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star dust
1-1・シューティングスター@


「どうした?何かあった?」

そんな言葉で、自分が惚けていた事に気が付いた。

「もうすぐカメラ回るぜ。」

「うん、ごめん。ちょっとボーっとしてた。」

テレビの音楽番組の収録途中だった。

俺はこれからこの番組で歌を歌う。

いや、俺達は。

俺は山本夏希(やまもとなつき)18歳。

アイドルグループ・High-Gradeのメンバー。

声をかけてくれたのは一緒のグループのメンバー・斎藤博之(さいとうひろゆき)20歳。

何かあった?…、うん。あったよ…。

さっきアズマ君にキスされた…。

アズマ君。
吾妻和臣(あずまかずおみ)21歳。同じくHigh-Gradeの中心的メンバー。

High-Gradeは合計7人からなるアイドルグループ。

既に芸能活動していた内海宏治(うつみこうじ)22歳、大澤哲生(おおさわてつお)22歳の2人と、同じくタレントや俳優として活躍していた吾妻和臣、そして先程俺に声をかけてくれた斎藤ヒロくん、俺山本夏希、学年が俺の1コ下の緑川亮(みどりかわあきら)18歳と斎藤厚(さいとうあつし)18歳の4人が加わって昨年グループとしてデビューした。

ちなみに斎藤ヒロくんと斎藤あつしは兄弟です。

いきなり登場人物多くてスミマセン。

それより、アズマ君です。

キスされちゃいました。

しかも、あ…愛の告白付きでした。

どうしましょう…??


斜め右前にいるアズマ君はさっきから全く目を合わせない。

考えてる暇もなく、歌を終えてディレクターのオッケーが出た。

ちゃんと歌えてたかな?
しっかり仕事しなきゃ。

手のひらで頬を軽く叩いた。

「ヤマナツ、疲れてんのか?」

年長のウツミ君が声を掛けてきた。

「あ、いえ。大丈夫です。何かダメでしたか?」

「……いや、ダメじゃないけど。何かおかしいなって。」

派手な衣裳のジャケットのヒラヒラとした裾をなびかせて控え室へと歩いていく俺とウツミ君の前を、アズマ君とオオサワ君が歩いていた。

いきなりウツミ君が声を張り上げた。

「おい、アズマ!ヤマナツいじめてないか?」

なっ…!?

何でアズマ君に聞くかなっ!

衣裳の前のボタンを全部外していたアズマ君は、こちらを振り返り、いつもの笑顔で普通に軽口で応えた。

「今日はまだいじめてねぇよ!人聞き悪いなぁ!」

「ウチの可愛いヤマナツをいじめる奴はアズマ位だからな。」

ヤマナツ。ヤマ本ナツ希でヤマナツ。俺のニックネーム。

ウツミ君は俺の肩を引き寄せると立ち止まったアズマ君とオオサワ君の間へと割り込む。

「おい、ヤマナツ。お前カメラがお前に向いてるの気づいてなかっただろ?」

アズマ君が俺の頭を手でグシャグシャと掻き回す。

「え〜、……はい。」

ていうか、なんでカメラが俺の方向いてるのわかるんだよ。

確かに今日の収録は上の空だったよ、アズマ君のせいで…。

「……おい、もっ一回顔貸せ。」

そう短く言うと俺の手を掴んで走りだし、控え室を通り過ぎた。

後ろを振り返ると、ウツミ君とオオサワ君は気にも止めないで控え室に入って行ってた。

そう、先程も「ちょっと顔貸せ。」と言われ会議室へ引っ張り込まれた。

いきなりキスをされ、当然抵抗した俺の両腕を掴んで、真っ直ぐに俺を見て「お前が好きだ、本気だ」って。

廊下を右に曲がると、掴んでいた腕を離された。

「やっぱ忘れて?」

アズマ君が一言だけ言った言葉の意味が先程思い出していた告白の事だとすぐに分かった。

俺が返事をできないでいると、アズマ君がもう一度言った。

「……分かった?」

意味は分かった。

俺はアズマ君の顔を見ないで頷いた。

そのまま顔を上げる事ができない。

そんな俺の横をアズマ君は元来た廊下を戻っていった。

アズマ君が忘れてって言ったのは、絶対さっきの事だ。



***

カメラリハーサルを終えて、控え室で衣装に着替えて鞄から携帯電話を取り出した。

メールが2件入ってた。

高校の時の友達からのメールだった。

メールを開いて読んでいたら、添付されている画像に友達が4人写ってた。

思わず口元を緩めて笑顔になってしまった。

次のメールを読むと更に添付されていた画像では、CDショップのHigh-Gradeのポスターの前で、俺のポーズを真似した友達の姿が写ってた。

フッ、って声出して笑っちゃった。

「何笑ってんの?」

後ろから肩を掴まれて俺の携帯を見るアズマ君。

「友達からメール来てて、バカな事してるな〜って笑っちゃった。」

携帯の画像をアズマ君に見せた。

「ふ〜ん、卒業してもまだ仲良いんだな。」

……何か言われる?

最近、アズマ君の俺に対する発言がキツい時がある。

気のせいかと思ってたけど、ヒロ君やアキラが後でフォローを入れてくる辺り、やっぱり気のせいじゃないみたい。

持ってる携帯を俺の手ごと自分の方へ引き寄せると、画面の端っこに写る友達を差して、

「こいつ、お前よりカッコいいじゃん。こいつがHigh-Grade入れば良かったのに。」

こんな事を言われるのは初めてじゃない。

もっと心が折れそうな事を言われた事もある。

何も言えないで俺が黙ってしまうと、アズマ君は俺から離れて行く。

いつもは。

でも今日は違った。

「なぁ、何か俺に言いたい事あるんじゃねぇの?」

不機嫌そうな顔で俺にそう言った。

「別に。」

もめたくないし。

気に入らないならほっといてくれればいいのに。

視界の端っこからヒロ君がこっちへ歩いて来るのが見えた。

「ちょっと顔貸せ。」

俺の腕を掴むと力強くドアへと歩き出した。

ドアの近くにいたアキラとアツシは俺を心配そうに見ている。

「アズマ!」

ヒロ君が後ろから声を掛けてたけど、アズマ君は気にせず思い切りよくドアを開けると、俺を捕まえたまま廊下へ出た。

ヤバイ?
殴られたりする?
でも何で?

たくさんの疑問と動揺が俺の頭の中をいっぱいにした。

ドアの開いている会議室へ入ると中へ入ってドアを投げるように閉めた。

腕を掴まれたままだから凄く近くにアズマ君がいる。

「ヤマナツ、顔上げろ。」

ちょっと、イヤ…かなり怖いってば…。

俺は完全に萎縮してしまっていた。情けないけど。
今の俺、叱られる前の犬みたいなんだろうな、きっと…。

「無理矢理上げさせてほしいのか?」

ゆっくりと顔を上げるけど、アズマ君の目を見る事は出来ない。

掴まれていた腕を引き寄せられたかと思うと、今度は胸ぐらを掴まれて上を向かされた。

アズマ君の目が真っ直ぐ俺を見てた。

「何ビビってんの?殴ったりするとでも思った?」

アズマ君の顔が近づいたかと思った瞬間、唇に暖かい感触を感じた。

キスをされたのだと理解するのに時間はかからなかった。

咄嗟に膝がアズマ君の腿の辺りを蹴り上げた。

「何すんだよ!気色悪い」

俺は唇を手の甲で擦りながらそう言った。

つい蹴りあげてしまったが、仮にも先輩を蹴ってしまうなんてヤバいかもと血の気がひいた。

後退りしかけた俺の両腕を掴むと、真っ直ぐに俺を見て凄く真剣な顔をしたアズマ君の表情に足が竦んだ。

「お前が好きだ。本気だ。」

え?
何て言ったの?

聞こえなかったわけじゃない。

アズマ君の良く通る声を至近距離で聞いたんだから。

本気で好きってどういう事?

***

そんな事言っといて、1時間後には

「やっぱ忘れて?」

って…。無理だよ。

からかわれただけなのかな。もしそうならそれは大成功だ。あれからずっとその事ばかり考えちゃってるわけだから…。






昨日の夜は眠れなかった。

朝、鏡を見てなんてひどい顔なんだと自分で嘆いてしまった。

今日も仕事あるのに…。

幸いな事に今日はグループ内でも下4人だけの仕事。

何で幸いなのかは、やっぱりアズマ君に会わなくて済むから。

昨日歌番組の収録の後はダンスレッスンだったけど、途中からアズマ君とウツミ君、オオサワ君は単独の仕事へと出掛けていった。

一緒にいた時間は短かったけど、俺はアズマ君を意識してしまって、身体は動いてたかもしれないけど全くレッスンにならなかった。

「はぁ。何か食欲無いや。」

冷蔵庫を開けたけど食べられそうな物に手を掛けるけど思い直して手を引っ込めた。

ヤバいなぁ。

アズマ君の事ばっかり考えてる。

「夏希。何してんだ。」

親父がネクタイを絞めながら歩いてきた。

「ううん、もう出るの?一緒に行こ。」

ソファーに置いていた鞄と上着を取りに行くと、親父もスーツの上着に袖を通した。

「どうだ?仕事は。楽しいか?」

「うん、大変だけどね。楽しいよ。」

玄関の鍵を掛けるとエレベーターに乗り込む。

家は父子家庭。都内のマンションに男二人暮し。

親父は建設会社の現場監督の仕事をしてる。

「どこまで出るんだ?今日は早いから車で送ってやろうか。」

「マジ?やった。青山スタジオで歌録りなんだ。」

男子校で友達とダンスをしてる時、ダンスイベントで今の事務所の人にスカウトされて芸能界入りを決めた。

高3の春に事務所に入って、夏にはHigh-Gradeでデビューした。

High-Gradeのデビューは決まっていて、元々6人でスタートする話に俺が後から付け足された感じだった。

思えば最初からアズマ君には嫌みを言われてたなぁ。

ヒロ君やアキラ、アツシはずっと下積みをしてきてやっとデビューできるのに、ちょっとダンスが踊れるからって事務所に入ってすぐにデビューしたわけだから、アズマ君だけじゃなく皆も気分良くないよね。

親父の車の助手席に乗り込むと、親父の携帯が鳴った。

ちょっと待ってて、と目で合図してくる親父に頷いた。

俺も鞄から携帯を出すと、メールが入ってるのに気付いた。

朝見た時は入って無かった。こんな早くに誰からだろ?

ヒロ君だ。1時間後には会うのに。

メールの内容は仕事の前に話をしようと書いてあった。

きっとアズマ君の事だ。

昨日何度も「何かあったか」「大丈夫か」と心配してくれてた。優しいなぁ。

俺は『車だから早く着くからオッケーです』と返信した。

車が動きだすと、FMラジオが聞こえてきた。

聞き覚えのある声に心臓が跳ねた。

「ん?吾妻君の声じゃないか?」

「……うん。」

FMの番組にゲスト出演してるらしく女性の声と交互にアズマ君の声が聞こえる。

「朝から仕事してるんだな。夏希は今から出勤なのになぁ。」

「アズマ君は元々タレントとして活動してたんだから売れっ子なんだよ。今日も別行動だし。」

「夏希も一応High-Gradeなんだから売れっ子じゃないのか?」

「……一応ね。」

俺以外は既に仕事してたり、下積みがあるからデビューする前にある程度の認知度やファンがついていた。

きっと俺、High-Gradeの中で一番人気無いと思う。

「あ〜、夏希。ここまででいい?あっち混みそうだ。」

「うん。近いから平気。ありがとね。」

車を降りて手を振ると、持ってたパーカーの袖に腕を通しフードを被った。

2分程歩道を歩いてると駅から合流する交差点でこちらに歩いてくるヒロ君とアツシを見つけた。

アツシが俺に気付いて手を上げた。

ヒロ君はミュージックプレイヤーのスイッチを切ってイヤホンを外して、俺に目で合図した。

スタジオに着いてスタッフに挨拶すると、ヒロ君が皆に向かって声をあげた。

「ちょっと時間までヤマナツと打ち合わせするから!」

方々から返事が聞こえると、ヒロ君と俺は部屋を出て自販機の前の椅子に座った。

「寝てない?そーゆう顔してる。」

紙コップのコーヒーを俺に差し出してヒロ君が俺を覗き込んだ。

「……ごめんなさい。」

「俺に謝らなくてもいいよ。今日は雑誌の取材じゃないし。」

貰ったコーヒーで手を暖めていると、ヒロ君が続けて言った。

「アズマと何かあった?」

「………。」

「昨日アズマと何か話したんだろ?それからお前おかしいもん。」

ヒロ君とアズマ君は同じ頃に事務所に入り、アズマ君がタレント活動を始めてからも一緒にレッスンをしてきて、いずれは2人でユニットを組んでデビューするんだろうって言われてたみたい。

アズマ君は動のイメージで、ヒロ君は静のイメージ。2人はバランスがいいんだろうな。

「アズマ、最近お前にキツいからなぁ…。酷い事言われたのかと思ったんだけど?」

ヒロ君に話しても大丈夫なのかな…。

でも、もう1人で考えても何も解決策が出てこない。

ヒロ君は話そうか迷っている俺の雰囲気を悟ったのか、黙って俺の言葉をしばらく待ってくれていた。

「アズマ君に、……キスされた……。」

下を向いて、やっとそれだけ言った。続けて、

「その後で……好き、みたいな事言われた、……けど、……すぐに、……忘れてくれって……言われて…」

「忘れられるわけねぇよなぁ。」

ヒロ君はため息混じりにそう言った。

俺は少し顔を上げてヒロ君を下から見た。

ヒロ君はずっと俺を見てた。目が合ったら何故か俺が恥ずかしい気分になって顔が熱くなった。

「……何でヤマナツが赤くなるんだよ。」

「だって…。」

「…アズマは、ズルい奴だな。」

ヒロ君はそう言うと椅子から立ち上がった。

「勝手にお前に告白しといて意識を自分に向けさせといて、突き放すように撤回してお前を動揺させてる。……お前は昨日からアズマを意識しまくりだしな。」

「…本当だね。」

アズマ君をズルいって言ったヒロ君の言葉にちょっと笑っちゃった。

「で、どうするの?」

「何が?」

「忘れるの?」

今ヒロ君だって忘れられる訳ないっていったじゃん。

「アズマ、お前にキツい事言ってたけど、お前に好きだって言ったの嘘じゃないと思う。」

俺の手から覚めたコーヒーを取り上げると、ゴミ箱の飲み残しの方へコーヒーを流した。

「……昨日はヤマナツも変だったけど、アズマはもっと落ち着きがなかった。」

ヒロ君の言葉が俺の胸を揺るがした。ヒロ君から聞いたアズマ君の様子に驚いた。

続けて言ったヒロ君の言葉。

「その気が無いなら早くフッてやって。」

頭に心臓が昇ってきたみたいになった。

振って…って、

「アズマがあんな調子じゃ、High-Gradeの看板に傷が付く。」

High-Gradeは吾妻和臣を売り出す為のグループ。

そのアズマ君が調子を崩したらいつでも崩れて行く。

わかってる。

「……はい。」

ヒロ君に言われた言葉で今まで頭と心を渦巻いていた動揺の感情が、違うものに変化した。

「時間だ、行くぞ。」

ヒロ君がそう言ってスタジオブースへ向かった。

手が震える。膝の上を何度も擦って震えを止めようと試みる。

指先が冷たい…。身体中から血の気が引いた感覚だ。

何とか立ち上がったけど、足の感覚がおかしい。

あれ……?

「ヤマナツ?」

ヒロ君にそう呼ばれてそっちを見ようとすると視界が変な形に回った。


一瞬気を失った。多分。

ヒロ君が倒れかけた俺の身体を支えてくれたから意識が戻った気がした。

「……大丈夫か?」

大丈夫じゃないと思う。まだ手は震えてた。

ヒロ君は床に膝をついた俺を持ち上げるようにして椅子に座らせてくれる。

「……俺、おかしいかも…。」

「ちょっと待ってろよ?」

そう言って誰かを呼びに行ったみたい。

長椅子の背もたれに凭れているのも辛くて、身体を横にした。

なんかまだクラクラしてる…。

「おい、おい!山本君!」

スタッフの1人が俺の肩を揺すっているけど、上手く返事ができない。

身体を起こされると、急に吐き気が襲ってきて全身から冷や汗が吹き出してきた。

「…気持ち、悪い…」

周りの人達が慌しく動いているのに、音や声は遠くに聞こえる。

何度も吐き気がやってくるが吐く事が出来なくて、おでこに吹き出した汗が顔を伝う。

ビニール袋やバケツが用意され、吐き気の度にそれを握りしめた。

目を開けているつもりなのに、視界が凄く狭い…。そんな感覚も頭の中を混乱させた。

15分程したら吐き気は治まり、意識もはっきりしてきた。

顔や身体中が汗で湿っているのをやっと感じる事ができた。

仕事の開始時刻を大幅に過ぎてしまっていた。

「すみません。」

やっと出てきた声でそう言うと、マネージャーさんが心配そうな顔で寄ってきた。

「まだ顔色悪いから、山本君の録りは最後にしてもらいましょう。」

今日の仕事は新曲のカップリング曲の録音だった。

大体俺の歌った後に皆が歌をかぶせて重ねて行く。

マネージャーがスタッフに段取りを話しているとアツシが横に座りにきた。

「ナツ君、貧血?」

「わかんない。こんなの初めてだった…。」

濡れたタオルを女性スタッフさんに渡されて、顔や首を拭いた。

「ちゃんと朝ごはん食べた?」

「……ううん。食べてないや。」

「寝不足の上にご飯食べてないから倒れるんだよ。」

アツシとは反対の隣にヒロ君が座りながら俺にそう言った。俺は斎藤兄弟に挟まれて苦笑いしてしまった。

ヒロ君が口の横に手を当てて俺の耳に

「……ごめん、俺さっき無神経だったよな。」

って早口で言った。

「ううん。ヒロ君の言った事、間違ってないよ。」

「ちょっと意地悪だったろ?」

「ちょっとね。」

ふふ、と笑いながら俺はヒロ君にそう答えた。

「何、内緒話してんの。」

アツシが身体を傾けて兄の博之にそう言うと、ヒロ君は立ち上がりながら、

「内緒話なんだから言えるわけねーだろ、アホ。」

「うっわ、マジムカつかね?ファンの子達に教えてやりたい。」

ブツブツと兄の文句を言うアツシにまた笑ってしまった。



録音を4人の最後にしてもらった為、少しだけ寝た。

皮肉な事に少しの時間しか寝てないのに夢にアズマ君が出てきた。

目が覚めると、目の前にアズマ君がいてまだ夢を見ているのかと勘違いした。

「倒れたんだって?」

アズマ君の指が俺の前髪を掻き分けながらそう聞かれた。

「……誰のせいだよ。」

「…?……俺か?」

あまりにリアルな反応に、夢でなく現実にアズマ君と話しているのだとやっと気が付いた。

「ってゆうか、何でいるの?今日は……、」

「時間が空いたからだよ。夕方からまた別だ。」

何だろ。思ったより普通に話してるよ、俺ら。

スタジオブースの中にはアツシが入っている。アツシの歌声が聞こえる。

「アツシの奴、大分戸惑ってるぞ。」

低い声で笑いながらそう言うアズマ君。

「多分もうすぐお前にヘルプかかるぞ。」

何の?

調整室から男のスタッフが出てくると、俺を見て、手を合わせながらやってきた。

「気分どう?平気なら山本君の声、録りたいんだけど。さっき緑川君もパス入っちゃって…。」

「……?。大丈夫だけど、寝起きなんですけど平気かなぁ…、ちょっと大声出してからでもいいです?」

俺がそう言って立ち上がると、アズマ君が変な顔をした。

「何で大声?」

そう聞いてくるアズマ君にスタッフさんが笑いながら短く応えた。

「山本君、独特の発声練習なんだよね。」

アツシがヘッドホンを外して、すまなさそうにブースを出てきた。

「ごめんね、ナツ君。交替交替〜」

「どしたの?声調子悪いの?」

そう聞くと、アツシは苦笑いしてた。

パーカーを脱いで椅子の背もたれに掛けると、アズマ君が部屋に入って来てた。

「…何で入ってくんの?」

「お前の大声聞いてやろうと思って。」

早くブースに入れと手をシッシッと振る。周りにいたスタッフが笑いだす。

何だよ、皆して笑わなくてもいいじゃん。そんなに変かなぁ?

アズマ君の視線を感じながら、ブースに入りマイクに向かって一言話した。

「マイクスイッチ切って下さい。」

ブースの中のスピーカーからスタッフの『OK』が聞こえた。

浅く息を吐いて、一つ呼吸をした後、自分の一番低い音を吐き出した。

音階を上げながら声を徐々に大きくしていく。一番出しやすい音域では自分でも大声だと思う。

更に高音になると俺は顔を上向きする。首の中の喉を声が通って行く気分だ。

スピーカーからスイッチの入った音がした。

『調子どう?マイク入れたよ。』

「大丈夫だと思います。うるさくてスミマセン。」

ヘッドホンを付けるとガラス越しにこちらを見ていたアズマ君とアツシと目が合った。

『吾妻君と斎藤君、ビビってるよ。』

スタッフが笑いながら教えてくれた。

「何、そんな変な顔だった?」

俺は冗談混じりに笑いながらそう答えた。

『じゃあ後6人待ってるから始めていいかな?』

「ハハハ。」

スタッフの切ない声色に笑っちゃった。




アズマSIDE

「何だ、アイツ。」

ブースの中で発声練習をしているヤマナツを見て、思わず思ってた事が口をついて出てしまった。

「凄いでしょ。今日は伸びが悪そうだけど、調子がいいと5オクターブいくんだって。」

マイクのスイッチを切ったスタッフがそう教えてくれた。

「5!?」

音域もだけど、あの声量…。あの細っこい身体のどこから出してんだ?

「山本君は絶対音がブレないからね、後から歌いやすいだろ?」

隣で一緒に驚いてるアツシはうんうん、と頷いている。

続けてスタッフが話ながらマイクやスピーカーのスイッチを入れた。

「気付いた?半音入れた全12音発声だったの。……調子どう?マイク入れたよ。」

………気付いた。何物なんだ、アイツ。

ブースの中のヤマナツとスタッフが話をしている。

こっちをチラッと見た気がした。

「吾妻君と斎藤君、ビビってるよ。」

スタッフが笑いながらそう言うとブースの中のヤマナツは

『何、そんな変な顔だった?』

笑いながらそう言った。胸の中で、そうじゃないだろ、と突っ込みを入れた自分。

あぁ、クソ。笑うんじゃねぇよ、可愛いな……ちくしょう。

ヤマナツが倒れた話を聞いて、一つ雑誌の取材を取り止めた。

元々早く切りあがれば合流の予定だった。

ブースを出ると、紙コップのコーヒーを啜りながらヒロユキが歩いてきた。

「ヤマナツ入った?」

「おぉ。」

「アキラが、ヤマナツの声が入って無いと調子が出ないってごねやがって。」

「ブハッ、ごねたか(笑)アツシもダメだったみたいだぞ。」

笑いながらアキラのごねぶりを想像してみた。ヒロユキは眉を顰めて渋い顔してた。

「……ヤマナツの声がベースになってるんだ、今のHigh-Gradeは。山本夏希の声が入って無かったら全く違うグループの声だった。」

「あぁ、そうだな。」

「わかってるなら、High-Gradeにヤマナツがいない方が良かったみたいな事二度と言うな。」

俺はヒロユキの顔を見た。あっち行こう、と長椅子を指差したヒロユキはコーヒーを飲みながら歩きだした。

「熱ッ。」

椅子に座ってコーヒーをまた口に運んだヒロユキが小さい声で言った。

「猫舌のくせにホットにするからだ、ボケ。」

「……お前に言われたくない。」

何かを含んだような言い方をするヒロユキに、俺は少し苛立った。

「アズマ、ヤマナツをどうしたいんだ?」

「……。」

「考え無しでヤマナツに好きだなんて言ったのか。」

何で知ってるんだ。ヤマナツがヒロユキに相談したのか?

「考え無しで悪かったな。つい言っちゃったんだからしょうがねぇだろ。」

横目でヒロユキを見ると呆れたような顔で俺を見てる。間抜け面だぞ?

「好きなヤツをどうしたいなんて、そんなもん男ならわかるだろうが。」

「ヤマナツもその男なんだけど……。」

「……知ってるけど?」

ヒロユキは俺を変なモノを見るような目で見た。

わかってるって。

俺が変なんだよ。




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あきゅろす。
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