star dust
2-5・スターダストD
「おかえり。」
家に帰ったら親父がキッチンでコーヒー淹れてた。
「…ただいま。」
「遅かったな。てっきり夏希の方が先に帰ってると思ったのに。」
俺のマグカップを出して、俺の分のコーヒーをカップに淹れてくれた。
「……手、洗ってくる。」
部屋に荷物を置いて洗面所へ行った。
………疲れた。
あの後、俺は楽屋に戻って着替えると、マネージャーにだけ挨拶をして帰ってきた。
コンサートが終わるまであそこには居られなくて。
帰りのタクシーの中でコンサートが終わったらしい時間に、ヒロ君からメールが入った。
【皆でアズマ殴っといた】
あー、もうボッコボコにしてやってくれ…。
「夏希、コーヒー冷めるぞ。」
「あ、うん。行く。」
親父に呼ばれて手を拭いてリビングに行った。
「……テレビ、見た?」
恐る恐る聞いてみると、
「何の?見てないけど。俺は9時過ぎに帰って来たから。何かあったのか?」
コーヒーを飲みながらそう言った親父に、とりあえずコンサートに急遽出ることになって音楽番組の中継でテレビに映ったかも、とだけ告げた。
「踊れないのに?」
「アズマ君の伴奏でピアノ弾いた。」
親父はさすがに驚いたのかコーヒーを飲む手を止めた。
「……中継って事は生放送って事?」
「ん。」
「残念…。他はどうでもいいけど、ソレは見たかったなぁ。」
ため息をつきながら親父がコーヒーをテーブルに置いた。
他はどうでもいいって…。息子がテレビに出てたら喜べよ。
「吾妻君、元気だった?」
「うん。元気だったよ。」
俺はそう言ってコーヒーを飲みほした。
そのアズマ君がステージの上で俺にしでかした事はちょっと言えない…。
自分の部屋に戻って鞄から携帯を出して画面を見た。メールも着信も無かった。
待ってるわけじゃないけど、もし電話がかかってきても何を言っていいか分かんない。
電源ボタンを長押しして電源を切った。
……俺、怒ってんのかな。
別にアズマ君に謝って欲しいわけじゃない。でも、よりによってステージの上で皆の見てる前でする事じゃないよな。
中継……、終わってたらいいんだけど。でもテレビカメラ入ってたし、
「あぅ〜。」
ベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めた。
………何で?
何でキスしたんだろ?
何で俺の事好きになったんだろ?
色んな事が分からなくなって、色んな疑問ばっかり浮かんでくる。
仰向けになると、ベッドの下にあったクッションを拾い上げて胸に抱いた。
俺は……アズマ君を好き?
アズマ君と何回キスした?
アズマ君としたキスを1つ1つ思い出してみた。
最初は…テレビ局で呼び出された時だった。
あん時はびっくりしてアズマ君を蹴ったよな。
2回目はこの部屋?
携帯がぶつかって上向いたらキスされた。
続けて3回目と4回目…?
ん?カウント難しいな。
4回目は何度もキスした後抱き合った。
「うわ、恥ずかし…。」
思い出す内に顔が熱くなった。
今日のコンサートでのアレが5回目…。
アズマ君が俺を好きだと言ってくれて付き合う事になってからのアズマ君が俺にしてくれた事を色々思い出した。
週刊紙に載って事務所に叱られて、エレベーターの中で手を繋いだ。
家に来てくれてゲートまで送ってった時に俺に合わせてゆっくり歩いてくれて「早く戻ってこいよ」って言ってくれた。
別れ際前髪結んだ頭に「超ウケた」って笑った顔を思い出したら、何か胸が苦しくなった…。
今日、皆にあの夜の事を問い詰められて、俺が凄く不安になったら肩組んでくれた。
皆の前でピアノ弾いてる時、アズマ君ずっと笑顔だった。おかげでリラックスできた……。
肩に掴まってステージに行く時「バレたら皆で謝ればいい」って……。
「ヤバイ、俺………」
顔が熱いどころか、胸がドキドキしてきた。
アズマ君に優しくされて嬉しい気持ちになった自分に気付いてしまった。
「アズマ君を好き…?」
声に出して言ってみたら、凄く胸が苦しくなった。
途端に目がしみるような感覚がしたと思ったら涙が滲んできた。
「どうしよ……、どうしよう。」
俺、アズマ君が好きだ。
自覚したら凄く怖くなった。
今まで人を好きになって怖いと思った事なんて無い。
涙が溢れてきて眼から零れた。
アズマ君を好きになって自分が変わっていくのが怖い…。好きだと自覚しただけでこんなに苦しくなった。
何より、怖いと感じている自分はもう今までの自分から変化している。
甘く広がる胸の痛みに、俺はその夜、眠れなかった。
翌朝、部屋からキッチンへ行くと親父が朝食を食べていた。
「あれ、今日早いね。」
「あぁ、朝から会議があるから資料まとめないと。」
冷蔵庫から牛乳を出してコップに注ぎながら親父に話しかけた。
「ふぅん…忙しいんだね、現場監督って。」
「………夏希、お前のお父さんは現場監督から大分出世してるんだが。」
パンを食べながら親父がそう言うので、一応聞いてみた。
「現場監督の上って何?」
「夏希に話してもきっと分からんだろうな。」
「……うん、役職言われても分かんねぇ、きっと。」
親父はため息をついて立ち上がり、お皿を片付けてた。
俺も何か食べないと。また倒れちゃうからな。
食パンをトースターに入れて、コップの牛乳を飲み干した。
「今日も家にいるのか?」
ネクタイを結びながら親父が聞いてきた。
「今日は午前中病院行くんだ。診察と検査の結果聞きに行かなきゃ。」
「そうか。何かあったら電話するんだぞ。」
「分かった。」
時計を見たら7時になりそうだった。今日はテレビ見ないでおこう。……まさかワイドショーに出たりはしないだろうけど、ちょっと怖い。
パンに蜂蜜を塗ってたら家の電話が鳴った。
ディスプレイを見たら、見覚えのある番号だった。
「もしもし。」
『朝早くスミマセン。横山です。』
「おはようございます。夏希です。」
『携帯、切ってますか?』
「あ〜昨日電池切れてそのままです、スミマセン。」
嘘だけど。
『今日事務所に来られますか?』
「午前中病院なんです。終わってからでもいいですか?」
『何時頃終わりそうですか?病院に迎えを送ります。』
「9時半からだから10時半には終わるかなぁ。お願いできますか?」
『はい。では手配しますので。』
事務所言ったら、また叱られるかな?
テーブルに戻ったら、蜂蜜がパンからお皿に垂れてた。
「わ、蜂蜜多かった…。まいっか。」
パンを食べた後、歯磨きをして部屋に行くと、携帯の電源を入れた。
メールが7件入ってた。
6件目と7件目はアズマ君からだった。
【電話繋がらないけど】
5分後に【おやすみ】
電話してくれたんだ。
また胸の奥が言いようのない痛みを感じた。
事務所行ったらアズマ君もいるかな。
そう思ったらアズマ君に会いたい気持ちがまたやってきた。
昨日はあのまま部屋に籠もってしまったので、シャワーを浴びようとズボンを脱いだら、ギブスに書かれた皆の文字が目に入った。
アツシの描いた豆大福(あ、ミカンだっけ)見たら笑えてきた。
アツシありがと、ちょっとアガった(笑)。
病院へ行って診察を受けた後、検査の結果を聞いたら異常無しだった。
貧血を起こした時は、寝不足で朝食を食べなかった日だったから、きっとそれが原因だと思う。
何も無かったから親父には連絡しないでもいいよな。
病院の玄関を出ると、10時35分だった。
マネージャーに電話しようとしたら横から腕を掴まれて、びっくりして見たらアズマ君がいた。
「車あっち。」
指で駐車場の方を差して連れて行かれた。
「え、アズマ君が迎えに来たの?」
「あぁ。」
黒い車…名前は知らないけど有名な外国メーカーの車。アズマ君の車だ。
助手席のドアを開けられて促されるまま車に乗った。
隣の運転席にアズマ君が乗り込むと、サングラスを外してエンジンをかけた。
「……昨日電話したんだけど、電源切ってただろ。」
車が動き出してすぐにアズマ君が話してきた。
「……ん。切ってた。」
マネージャーには電池切れだと言ったけど、切ってただろって言われて肯定してしまった。
「怒ってんの?」
アズマ君が聞いてきた。
「ううん、怒ってない。」
そう答えたけど、アズマ君の顔を見られなかった。
「何か言いたい事とかねぇの?」
「………別に無いよ。」
昨日の事を言ってるのかと思ったけど、謝って欲しいわけじゃないし、文句を言いたい訳じゃないからそう応えた。
「……俺、お前が何考えてるか分かんね。」
………何が?それはこっちの台詞だと思う。
「俺だってアズマ君が何考えてるか分かんないよ。」
「………もう、いい。」
そう言うと、アズマ君は何も話さなくなった。
こんな近くに一緒にいるのに、朝はアズマ君に会いたいとも思ってたのに、俺とアズマ君の間には壁か溝ができたみたいだ……。
昨日はあんなに楽しかったのに。さっきの言葉が突き放されたみたいで空気が重い。事務所に着く迄の30分がとても長く感じた。
事務所のビルの地下駐車場に車が到着すると、俺はシートベルトを外した。
エンジンを止めたアズマ君がため息ついた。
「俺、お前が嫌がらねぇから期待してたけど……、全然違うんだな。」
アズマ君の言った言葉に身体が動けなくなってしまった。
「お前は元々、嫌いじゃないから俺と付き合う事にしたんだもんな。」
そうだったっけ…?付き合う事になった時の事が思い出せない。
「分かってたけど、やっぱしんどい。」
アズマ君はハンドルに腕を置いて顔を沈めた。
「………だから無しにしよっか。」
アズマ君の言葉が耳に入って来て、胸に響いてくる。
「なぁ、返事くらいしろよ。本当に何も言うこと無いのかよ。」
黙ったままの俺にアズマ君が苛ついたように言った。
「無しって、どういう事?」
やっと出てきた声でアズマ君に聞いた。
「……一応付き合ってたんなら別れるって事だろ。」
「…………、何で、」
言葉が詰まって出て来ない。心臓の辺りが苦しい。
「何でって、お前…。」
アズマ君はまたため息をついた。
「……なぁ、俺…お前に好きだっつったよな?」
俺は頷いた。
「何回かキスしたよな?」
また頷いた。
「……何で俺の考えてる事が分かんねぇの?」
………難しいよ、それだけじゃ…。
「じゃぁ何で昨日携帯の電源切ったんだ?……俺と話したくなかったんだろ?普通怒ってると思うよな?なのにお前は怒ってないし、俺に言いたい事も無いってどうなんだよ!」
まくし立てるように、アズマ君が語気も荒くそう言った。
「だって、アズマ君はステージでキスした事悪いと思ってないんだろ?」
笑ってたじゃん。その後も何も無かったみたいに…。
「……だから?」
アズマ君が俺の続きの言葉を待ってる。
「悪いと思ってないのを怒ってもしょうがないじゃん。」
「じゃあ、悪いと思ってる。」
……全然思ってねぇじゃん。
「……どうでもいいんだろ、俺の事なんて。無関心だから俺に言う事が無いんだよ。」
さっきから難しいよ、アズマ君の言ってる事…。
「だからもう、無しにしよって事。……降りろよ。」
そんな事言われても身体がすぐには動けない。アズマ君に言われた言葉に心がダメージ受けてる。
アズマ君が車を降りて助手席側に回ってきてドアを開けた。
「ん。」
手を差し出されて、俺の手を引いてくれるのだと分かって、ゆっくり手を伸ばした。
手首を握ってくれて、引っ張られて車から降りた。
手を離されて、アズマ君が後部座席から自分の荷物を取って車をロックした。
「………そんな顔すんなよ、またお前いじめたって言われるだろ。」
いじめられた気分だけど。……どんな顔してんだろ、俺。
駐車場の中を歩きだしたら、アズマ君が振り返って「掴まるか?」って聞いてきた。
大丈夫だけど、さっきあんな話をしたのに変わらず優しくしてくれたアズマ君の言葉に縋った。
「うん、掴まして。」
言った途端、急に切なくなって手が震えた。
……本当にアズマ君と付き合うのやめるのかと思ったら、俺はどうしたいのか分からなくて、それがアズマ君を苛立たせてるのかと思った。
付き合うの、……やめたくない。
今伝えないと本当に無しになる。
「アズマ君…。」
腕に掴まった手を引き、呼び掛けた。
俺を見たアズマ君の顔を見たら、言葉の代わりに目から涙が出た。
「な、」
アズマ君がびっくりして立ち止まった。
「何泣いてんだよ。」
「………俺、……っ」
言わないと、伝えないといけないのに出てくるのは変な涙ばっかり。
「……上手く話せな…っ、ぅ……ぅ。」
「あぁ、もう。」
恥ずかしいけどしゃくりあげながら話そうとしたら、アズマ君が頭を掻きながら、俺の頭をアズマ君の肩に押し付けた。
「お前のそーゆぅ所が期待させんだよ、バカ。」
アズマ君の肩に顔を押し付けている俺の頭を軽く叩かれた。
「……っ、無しにしたくない……。」
やっと言えた言葉にまた涙が出た。
「…あのなぁ……、」
困ったような声をだしたアズマ君の肩に左手でしがみついた。
「ヤマナツ、」
低い声で名前を呼ばれた。
「お前の『嫌いじゃない』と、俺の『好き』は同じじゃない。言ってる意味分かるか?」
「……うん。」
「その温度差がしんどい。」
肩を持たれて身体を離された。
アズマ君はもう『無し』にしたいんだ。
そう理解したら、凄く息苦しくなった。
「目ぇ擦るなよ、赤くなるから。」
アズマ君はそう言って俺から顔を背けた。
カバンからタオルを出して顔を拭いた後、眼鏡を出して掛けた。
「………赤くない?」
「ん、隠れた。」
チラっと俺を見てそう言ったアズマ君にもう掴まってはいられなくて、ちょっと離れて歩いた。
昨日アズマ君を好きだと自覚して、一晩中アズマ君の事を考えて眠れなかった。本当に『無し』にしたくなかった……。
でもアズマ君が本当に困ってるって分かったから、それ以上言えなかった。
アズマ君の言う『好き』と俺が昨日から感じてる『好き』は同じなんだろうか。
エレベーターに乗ってアズマ君が階数ボタンを押した。
この間、このエレベーターの中で手を繋いだ。それがすごく前の事のように思えた。
「じゃあ、また後でな。」
エレベーターを降りたら、アズマ君が俺と反対方向へ歩いていった。
「企画室じゃないの?」
「お前はな。俺らは打ち合わせ。じゃぁな。」
何で?今日は俺だけ叱られるのかな……。
賑やかな声がするフロアを企画室に向かってゆっくり歩きだした。
企画室に入ったら、俺をスカウトした織田さんが手を振ってた。
頭を下げて挨拶したら、手招きされて、応接スペースへと行った。
「久しぶりだね。元気?足どう?」
「あんまり痛くないからギブスが邪魔なんです。」
笑いながらそう答えたら、織田さんはクリアファイルから紙を出した。
「今、High-Gradeお休み中でしょ、ちょっとだけコレ考えてみてよ。」
その紙は何度も見せられた物だった。
「昨日、コンサートでピアノ弾いたんでしょ?中継見たよ〜。」
「……ハハ。」
俺は渇いた笑い声で返事した。
「山本君のピアノ、本当に素晴らしいと思った。High-Gradeじゃなくて、山本夏希の曲を出してみようよ。」
ダンスイベントでスカウトされた時はまだまだダンスを仕事にする程のめり込んでいなかったから断った。
その後、どこで聞いたのかピアノコンクールでの話を出されてCDを出さないかと言われた。ピアノを仕事にする気も無かったから断った。
その時に見せられた企画書だった。
「……High-Gradeで頑張りたいんです。ピアノじゃなくてパフォーマンスでやっていきたいんです。」
書類を織田さんに返した。織田さんは腕を組んでため息をついた。
「勿体ないな。ピアノも山本君の才能だよ。俺、しつこいからまた話持ち掛けるからね。」
ファイルに書類をしまいながらそう笑ってた。
「横山に連絡するからちょっと待ってて。」
そう言って織田さんが携帯を出した。俺が頷いて返事をすると、企画室の女の人がコーヒーを持ってきてくれた。
「山本君、ケーキあるけど食べる?」
そう聞かれたけど、「お腹いっぱいだから」って断った。そしたら小さい袋に入った飴を3個くれた。
「甘いモノ食べると元気出るよ。」
女の人がそう言った。俺がその人にお礼を言ったら織田さんが、
「うん、何か元気ないよ。今日の山本君。」
「そうですか?何か変ですか?」
織田さんやさっきの女の人にテンション低いのが知られてしまってちょっと焦った。
「変じゃないけど元気ないのは分かるね。あ、お迎え来たよ。」
企画室の入り口にマネージャーが立ってた。織田さんに頭を下げて企画室を後にした。
「急に呼び出してスミマセン。お疲れでしたか?」
「いえ。」
疲れてるように見えたのか、さっきも元気ないって言われたし……。
「その眼鏡可愛いですね。オレンジフレーム似合ってますよ。」
マネージャーはそう言うと、周りを見回してから立ち止まって俺に向き合った。
「スミマセン、隠し事下手なので言います。さっき駐車場に迎えに行った時に見ちゃいました。話は途中からだったので理解できませんでしたが、吾妻君と何かトラブルですか?」
「違います。……何も無いです。」
テキパキと事務的な言い方でマネージャーに言われて戸惑ったけど、質問には否定した。
本当に無い、……『無し』になったんだから。
「山本君と吾妻君の仕事が入りそうですけど、断りましょうか?」
俺とアズマ君って…、今までそんなの無かったのに。
「吾妻君は、山本君が良いなら引き受けるそうなんです。事務所的には断ってくれても問題ないですが。」
俺が決めるのかよ。
「2人でって、何の仕事ですか?」
俺が聞いたら、マネージャーは歩きだした。その後をついて行った。
マネージャーがため息をついたような感じがした。
「……色々あるんです。バラエティーも歌番組も。」
益々分からなくなった。俺面白い事なんか言えないけど。
「昨日の中継で話題になっちゃったんです…。不仲から仲良し2人組になったんですよ、吾妻君と山本君は。」
………そうだ、アレ、どうだったんだろう。
俺がそう思ったらマネージャーは続けて言った。
「全国ネットでキスシーンを放送したので。」
あぁ…………、やっぱ放送されたんだ。
……でも、不仲説は無くなったわけなんだ。
アズマ君は、こうなるって分かってステージでキスしたのか?
「2人での仕事を引き受けるのであれば、完璧にこなして頂きたいんです。無理なら断ります。お2人はHigh-Gradeなんですから7人の仕事もありますし。」
無理なら…?う〜ん、無理かなぁ、俺……。断るならって、俺の一存なのか?
「断ってもいいって言うけど、……引き受けたとしたら?」
「オイシイ仕事です。」
………そっか。
「引き受けます……。」
「では、さすがに全部は無理なので、アズマ君含めて皆で絞りましょう。」
マネージャーはそう言って、いつも打ち合わせに使う部屋へ向かった。
「全部は無理って……そんなにあるんですか?」
俺が聞くと、マネージャーは不敵な笑みを浮かべてた。
「そういえば、今朝山本君に花が届きました。」
「え?事務所にですか?」
打ち合わせの部屋に着くとドアを開けながらマネージャーが言った。
「あちらにあります。カードが付いてるので、見ていただいたら分かると思います。」
部屋に入ったら、アズマ君とHigh-Gradeの広報担当の人が話してた。
アズマ君がこっちを見て「おぅ、」って言った。
変わらず接してくれるのが却って切ない。
机の上にある花束を見たら、カードに山本夏希様って書いてあった。
「………?」
屈んでカードをよく見てみたら『ごめんなさい』って書いてあった。
……あの夜のアズマ君のファンの人達から?
「分かりますか?」
後ろからマネージャーが声をかけてきた。
「多分…。」
「持って帰って下さい。」
マネージャーは笑顔だった。気持ちが軽くなるってこうゆうのを言うんだろうなって思った。
「先程の話ですが、吾妻君と山本君の2人での仕事オファー、まだまだ増えると思いますので、制限を決めて貰えると仕事を受けやすいんですが。」
広報の人がそう言った。
………増える?
俺が1人で自問していたらアズマ君が、
「2人でメディアに出たら、それを見てまたオファーが来るって事。上手く仕事出来ればな。」
そう教えてくれた。
「バラエティーはヤマナツ苦手だろ?クイズ番組とかアトラクション番組だけにするとか。」
続けて、制限についてもそう言ってくれた。
「音楽番組はどうしますか?受けていいですか?」
マネージャーが聞いた。
「ピアノ…、弾きたくないです。」
「え!?」
俺がそう言ったら、アズマ君とマネージャーと広報の人3人が俺を見て大声を上げた。
「音楽番組はピアノ絡みのモノばかりですが…。」
「……じゃぁ、これから受けるのはNGにできますか?」
俺が聞いたら皆は不思議そうな顔してた。
「今、音楽番組のオファーは8件来ていますが、受けていいですか?ピアノ込みですが。」
「……アズマ君がいいなら。」
俺がアズマ君を見たらアズマ君は頷いていた。
話し合いが進んで、1ヶ月先までのアズマ君との仕事が埋まった。
High-Gradeの仕事もあるから、足のギブスが取れる予定の5日後から休み無しだけど、ギブスはめたままでも出来る仕事も3件…明日から受ける事になった。
アズマ君はこの後、ドラマの仕事があるみたいで出掛けるみたいだった。だから自分の車で来たのかな…。
そう思ってたら、アズマ君が俺に向かって声をかけてきた。
「ヤマナツ、帰るなら送ってやろうか?」
………は?何で?
俺が唖然としてたら、マネージャーが「じゃぁ、お願いします」って頼んでしまった。
アズマ君がどういうつもりか本当に分からない…。
広報の人とアズマ君が先に部屋を出た後、マネージャーに聞いてみた。
「あの、駐車場で……どこから話聞いてました?」
揉めてたの知ってる感じだったのにアズマ君に俺を頼むなんて…。
「お前の『嫌いじゃない』と俺の『好き』は同じじゃない……、からです。」
はっきり聞いてるじゃないですか……。
「……気持ちを言葉にして伝えるのは難しいですよね。でも、言葉が必要な時ってありますよ?」
…分かるけど、本当に難しいんだ。
自分の気持ちもまとまってないのに。
「吾妻君と付き合ってたんですか?」
……直球だ……。
「……スミマセン。」
「う〜ん、グループ内の色恋沙汰は禁止してないですけど、マネージャーとしては注意しとくべきですかねぇ?」
笑いながらそう言ったマネージャーにつられてちょっと笑っちゃった。
「吾妻君が送ってくれるって言うんですからタクシーだと思って、送って貰いましょうよ。」
自分の担当してるタレントをタクシー呼ばわりするマネージャーに、また笑ってしまった。
部屋を出てエレベーターの前まで歩いていくとアズマ君が待ってた。
「では山本君、また明日。吾妻君は14時迄に現場に到着して下さいね。」
2人で返事をしてエレベーターに乗った。
「叱られなかっただろ?」
エレベーターの中でアズマ君が聞いてきた。
「うん、叱られると思ってた。」
2人きりの空間を意識しないように普通に話した。
「その眼鏡って、度が入ってんの?」
「ん。ちょっとだけね。本読む時はかけるんだ。」
そう話したら駐車場についた。ここへ到着した時の事を思い出したら足が重く感じた。
やっぱ送ってくれなくてもいいよ、って何回も言おうと思うけど言葉が出て来なくて、車の前まで来てしまった。
「……なんもしねぇよ。送ってくだけ、警戒すんなよ。」
警戒じゃなくて意識してるんだけど。
……マネージャーが言ってたのってこうゆう事か?言わないと誤解されたまま…だよな?
意識してる、って言うのもおかしいか。……やっぱ難しい……。
「そうゆう事じゃないんだけど、やっぱいい。1人で帰る。」
このまま車に乗るのが厚かましく思えて、送って貰うのを断った。
「………いいけど、目立つんじゃないの?そんな花持って歩いたら。」
貰った花束を指差してアズマ君が言った。
「……昨日、」
俺が話しだしたらアズマ君は車にもたれて聞いてくれてた。
「皆でアズマ君殴っといたって、ヒロ君からメールが入ってた。」
アズマ君は少し笑いながら頭を掻いて
「あぁ、殴られた。ステージの上で。アキラとアツシまで殴りやがった。」
そう言って俺を見てた。
「俺も殴っていい?」
俺がそう言ったらちょっと驚いた顔した後、
「…んだよ、やっぱ怒ってたんじゃねぇか。いいぞ、殴れよ。あ、でもこの後ドラマの撮影だからグーはやめといて。」
また頭を掻いてた。
どうやら頭を掻くの、アズマ君の癖みたいだ。
俺はアズマ君の車のボンネットに花束を置いた。
アズマ君は片目を瞑って、俺に殴られるのを待ってる。
一歩踏み出して、アズマ君の胸ぐらを掴んだ。
そのままアズマ君を引き寄せて、アズマ君の唇に自分の唇を重ねた。
アズマ君がびっくりして身体をビクッとしてた。
俺は目を瞑って胸ぐらを掴んだ手に力を込めた。
唇が一瞬離れたと思ったら、アズマ君に頭を両手で押さえられて、今度はアズマ君からキスされた。
「…ん、んぅ……っ、」
口の中に暖かくて柔らかい感触を感じた。舌を入れられた。
アズマ君の舌が俺の舌を捕えると、強く吸われた。頭の中が痺れたような感覚に、俺の手はアズマ君の肩にしがみついてた。
ちゅ、って音を立てて唇が離れたら、アズマ君は俺の頭を掴んだまま俺の顔をじっと見てた。
「……言葉にするの、難しくて……。」
ゆっくりとそれだけを伝えた。…本当は好きって事を伝えられたらいいんだろうけど、好きっていう言葉を口にするのが難しい。
アズマ君はおでこをくっ付けてきて、目を閉じてゆっくり低い声で「………ん、分かった。」って言ってくれた。
アズマ君の顔が傾いて、またキスされると思った時、アズマ君の携帯が鳴った。
「………んだよ、」
舌打ちしながら、ジャケットの内ポケットから携帯を出して開くと電話に出た。
「何ですか?」
アズマ君が話しだすと、相手の声が洩れ聞こえた。
マネージャーかな?
「……どこで……、あぁ、はいはい。」
面倒くさそうにそう応えて携帯を閉じた。
周りを窺ってから、車のドアを開けて「乗れよ」って言った。
花束を後部座席に置いてくれた。
「マネージャーが……、そこはもうすぐ社長が到着する予定だから早く場所を変えろっつってきた。」
アズマ君がばつの悪い顔でそう言った。
……また見られたのかな。
「で、どうする?本当に1人で帰るのか?途中迄でも送ってやるぞ。」
そうだ。さっき断ったのに、「乗れよ」って言われて車に乗ってしまった。
エンジンをかけてアズマ君がこっちを見た。
「アズマ君がいいなら。」
そう告げたら、サイドブレーキを外して車が動き出した。
「本当は、今日お前が泣いた時…スゲェ期待したんだけど、期待して昨日の夜みたいに電話繋がらないとか、マジ凹むし。」
車を運転しながら、アズマ君がそう話しだした。
……あれでも俺なりに気持ちを伝えたつもりだったんだけど。
「……昨日は俺、ちょっと余裕なくて。ごめん。」
一応謝った。
「俺、お前と居たら忍耐力強くなりそうだわ。」
アズマ君は笑いながらそう言った。
「俺はアズマ君と一緒にいたら早死にしそう。」
胸が苦しくて。
アズマ君はまた笑ってた。
スターダスト・終わり。
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