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空色少女 再始動編
331 coffee expressly for you




気配に気付いて紅奈は顔を上げれば、リボーンが戻ってきた。

手には二つのコーヒーカップ。


「エスプレッソだ。寒いだろ」

「ん…ありがと」

「オレがイタリア式の飲み方を教えてやる」

「イタリア式?」


受け取ればリボーンがニッと笑みを向けた。


「先ずは香りを楽しむ」

「…まぁ、普通ね。それは」

「いい香りだ」

「好きだわ、この香り」


湯気が出るエスプレッソに鼻を近付けて香りを楽しむ。


「そして飲む」

「…っにが」

「それがエスプレッソの本来の味だぞ」


舌が感じたのは、熱さと苦さ。
前とは違い薄めていないようだ。

子供では到底受け付けられない苦さ。
それを目の前の赤ん坊は飲んでいく。

小さなコーヒーカップ。紅奈は赤ん坊に負けるのは癪だと頑張って飲み干した。


「……?」


何故か最後だけ甘さがあって、紅奈は首を傾げる。


「最後はカップの底の砂糖をスプーンで食べる。これがイタリア式のエスプレッソの飲み方だぞ」


リボーンがスプーンを差し出す。
どうやら砂糖は入れていても溶けるまで掻き回さず、そのまま紅奈に差し出したようだ。
カップの底には砂糖が残っている。


「へー。イタリアンスタイルってわけ。ふーん、面白い」

「だろ?」


受け取ったスプーンで砂糖を掬い食べる。苦さを忘れさせる甘い味が口の中に広がった。


ニッと満足げな笑みを浮かべるリボーンを見て、紅奈は気付く。


(なんかコイツ、先生面してないか?)


三日前の運転指導といい、イタリア式のエスプレッソの飲み方講座といい、まるで教師のようにリボーンが教えてきた。


「なんか、貴方、あたしの家庭教師みたいなことするわね」

「今はディーノの家庭教師だ」

「……」


今は。
意味ありげな言葉。
もう家庭教師をする約束でもしたのか?

今朝マーモンに言った通り、紅奈はリボーンが気に食わない。


何かリボーンの知らない知識はないかと紅奈は頭の中を探る。


「……リボーン」

「…なんだ?」


名前で呼ばれるのは初めてかもしれない。
少しだけ反応に遅れたリボーンは紅奈の顔を見上げた。


「エスプレッソの語源は知ってる?」

「エスプレッソの語源は二つの説があるぞ。「急速」との説と「抽出する」という意味の動詞の過去分詞形から派生したとする説があるぞ。まぁ誰が最初に名付けたのかははっきりしていないがな、「急速」「急行」って説が一般的だ」


さっとリボーンは答える。
自分の好きなエスプレッソについての問いに正解を答えて満足げだ。


ニッ。

今度は紅奈が笑みを浮かべた。


「もう一つ、説があるの。「特別に、あなただけに」って説」


リボーンの知らないことを教えることが出来て、紅奈は勝ち誇った笑みを溢した。


オレガノにイタリア語を教わった時に豆知識で教えてもらったものだ。


リボーンに勝って紅奈は上機嫌にスプーンについた砂糖を舐めとった。


リボーンは。
見惚れていた。

見たいと思っていた紅奈の笑顔。

それが不意に、溢れた。


勝ち誇っていて嬉しげな笑み。
紛れもく、リボーンだけに向けられた笑み。


初めて向けられた紅奈の笑みだった。
初めて間近で見た紅奈の笑顔。


紅奈の勝ち気な笑み。
他の誰かならば不快に思えただろうが、望んでいたものが見れてどうしようもなく嬉しかった。

抑えきれずに緩んだ口元をリボーンは見られないように、顔を伏せてハットを深く被る。


「もう少し勉強するべきだな」

「そうね」






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