S☆Ρ
4・ホロスコープ
今日はやっとギブスが取れる日。
病院の待ち合い室で順番を待ってたら、小さい女の子に話しかけられた。
「ヤマナツくん、あしいたいの?」
その子の後ろにお母さんがいて頭を下げてた。
「痛くないよ。もう治ったから今日お医者さんにこれ取ってもらうんだ。」
女の子にそう言って、脚を組んで、ズボンの裾から見えるギブスを指差した。
その子にバイバイって手を振ったら、丁度呼ばれた。
レントゲンを撮って、問診を済ませると、いよいよギブスを取る事に。
「そういえば昨日テレビに出てましたね。ギブス、綺麗に切りましょうか?」
昨日の夜、先日収録したバラエティー番組が放送された。ギブスを視聴者プレゼントにするっていう話も放送されてた。
「………ハハハ、いいです。ザックリ切って下さい。」
先生と看護師さんが「勿体ないかも」って笑ってた。
機械の音と共に左足に空気を感じた。ギブスが外されるとアルコールで消毒された。
「一応治ってますけど、まだ完全ではないので、激しいバク転とかはもう1週間位遠慮して下さい。」
そう言われてズボンの裾を戻した。
「普通に踊るのは?」
「う〜ん、High-Gradeのダンス激しいからな…、まぁ無理しないで下さい。」
微妙なオッケーを出してもらえた。痛くなけりゃいいって事?
「山本さん、ヤマナツって呼ばれてるんですよね。」
先生がテレビを見た時の話をしだした。
「ナイスネーミングだと思って。誰が付けたの?」
「メンバーのアズマ君です。山本って呼びにくいからって。」
そう答えたら看護師さんが
「全国に山本さんたくさんいるのにね。」
って笑った。
初めて事務所へ行った時に、ウツミ君とオオサワ君とアズマ君とヒロ君に「High-Gradeに入ってもらう山本君です」って織田さんに紹介された時、アズマ君が
「ヤマモトナツキって呼びにくい名前だな。」
って言われた。その後、何度も名前を呼ばれて「ヤマモト」も「ナツキ」もしっくりこないと言われ、アズマ君が「ヤマナツ」というニックネームをつけた。
診察と会計を終えて外に出ると、雨が降ってた。
「買い物して帰ろうと思ってたのになぁ。」
傘をさして歩きだした。
「ヤマナツ」という呼び方をアズマ君が決めたら、皆が暫く黙ったまま俺を見て
「何か旨そうだな。」
ってヒロ君が言った。
「イメージカラーはオレンジですね。」
と織田さんが呟いた。
今の俺、High-Gradeのヤマナツはアズマ君に作られたも同然だな…と思ったら笑えてきた。
ふと、この病院の近くに高校の時の友達のアパートがあるのを思い出した。
その友達の名前が『天野夏生(アマノナツオ)』まさに友達皆から『アマナツ』と呼ばれてた。
頭の良い奴で、高校を卒業してΤ大へ入った。
元気かな。学校行ってるかもしんねぇけどアパート行ってみよ。
コンビニでお菓子を買って歩いて10分もかからない『アマナツ』のアパートへ向かった。
しかし、10分後…俺は呆然とする。
アパートが無かった。
通りすがりのオバチャンにアパートがあったよね?って聞いたら、2週間前に火事になって全焼したそうだ。
アマナツは……?
あいつ、携帯持ってないんだよな…。連絡つかねぇのかな………。
アマナツと同じ大学へ行った奴を思い出すけど、連絡先知らない奴ばっかりで、携帯あっても無くても変わらないなって途方に暮れた。
「山本君。何してるの?」
振り返ると織田さんと知らない人。
「織田さんこそ。」
俺はここに友達が住んでたけど火事で無くなってて、友達がどこに行ったか分からないって説明した。
そうしたら、織田さんと一緒にいた人が少し考えた後
「ひょっとしたら、そのお友達…今から行く所にいるかもしれません。」
織田さんと一緒にいた人は出版社の人で、この近くに担当の作家さんがいるらしい。
その作家さんが、2週間前にアパートが火事になって住む所が無くなった男を居候させているらしい。
「大学生って言ってたので多分ビンゴだと思います。」
親指を立てて出版社の人が言った。
ひょっとしてアマナツに会えるかもと思って同行をお願いした。
織田さんは、今度うちの事務所のタレントが、その作家の作品の映画に主演が決まりそうなので一緒に挨拶に行くらしい。
歩いて5分も経った頃、平屋の純日本家屋の建物の前に辿り着いた。
出版社の人と織田さんが先に挨拶をして入って行った。俺は玄関の外で待ち、アマナツが居なさそうだったら帰るつもりだった。
中から織田さんと出版社の人の声が聞こえて「山本夏希君と友達?」って誰かにきいてた。
「山本君。」
織田さんにそう呼ばれ、玄関の敷居をまたぐと、玄関に居たのは友達のアマナツだった。
「ナツキ?」
「アマナツ!」
俺達はお互いを確認するとハイタッチした。
「アパート行ったらアパート無いんだもん。」
「そうなんだよ、焼けちゃったんだよ〜。」
懐かしくて思わずハイタッチしたまま手を握っていた。
「あ、これお前に土産。」
「わ、俺の好きなじゃがりこ、ありがとな。」
腕に引っ掛けたコンビニ袋をアマナツに渡すと、
「何だ、お前ソレが好きだったのか。」
後ろから背の高い男の人が声をかけてきた。
「ハタさん。」
アマナツがその男の人を見上げてた。
「こいつの友達?」
そう聞かれて頷いて返事をした。
「まぁ上がって貰って、そっちのオジサン達も。」
オジサン達……、織田さんと出版社の人が苦笑いしてた。
一応一緒に応接間みたいな所に通された後、アマナツに手招きされて部屋を出た。
縁側に座り、お茶とじゃがりこを勧めてくれた。
「足平気なのか?」
「あぁ、今日ギブス取れてさ。病院からお前ん家近いなって思って来てみたんだ。」
お茶を飲んでアマナツを見た。
「火事になって全部無くなって、公園で野宿か〜って思ってたらハタさんが俺を拾ってくれた。」
「拾ってって、猫みたいに言うなよ。」
「猫と一緒に拾われたんだよ。マジで。」
確かにさっきから俺らの足元に子猫が2匹戯れてるけど……。
「なぁ、ハタさんって…秦克成?」
「ん。」
秦克成って…、俺でも知ってる有名な作家じゃん。
あんなガタイの良い人だとは思わなかったけど。
「てゆうか、大丈夫なの?いくら有名でも知らない人と住むって。」
俺がアマナツにそう聞いたら、後ろからアマナツの頭をグシャグシャと撫でながら話題の秦さんが現れた。
「こんにちは、山本君。」
「あ、どうも。」
頭を下げてアマナツの向こうに座った秦さんを見た。
「こいつ、あんまり喋ってくれなくて。君がテレビに出てるの見て初めて話してくれたんだぜ。」
「………ハタさん、お客さんは?」
アマナツがそう聞いたら、
「お前の声が聞こえたから珍しいと思って交ざりに来た。」
………何だろう、作家って変わった人が多いって聞くけど。この人も変わってるのか?
アマナツがハタさんに、
「大人なんだからちゃんと仕事したら?」
って言ったら、秦さんは笑いながら立ち上がって俺に「また後で」って言って戻ってった。
「なぁ、あの人って…。」
「ここに居られなくなったらどこか行くだけだろ。」
アマナツはそう言ってじゃがりこをかじった。
あの人がアマナツにした頭をグシャグシャするの、アズマ君と一緒。
あの人、アマナツの事気に入ってんのかと思ったんだけど。
「それよりナツキの方こそ、アイツなんだよ。お前にチュウしやがった。」
うわ、よりによってそれ見たのか…。
「あの人が……、アズマ君。」
「アレが吾妻和臣?ナツキ…大丈夫なのか?」
アズマ君をアレって……。アマナツあまりテレビ見ない方だしなぁ。
「ここに来た3日後位に朝のテレビでナツキとアイツの事言ってた。そのすぐ後にお前ケガして暫く休むってまたテレビでしてた。」
てっきり俺とアズマ君が殴り合いしてケガしたのかと思ったってアマナツが言った。
「そしたら日曜の夜テレビでお前がピアノ弾いててアイツとキスしてた。」
俺がアマナツの話を黙って聞いてたら、アマナツは肘で俺をつついてきた。
「やっぱ、俺…ナツキのピアノ好きだぜ。もっと弾いたら?」
俺は首を振るとじゃがりこを口にくわえた。
「俺、今アズマ君と付き合ってんだ。」
「………ふぅん。」
アマナツもじゃがりこをくわえた。
「驚かないの?」
「まあ、うん……。ナツキがダンス始めてからアズマアズマ言ってた事覚えてるし、芸能界入るの決めたのも吾妻が居たからだったし。憧憬が愛情に変わっても不思議じゃない。」
アマナツには当時色んな事を話したから、アズマ君との事も話してしまった。
「アマナツは?変わり無いのか?」
「ん、変わり無い。」
アマナツは今迄一度も人を好きになった事がない。
小さい頃に重病にかかり、無精子症になったせいかもと前に聞いた事がある。
織田さん達が部屋を出てきて帰るみたいだった。俺も帰ろうと立ち上がったら、秦さんが俺の肩を掴んだ。
「山本君にはまだ居てほしいんだけど。こいつの話聞きたいし。」
そう言われて、やっぱりこの人がアマナツの事を気に入ってるんだと確信した。
「いえ、帰ります。俺に聞くより本人と話した方がいいですよ。」
そう言ったら、一瞬黙った後「そうだね。」って言った。
「アマナツ。俺、携帯もアドレスも変わってないから。」
「ん、覚えてる。」
俺達が話してると秦さんが
「山本君はいつでもまた来てね。」
って俺の手を握ってきた。
「……ハタさん、こいつアイドルなんだから気安く握手とかしたらダメ。商売道具なんだから。」
アマナツが苦笑いしながらそう言った。
「お前だって山本君と手を握ってたじゃないか。」
「俺は友達だからいいの。」
秦さんとアマナツを見てたら何か笑えてきた。
「俺さ、明日から暫く休み無いんだ。だから電話…してもいいですか?アマナツと話したい事あるんで。」
秦さんにそう言ってここの電話番号を聞いた。
「天野君、携帯持ってないの?火事で燃えたとか?」
編集さんがそう聞いて、
「お金無くて携帯持った事無いんです。」
アマナツがそう答えて、
「アパートに住んでる時も家電話無かったよな?」
俺もそう話した。
今時珍しい、とオジサン達は驚いてた。
「俺も持ってないけど?」
秦さんがそう言って話しに入ってきた。すかさず編集さんが、
「携帯持ってたら捕まるから持ってないだけじゃないですか。」
そう目を光らせてた。
出版業界も色々あるんだなってしみじみ思ってしまった……。
挨拶をして秦さんの家を後にしたら、織田さんが俺に聞いてきた。
「天野君もかなり顔整ってたね。っていうか、アマナツとヤマナツって…、」
「名前呼ばれるの嫌いなんだって、アマナツ。高校の時から皆アマナツって呼んでた。俺のはアズマ君がつけたからHigh-Gradeになってからだし。」
織田さんがふぅん、って頷いてた。
編集さんは秦さんの事を悪い人じゃないんだけどね〜ってため息ついてた。
編集さんと別れると、織田さんが美味しいもの食べに行こうって、カフェへ連れて行ってくれた。
「ここのガトーショコラが美味しいんだ。」
オジサンと若い男がカフェでガトーショコラ……、いかがなものだろう。
そう思ってたら、
「ココ、個室あるんだ。打ち合わせに使わせてもらったりしてるんだよ。」
そしてガトーショコラ、マジ旨だった。
最後の一口を口に運んだら、織田さんが話しだした。
「今日は元気だね。」
この間、元気がないねって言われた時の事を言ってるのかと思って、
「あの時は確かに元気無かったかも。」
そう笑って答えた。
「吾妻君とはどういう関係なの?」
いきなり思いもしない質問をされて、コーヒーを持つ手が止まった。
「この間、事務所の駐車場でキスしてたでしょ。…横山に報告して移動の指示出したの、俺。」
織田さんはそう言って自分を指差した。
「………あの、やっぱりダメですか?」
「付き合ってるって事?」
そう聞き返されて身体が動かなくなってしまった。
「……あーゆう事をステージの下でもしてるって事はやっぱりそうなんだよね。」
織田さんは腕を組んでため息ついてた。
「ハッキリ言うと駄目。横山は知ってるっぽかったけど、何も言われなかった?」
織田さんの言葉で頭の中が真っ白になって、さっきから言葉が出ない。
「駄目な理由は分かるよね?君らはアイドルだ、事務所でも力を入れて売り出し中の。」
頷いたら、織田さんが「分かるならいいけど。」ってコーヒーを飲んだ。
「織田さんの言ってる事分かりますけど、アズマ君との事止めるつもり…無いんです。」
俺が織田さんから目を逸らさないでそう告げたら、織田さんは表情を変えないで黙ってた。
「……吾妻君も同じ事言ってたなぁ。」
「え?」
織田さんの言葉に耳を疑った。
「まぁ、そうだろうね。男同士だしソレ位の覚悟してるんだよな…。はぁ〜。」
最後に大きい溜め息をついてた。
「賛成はしないからね。見なかった聞かなかった事にするから。」
そう言うと織田さんはまた溜め息をついた。
「全く、最近の若いヤツは…。」
「それ言ったら本当にオジサンですよ。」
俺が指摘すると、織田さんは舌打ちしておでこを掻いてた。
「山本君、……あんまり横山を困らせないでね。吾妻君もだけど。」
そう言った後、人差し指を口の前にあてて立てた。
……織田さんとマネージャーって…、まさか。
そう思ったら、織田さんが席を立った。俺も荷物を持って立ち上がると、織田さんが「経費で落とすから。」って口の端を上げた。
一応ごちそうさまですって頭を下げたら、いつもの優しい顔の織田さんになってた。
店を出ると、雨があがってた。雨上がりの独特の匂いを吸い込むと、急にアズマ君に会いたくなった。
「じゃあ、ここで。」
織田さんにそう言われて店の前で別れた。
買い物をする予定だったのを思い出して、携帯を開いた。
15時半を過ぎた頃だった。
……アズマ君、今頃何してるかな。
一昨日会ったのに、凄くアズマ君に会いたいのは、アマナツと秦さんを見たからかも。アマナツは関心無そうだったけど。
手に持った携帯が震えた。
「わ。」
画面を見たら、アズマ君からの着信だった。
「もしもし?」
『おぅ、今大丈夫?ウチ?』
「ううん、外。これから晩飯の買い物しようと思って。」
歩きながら電話で話した。
『晩飯、何?』
「今日はパスタ。」
『食いに行っていい?』
「アハハ、何言ってんの。仕事だろ?」
俺が笑ったら、電話の向こうでアズマ君も笑ってた。
『今日は20時過ぎに終わる予定。ヒロユキも一緒。』
「ん、頑張ってね。」
『……………。』
「どしたの?」
『……お前に会いたい。』
さっき、俺もアズマ君に会いたいって思ってた……。
『じゃぁまた明日な。』
「あ、……ん。またね。」
携帯を閉じると、カバンにしまった。
アズマ君て……。
ああいう事言うの、恥ずかしくないのかな。
顔、赤くないかな…。
カバンから眼鏡を出してかけた。
俺も、自分の気持ち…言った方がいいよな……。
アズマ君を好きになってから、俺本当に変わったと思う。………ていうか、人を好きになるってこうゆう事なんだな。
……俺、織田さんにあんな事言っちゃったし。
そういえば、アズマ君も同じ事言ってたって織田さんが……。アズマ君も何か言われたのかな。
晩飯を食べて、後片付けを済ませるとお風呂に入った。お湯に浸かるのも2週間ぶり……。
はぁ〜…日本人で良かった……。
立ち込める湯気をぼんやりと眺めていたら、今日切り取ったギブスの事を思い出した。
まさか、本当にプレゼントにするつもりだったとか……無いよな?
一人苦笑いを浮かべた俺。
明日からまた皆と一緒に仕事ができると思ったら、やっぱり嬉しい。
筋肉は少し落ちてるかもしれないから、新曲の振り付けが激しいのから変更になったのは、ちょっと助かったかも……。
まぁ、変更もケガも原因は同じだからワンセットなんだけど。
ふとアズマ君が今日の電話で言った言葉を思い出してしまった。
………俺だって、会いたいって思った。
バスタブの端を掴むと立ち上がった。
お風呂から出て身体を拭いていたら、ますますアズマ君に会いたくなった。
明日は朝9時から2人での仕事で番組収録だから、すぐに会えるんだけど、一度そう思ったらどんどん気持ちが止まらない。
アズマ君があんな事言うからだ……。アズマ君のせいにしてみた。
パジャマ代わりの長袖Tシャツとスウェットのパンツを着ると、自分の部屋へ行って携帯を開いた。
20時過ぎに仕事終わるって言ってたなぁ……、電話してみよっかな。
携帯画面に表示された時刻は20:23だった。
着信履歴の画面を出すと、アズマ君の名前と番号が出てきた。一回目を瞑った後、通話ボタンを押した。
仕事…終わってないかもしれないから5回鳴らして出なかったら切ろう。
1…、2…、3…、4…
『もしもし?』
「あ。」
『あ、じゃねぇよ。お前がかけたんだろ?』
電話の向こうでアズマ君が笑ってた。
『何かあったのか?』
「や〜、何もないけど。仕事終わったの?」
『ん。これからヒロユキと飯でも食いに行こうと思ってた所。明日朝早いから早く寝ろよ?』
「アズマ君もじゃん。」
一緒の仕事なんだから。
『………何かあったんじゃねぇの?』
「え?どうして?」
『お前から電話かけて来んの初めてだし。』
そうだっけ……。
「………。」
『ヤマナツ?』
低い声で名前を呼ばれて、胸の奥が苦しくなった。
「ごめん、何でもない。また明日ね。」
『おい、待て!』
電話の向こうのアズマ君が大きい声を上げた。その声色に俺の心臓が大きく跳ねた。
『切るな。』
「…………。」
ヤバイ、怖い。
怒らせた?
携帯を持つ手が震えた。
『ごめん、怒ってるわけじゃねぇんだ、……ヤマナツ?』
謝るのは俺の方なのに…、アズマ君の優しさに泣きそうになった。
「違う…、ごめんなさい。」
やっと出た声で俺も謝ったらアズマ君は溜め息をついてた。
『言ってくんないとわかんねぇし。』
「………ん。」
言おうと思って電話したのに、……俺どんだけヘタレなんだ……。
『お願い、言って?』
お願いされちゃった……。
「俺も……ね、」
『ん?』
「アズマ君に会いたくなっちゃって………。」
『…………。』
アレ?
「……もしもし?」
『分かった、今から行くから。』
は?
……違う違う!
来てほしいわけじゃなくて、そういう気持ちを伝えようと……って、電話切れてるし!
「えぇ??」
困惑した俺は一人間抜けな声を上げた。
直後、携帯にまた着信が入った。画面を見ると、今度はヒロ君だった。
「……もしもし。」
『何事?』
呆れたような声でそう聞かれた。
「ごめん、何でもないんだけど…。」
『何かお前ん家向かってるみたいだけど?』
どうやら俺が電話した時、車でヒロ君とご飯を食べに出掛けてるトコだったみたいで、成り行きでヒロ君も一緒にこちらに向かっているみたい。
『近くに着いたら電話するって言ってるけど?』
来なくていい、とは言えなくて、「分かった。」と返事して電話を切った。
携帯を閉じると、着ていた服を脱いで着替えた。
親父は今日は遅くなるって言ってたから、鉢合わせは無いと思うけど……。
ていうか、どの辺りから家に向かってんだろ……?
人を待つ時間は、なんて長いんだと改めて思った。
ヒロ君の電話から30分位経った頃、アズマ君からの着信があった。
『今、この間お前降ろしたトコなんだけど。』
「出る、待ってて。」
携帯をポケットに入れて、急いで部屋を出た。
マンションの庭を走ってゲートを出ると、駅に向かう道の向こうにアズマ君の車が見えた。
俺が車を見つけたと同時にアズマ君が車から降りた。
道を渡って歩道を走って行ったら、アズマ君が頭を掻いてた。
「ごめんなさい、あの、」
息を切らしながら俺が話し掛けたら、アズマ君は俺の手を掴んで
「ちょっとこっち来い。」
そう言って車の運転席のドアの前に俺を引き寄せると車体に身体を押しつけられて抱き締められた。
「……アズマ君、ヤバイんじゃ…ない?」
誰かに見られるかも……。
「ん、乗って。」
身体を離されて、そう言われた。
「ヒロユキ途中で降ろしてきた。」
「ご飯…行くトコだったんでしょ?ごめん……。」
車に乗ると、アズマ君はエンジンを止めた。
「謝んなよ。」
そう言ってまた頭を掻いてた。
「……お風呂入ったのか?いい匂いがする。」
俺が頷いたら、アズマ君は手を伸ばして来て頭を撫でてきた。
「ちゃんと乾かしたのか?まだ湿ってるぞ?」
「親父みたい。」
笑いながらそう言ったら、
「そういえば、いいのか?親父さん…、」
「今日はまだ帰って来てないんだ。遅くなるみたいで。ウチくる?」
「………いや、いい。お前の顔見たし帰る。」
あ、もう帰るのか…。
「ごめん、俺、我が儘言ったよね。」
「謝んなって。俺も会いたかったし、お前も会いたいって思ってくれたんなら、会いに来てもいいって事かと思って俺が勝手に来たんだっつの。」
そう言われて、今度はお礼を言った。
「来てくれてありがと。」
俺達は暫く見つめ合った後2人で笑った。
「明日会うのにな。」
「うん。俺も思った。」
それから20分位、外したギブスの話しや、会いに言った友達・アマナツの話しをした。
織田さんと一緒だった事と、織田さんに言われた事は何となく言いづらくて言わなかった。
別れ際、車の中でこの間とは違う触れるだけの優しいキスをした。
唇が離れた時、アズマ君の俺を見る目を見たら、アズマ君と離れたくなくなってアズマ君の服を摘んだ。
「明日…、仕事終わったら俺ん家来る?」
「………何で?」
何でかなんて、分かってるけど聞いてみたら、
「車の中じゃ抱き締めにくいだろ?」
またあの意地悪そうな顔でアズマ君が笑った。
「また、明日ね。」
きちんと返事をしないで、俺はそう言って車を降りた。
アズマ君も「じゃあな。」って笑ってた。
俺、本当にアズマ君を好きになって、変わったなって思った。
まだこれからも変わるんだろうなぁ、きっと。
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