Novels KEYSTONE 3 「何故返事をしなかったんだ」 シャワーから出てきた飛影は、先に入浴を済ませた蔵馬がついさっき着込んだばかりのシャツのボタンを外しながら尋ねた。 「え、何?…っちょっと飛影!返事って誰に?」 襟口を両手で合わせ、形ばかり抗いながら蔵馬が聞き返す。 「雪菜にだ。氷泪石と見抜けなかったのは間抜けな話だが、その続きは当たっていただろう」 ――結局視ていたんじゃないか…。 内心で可笑しくも嬉しく思いながら、蔵馬は雪菜との会話を反芻した。 ――蔵馬さんのことをとても大切に思っている方からの贈り物なのですね―― 「ああ、確かに当たっていたけど。だって…」 抵抗の手を緩めた蔵馬ははにかんだように小首を傾げ、 「そうですよって返事をして、後から飛影にもらったことが知れたら悪いと思って」と言葉を繋いだ。 「何故悪いんだ」 思わぬ返球に、蔵馬は表情を固めて二、三度瞬きをする。 「えっ…」 「知られたくないなら、端からそんなものはやらん」 蔵馬は返す言葉のないまま微かに目を瞠り、飛影はその髪にそっと指を通す。 頭に沿って後ろへ撫でると、まるで元からそこにあったかのように蔵馬の耳を伝うピアスがよく見えた。 「オレに飽きたら勝手に外すんだな」 「…あり得…ないよ…」 「だったらオレだって同じことだ」 飛影はまっすぐに蔵馬を見つめて言う。 「お前が思っているよりも、オレはお前のことが好きだ」 ――このひとは、時々こうしてどうしようもなくオレを翻弄する。 …思いもかけない贈り物も言葉も嬉しくて、愛しくて、 …すぐには言葉にならない。 「…ん……」 「覚えておけ」 飛影は蔵馬のシャツを腕までぱさりと下ろすと、露になった肩に、しなやかな首筋に、自分の印を埋め込んだ耳に、順に唇を落とした。 「あ…」 飛影が触れる度、その妖気に共鳴するように左耳が甘く疼く。 中央に嵌められた小さな石は、まるで悦びの増幅装置のようで―… 「ひえ…飛影…」 堪らず震える吐息を漏らすと、蔵馬は一思いに飛影の唇を奪い、舌を絡めた。 「飛影…大好きだよ…」 蔵馬からの珍しいその行為に、飛影にも更なる焔が灯る。 「おい…煽るな」 ほんの少しだけ呼吸を乱しながら、飛影は恋人に埋め込んだ刻印に長い口付けをした。 自らの内奥に生じた熱を分け与えるかのように。 「……っ」 蔵馬が艶やかな声を噛み殺した瞬間を逃さずシーツで生け捕ると、白くしなやかな身体を視線で射る。 「蔵馬…」 次は言葉でその心臓に杭を打つ。 「自分を傷付ける前に、次からはちゃんとオレを呼べ…」 そしてまた一つ、石へ口付けを落とす。 蔵馬の左耳が熱を帯びると共に飛影もまた昂っていることを、その唇は伝えて来る。 「…ん…うん……でもピアス、嬉しかった…」 「ああ…わかっている」 互いに身に纏うものを取り去りながら、口付けが深まる。 「蔵馬…」 蔵馬は程なく自分に打ち込まれる愛しい楔のことを想ってぞくりとした。 ――耳が、また熱く甘く疼く。 「飛影……」 ――ああ、そうしてあなただけのやり方で、いつまでもオレを貫いていて。 二人の体温が溶け合った瞬間…飛影の与えたそれは、一層紅く艶やかに蔵馬の中で輝きを放った。 (fin) [*前へ][次へ#] [戻る] |