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Novels
KEYSTONE〜into the blissful sore〜 1


「…なんだそれは」

一週間ぶりに訪れると、蔵馬はソファーにうつ伏せに寝転んで雑誌を捲っていた。

…形の良い両の耳のうち、片方だけに、奇妙なものを住まわせて。


「いらっしゃい、飛影。今月号はフィレンツェの特集だけど、読む?」

雑誌の背表紙を示しながら蔵馬が起き上がると、柔らかな髪の間から顕になった左耳を何かが突き通っているのがはっきりと見えた。

耳のほぼ中間、端から5ミリあたりの部分に形成された小さな穴から両端を覗かせているものは、どうやら植物の一部であるらしかった。


「…おい、しらばっくれるな。どうしたんだその耳は」

「うん…薔薇の棘に妖気を通して開けてみたんだけど…変かな、ピアス?」

「そんな話はしていない。いつやったんだ」

「つい2,3日前ですよ」

「どういう風の吹き回しだ。何のためにそんなものを」

「…まるで尋問ですね。単なるアクセサリーでは駄目なの?」

「アクセサリーだと?」


予想はしていたものの…絵に描いたような飛影の不機嫌さに、蔵馬は内心嘆息した。


「お前…一週間ほど前、くだらん下衆に声をかけられていただろう」

「あ…うん。知ってたんだ?」


少しも悪びれない物言いの蔵馬と、そのことに余計苛立ちを募らせる飛影。


「だから…」
「なのに…!」


寸分違わぬタイミングで正反対の接続詞を放った口を、それぞれに閉ざす。


「…何だ、言ってみろ」

思わずむきになってしまいそうだった飛影が先を譲る。
口まで出かかっていた、
『なのにそんな浮付いたもので自分を飾りやがって!
 これ以上他の奴らに目を付けられるような真似をするな……!』
という言葉をとりあえず飲み込み、蔵馬の返答次第では更に手荒い詰問をしてやろうと目論みながら。


「うん…いい加減ああいう連中がうるさいから、
 飛影に協力してもらおうかと思って」

「……?」


息巻いていた飛影は完全に虚をつかれた形となったばかりか、蔵馬の意図が汲み取れず黙り込んだ。


「あなたとオレの妖気はまったく別のものだから…
 異質の妖気を感じさせるものを身に着けていれば少しは、その…」
抑止力になる、ということか。

動機は気に入らなかったが、何者にも気兼ねをせずに
蔵馬に自分の妖気を纏わせられるのは悪くない。


「いいだろう」

飛影はニヤリと笑って一言口にすると、サイドボードの引き出しに仕舞い込んでいた氷泪石を取り出し、摩り切れた紐を外しながら蔵馬の隣に腰を下ろす。


「……?」


今度は蔵馬が首を傾げる番だった。


飛影は透き通るそれをティアドロップ型の間接照明に翳して数秒間眺め、紅い瞳だけをくるっと蔵馬の方に向けて言った。



「わけてやる」


「…え?な、何言って…そんなに大切なもの、駄目ですよ」

「何故だ?大切だからこそお前にわけてやるんだ」


蔵馬が慌てて却下しようとした大胆な提案は、更なる殺し文句によって実行が確定してしまった。


「でもそれは…」
「いいから黙っていろ」


そう言うと飛影は掌の中の輝きに向けて、ゆっくりと妖気を発し始める。

まるで、とてつもなくいいことを思い付いた子供のような顔をして。

飛影がこんな表情で何かにとらわれている時は、それこそ何を言っても無駄だった。


けれど彼は、生を受けた証である石を一体どうしようとしているのか……
蔵馬は気が気ではなかった。


そんな蔵馬を余所に、飛影は戦闘時とは全く違う深く温かな妖気を操り、氷泪石の表面をそっと溶かしてゆく。
口元には微かな笑みさえ覗かせながら。


「飛影、それ…いいんですかそんな風にして…」

「誰にも触れさせたことのない部分をやる。
 いいか、こんなことに妖気を使うのはこれきりだぞ」


ぶっきらぼうな言葉尻の割にはどこか嬉しそうな顔で、今度は石を薄く削り始める。


「その貧相な刺を抜いて待っていろ」



……氷泪石で、オレにピアスを……?


無二の宝石を躊躇いなく与えてくれようとしている飛影がたまらなく愛おしくて、自分の軽はずみな発言を悔いながら蔵馬は口を開いた。

「飛影…ごめん。さっきオレ…嘘を…」

「なに?どこからどこまでが嘘だ」


てっきりもう一度機嫌を損ねてしまうかと思ったが、飛影の表情は柔らかなままだった。


薄く剥がした氷泪石に器用に変形を加えてゆく彼を見つめながら、蔵馬はそっと言葉を重ねた。

「寄って来る奴らをどうにかしたいわけじゃなくて…
 ただ、あなたの妖気が込められたものが欲しかったんだ」

――それと…あなたがいつもオレの"体内"にいてくれたら嬉しいから、ピアスを選んだんだ――

自分の女々しさに幾分気落ちしながら心の中でそう付け加え、蔵馬は長い睫毛を伏せた。


「おい」

「ん…」

「こっちを向け」


ほっそりとした顎に片手をかけて促すと、心持ち寄った眉根の下の大きな翡翠がおずおずと飛影を捉える。

「許してやる。そっちの理由の方がオレ好みだからな」

そう言うと飛影は甘い香りの髪を掬いながら蔵馬を抱き寄せ、注意深く薔薇の刺と氷泪石のかけらを交換した。


「それに、こうしてお前に埋め込んでおけるのは気に入った」

耳元で囁くと、蔵馬が睫毛を震わせ、小さく息を飲むのが分かる。

そのまま抱きすくめてしまいたい衝動を一先ず抑えてとん、と宙を駆けた飛影は、一瞬の後にステンレスのスタンドミラーを手にしていた。


蔵馬の背後から腕を回すと左耳がよく見える角度に鏡を構え、得意気に片端を上げた唇で再び囁く。

「よく似合うじゃないか」

「…うん…ありがとう…」


自分でも思わず頷いてしまうほどに、それは蔵馬に相応しい仕上がりだった。

炎の妖気によってマーブリング状に織り込まれた紅は飛影の瞳や蔵馬の髪色と響き合い、疑問符のようなフォルムを描くカーブは寸分の狂いもなく蔵馬の耳に寄り添っており……


角度によって少しずつ表情が変化するピアスは、蔵馬の白い肌や端整な顔立ちに映えて左耳の中央できらきらとしていた。



「それにしてもお前……何だってこんな妙な場所に穴を開けたんだ?」

スタンドミラーをぱたりと伏せると飛影は自ら拵えた結晶を満足そうに眺め、下方へ続く柔らかな弾力へと唇を寄せる。


「ん……耳たぶはね……あ、…もう…!」


蔵馬は軽く身を捩って甘く心地良いくすぐったさから逃れ、くすくすと笑いながら言う。


「あなたがそうして齧りに来てくれるから、空けておいたんですよ」


「ほう、気が利くようになったじゃないか」

先刻斜めになった機嫌はすっかり元に戻ったらしく、飛影は蔵馬の腰を引き寄せると二度三度とその耳たぶを甘咬みした。


「あ…あっ……っ…ダメだよ飛影…オレ出掛けなきゃ」

「……夜に外出とはいいご身分だな」

「桑原君に本を貸しに行くだけですよ。飛影も行く?映画の帰りって言ってたから、きっと雪…」

「行かん。さっさとあの失敗面に本でも何でも渡して来い」


引き寄せたばかりの体を離し、乱暴に蔵馬の言葉を遮ると、飛影はソファーに身を投げ出す。


――…まったくもう。相変わらず忙しく気分の変わる人だ。


もっとも、その背中は本気で怒ってはいなかったので、蔵馬は左耳の小さな耀きをそっと撫で、出掛けることにした。


「一時間ぐらいで戻るから…」



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