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花泥棒と龍の笛3
蔵馬の予想に違わず、丘を下ってすぐの小さな森に花は咲いていた。
垂れ下がる真っ直ぐで柔らかな植物を蔵馬がそっとかき分けると、風にそよぐ桃色の花々が一面に姿を見せる。
忘れ難い香りを放ちながら天を仰ぎ、節のないほっそりとした枝に咲くその姿は祈る沢山の手のようにも見えた。
「木に咲く花だったんだね…知らなかった」
「ああ、見事だな」
後ろから続いた飛影は、少し離れて花と蔵馬を一緒に視界に収める。
笛を吹いていた時といい、こうして花の中にいる姿といい…――
この美しい恋人を誰の目にも触れさせず、どこかに閉じ込めてしまいたかった。
「あ…飛影、ちょっと気配を消して?」
当の蔵馬の色気ない一言で、飛影の邪念は霧消させられる。
「なんだ、何かいたか?」
「ううん、ほら、この花…妖気を嫌うんだ」
「それで滅多に咲かんというわけか」
見上げれば確かに、先程まで甘い芳香を放って綻んでいた花々は、その身を固く閉じ始めていた。
「でも妙だな…オレ、昨日から気配も消さずにこの辺りにいたのに。ずっとこの花の香りがしてた」
「笛のせいもあるだろうが、植物のクエストの妖気ぐらいこいつらも解るんじゃないのか」
蔵馬は少し背伸びをして花に手を翳し、妖気を出したり消したりしてみる。
「ほんとだ…オレの妖気なら平気みたいだ」
再び緩み始めた蕾に目をやり、小さな笑みを浮かべて飛影が言った。
「おい、一曲聴かせろよ」
見ると彼は見事なまでに気配を消し、刻不知の木々が群生する範囲のちょうど真ん中あたりに腰を下ろしていた。
「オレはおとなしくしていてやる。妖気でそいつを鳴らしてみるといい」
「それはまた難しい注文ですね」
口ではそう言いながらちっとも困っていないといった風情で、蔵馬が艶やかに微笑む。
「勿体ぶるな。できるんだろう?」
飛影がニヤリとしながら促すと、おどけて跪きながら蔵馬がそれを受ける。
「仰せのままに」
飛影の隣に片膝を立てて座り、小脇に抱えていた笛を流れるように口元へと運ぶ。
翡翠の両眼を軽く閉じ、す…と息を吸い込むと、蔵馬は旋律を奏で出した。
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