコミを入れると、春馬さんが声を上げて笑った。

「うるせぇ、アイドル!てめぇにはおまけ無しだ!」

ノーマルな味噌ラーメンが俺の前に置かれる。

「いつもおまけ付き?」

「いえ、多分ヤマナツの親父さんだからです。」

苦笑いしながらそう答えると、俺の前にお皿が置かれた。

「はいよ、おまけ一丁!ヤマナツの好きなシュウマイ。」

ニカ!と笑った店主が、入って来た新たな客に同じように威勢のいい声で話し掛けてた。

「なぁんか、ヤマナツ気に入られてて。」

「ん、美味い!」

麺を啜りながら春馬さんが感嘆の声を上げる。

小皿に醤油とからしを入れ、シュウマイを食べる。

「焼豚も美味いね。あぁ、こりゃ夏希好きだわ。」

そう言う春馬さんもかなりな勢いでラーメンを食べている。

俺もヤマナツお気に入りの味噌ラーメンを口にする。

「それ、ちょっと食べさせて。」

「ん、はい。どうぞ。」

丼を春馬さんの方へ寄せると、器用に麺とスープをレンゲに載せて口へ運ぶ。

「美味いね、次は味噌にしよう。……そう言えば、夏希はヤマナツで吾妻君は君付けだったね。」

「ハハハ……、ヤマナツが俺をそう呼ぶから面白がってんですよ。」

一般の人達が芸能人の事を呼ぶ時は大概呼び捨てだろう。

街で俺を見た人達は挙って「アズマだ」とかいうし、ファンの子達だって「和臣」と呼び捨てで呼ぶ。

ヤマナツはこの店へ1人で何回も来てるみたいだし、俺とだってかなり来てる。

きっとさっきみたいな調子で店主に話し掛けられればヤマナツも会話に乗るだろう。そのヤマナツが俺の事を呼んだり話す時の「アズマ君」で、ここの店主は俺を呼ぶ様になった。

そう伝えるとおかしそうに俺を見ながら丼を両手で持ち上げて口を付けてた。

「夏希も前は吾妻君の事アズマって呼んでたな、そういえば。」

スープを最後まで飲む。ヤマナツと一緒だ。

あぁ、親子だな。



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