110 「…じゃあ、あたしと浮気してくれる?」
「ねぇ、顔ヤバイ?化粧落ちた?」
「…見えねぇし、こっちこい」
「やだ。スクアーロに見付かる。あたしはここでやり過ごすわ」
身を乗り出してくる恵の顔は化粧が崩れているようには見えなかった。恵に降りるように行った恵紅は二階のバルコニーから降りようとしない。
スクアーロと会わない方がいい。
運命の相手。
求め合って巡り会い、異世界に留める存在。
恋人ではなくなっても、奪うのは安易ではない。
会えば揺らぐからこそ、恵はここにいる。
「恵。オレにしとけよ」
沈黙のあと、ベルは告げた。
「ベル、前にも言ったでしょ」
スクアーロ以外とは命を落とす可能性がある。
「試してみようぜ」
「えー、死にたくない」
「触っても抱き締めても、死ななかったじゃん。キス、してみようぜ」
「キスは浮気に入ると思う」
「もう恋人じゃねーのに浮気じゃねぇよ」
「…かなぁ?」
ベルはそんな可能性を信じていない。
この世界に留めているスクアーロ以外の男と触れても、抱き締められても恵はピンピンしている。
ユニも断言していたわけではない。
恵は少し困って俯く。
自分の命に関わることだ。死ぬかもしれないのに試すことなんて出来ない。
「オレとキスしてるとこ見せれば、スクアーロも諦めるんじゃね?」
そんな恵を誘惑する言葉をベルは言う。
「─────オレに奪われたら、帰したくなるんじゃね?」
恵は帰りたがっている。
それを利用した。
今手に入れることができるなら、例え消えてしまっても構わない。
消えるその前に、手に入れたい。
「君はキスをした瞬間、あたしが死んでも大丈夫?」
「キスごときで死ぬわけないじゃん」
「……んー」
顔を上げて夜風を吸い込む恵が、ベルは頷くのを待った。
髪を掻き上げて息を深く吐く。
「…じゃあ、あたしと浮気してくれる?」
「……ウェルカム」
恵は薄い笑みを浮かべて、ベルは笑い返した。
「死んでも気にしないでね。ありがとう、ベル」
「んなこと言うなよ」
帰れないなら、死んでも構わない。
そんな自棄を起こした。
スクアーロと会うのは、死ぬより怖く思えたのだ。
スクアーロに会えば揺らいでしまう。
やっとスクアーロのいない日々に慣れてきたのに、また会えば苦しくなる。
スクアーロが帰してくれるなら、死ぬかもしれない賭けに出よう。
「そっち降りるから、受け止めて」
恵が体の向きを変えた。飛び降りる気のようだ。
言われた通り、受け止めようとした。
受け止めたその瞬間、手に入れることが出来る。
そう胸を高ならせたベルだったが、パーティー会場の中に目に入った人物に焦りが走った。
(…げ)
タイミングが悪いことにスクアーロがこちらに近付いている。
恵に隠れろと言おうとしたが手遅れだった。
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