空色少女 再始動編
506 正式な挨拶
大型バンを運転するスクアーロは、ランチャーファミリーの屋敷へ向かっていた。
後ろに、ジェラートを食べている子ども達を乗せて。
「あっ! なんれ勝手に取るぴょん! 紅奈!」
「犬だって千種のジェラートを勝手に取ったじゃん。あたし達の仲だし、いいでしょ」
「うししー。コウ、オレのはー?」
「うげっ! 紅奈! コイツ、ナイフれ刺す気ら!」
「…犬、うるさい」
ワイワイと賑やかである。
「紅奈……。本当に、彼を沢田家に預かるのですか?」
「しつこいよ、骸」
「…ですが、心配でたまりません。僕達の帰ってもいい場所である部屋を……破壊されたらと思うと、胸が裂けてしまいそうです」
「XANXUSをどんな破壊者だと思ってるの? だいたい合ってるけど。」
合ってるのか……、と犬と千種も、なんとも言えない顔になった。
骸はシクシクしつつも、チョコレートのジェラートを食べる。ポロポロと落ちる涙は、幻覚だ。
「あたしの家を破壊するわけないよ。大丈夫大丈夫、借りてきた猫になるって。
スク。食べる? あーん」
「あ!? んっ。…お前、身体冷やすなよ」
紅奈は、助手席に移動すると、スクアーロにスプーンで食べさせた。
「……本当に大丈夫かぁ?」
「夏だから、ジェラートの二つや三つ、いいじゃん」
「いや、それじゃねぇーよ。本格的に三ヶ月の間、備えてきて……本番に立ち向かった。長期間の緊張が解けて、その反動が……」
「ないってば」
「……」
「えー、信じないの?」
スクアーロはしかめっ面で、紅奈を横目で見る。
「XANXUSが目を覚ましたあと、二日近く眠ってたじゃねーか…」
「起きるの、睡眠削って待ってた分を取り戻した」
「…気疲れからの体調不良」
「ないよ、マンマ」
「う”お”ぉい! 誰がマンマだ!」
「だって、母親みたいな気遣い」
「部下だ! 第一部下としての! ボスの体調への気遣いだ!!」
クワッと、大声で言い退けるスクアーロ。
決して母親目線ではないと、強く否定。
「熱もないし、体調不良の兆しはなし。強いて言えば、屋敷滞在中は、外周ジョギングしかしてないから、身体鈍りそうってくらい。気疲れどころか、気が晴れた。大きな心配事が片付いたんだからね」
そう答えながら、紅奈はパリパリとコーンを食べ始めた。
XANXUSを取り返したことにより、紅奈に重くのしかかっていたものが、消えたのだ。
張り詰めた緊張が切れて、二日近くも寝てはいたが、それで十分だったのだろう。
「しかし、まだ予断を許さない状況ですよ、紅奈。顔を合わせてわかりましたが……彼の素行と言動から考えると、生易しい罰が下るとは思いません」
骸が、その会話に加わった。
完全に、XANXUSに関する心配が消えたわけではないのだ。
XANXUSの罪は、重いまま。溶けない氷の中の監禁から、出してもらっただけのことだ。
「あー、そういえばね。なんか、XANXUSの手を切り落とす罰が推されているらしいよ。ウケるね、スク」
「……ウケんな。」
紅奈は、おかしそうに笑う。
「XANXUSは忠誠の証にどこ切り落とすの?」
「オレはマゾのカスと違ぇ…」
「う”お”ぉい! 聞いてないのか!?」
スクアーロが紅奈への誓いの証を示したという話をしたことを思い出す。
プールそばで、紅奈とスクアーロとXANXUSの三人で濡れたまま、目指すファミリーの話をしていたあの瞬間。
あの時が、再び、動き出すのだ。
「どういう意味ですか?」
「んー?」
骸とベルは、不思議そうに見てきた。
スクアーロの左手について、知らないのだ。
髪の願掛けもしかり。知っているのは、他にXANXUSだけだ。
「アイツが手を切り落としたら、銃が撃てねーな。…憤怒の炎は出せるのか?」
二人の疑問に答えさせる暇を与えることなく、スクアーロは話を続行させた。
「あたしもそれ気になる。どうなんだろうねー? 切り落とした場合、銃型義手をつけるかな……憤怒の炎でチャージできれば、いける?」
「真面目に考えているお前がこえぇー……。…それで済めば、御の字じゃねーのか?」
「やれやれ。流石、マフィア。残虐です」
「お前、まだマフィアの自覚ねーの?」
「自覚は薄いです。紅奈の優秀な部下という認識が強いだけです」
「優秀とか自分で言ってんな、うぜー」
「自称天才王子より、遥かに大マシですよ」
「うししっ! 自称じゃねーし! 用済み死ね!」
「クフフ! 僕は優秀な部下で新しい組織を任されますので! 下っ端部下は黙ってください!」
「うお! 危ないぴょん!!」
「っ!」
「う”お”ぉい!! クソガキども暴れんじゃねーよ!!」
ナイフが飛び。槍が飛び。避けるために、暴れる。大型バンが揺れた。
「あー、楽しみだなぁー。名乗ったら、どれくらい卒倒するかなー」
紅奈は後ろを気にすることなく、これからのサプライズを楽しみにして、緩ませた口にコーンを放り込んだ。
ランチャーファミリーへ、特大のサプライズを持っていく。
連絡を入れたランチャーの屋敷に到着。
「う”お”ぉおおいっ! 正式に挨拶しに来てやったぞぉ!! もてなせや!!」
「うっしっしー! てーちょーにな!」
「まったく、礼儀なしですね」
騒々しい来客。
紅奈の周りを固めたスクアーロとベルと骸は、しっかりと武器を手に持っていた。あとに続く犬と千種も、臨戦態勢。
「ランチャー6代目」
オレンジ色のバレッタでハーフアップにした栗色の髪を靡かせた紅奈は、空色の丈の短いワンピースと、白の短パンと黒のニーソとサンダルブーツの格好だ。
「正式挨拶なのに、盛装じゃなくてごめんなさいね」
にっこりと、紅奈は笑ってみせた。
ついに、紅奈の正体が明かされる時だ。
ゴクリと息を呑んだランチャー6代目は、緊張を隠した笑みで、応接間へと案内した。
紅奈がソファーの真ん中に一人で座る。
スクアーロが左に立ち、右に骸が立つ。紅奈の背凭れの後ろに、両腕を置いたベル。犬と千種は、骸の後ろだ。
紅奈の向かいのソファーには、ランチャー6代目が座っている。
左に立つのは、ランチア。
右側には、元ギャングのバルダ、ダニー、サーラ、ガブリが整列した。
「ちゃんとした自己紹介が出来ず、先ずは申し訳ない。去年、ぐーぜん迷子になってここに来た時、あたしは正確にはマフィアを名乗れなかった身だった。でも、その問題は解決。こうして、正しく名乗るのは、初めて。では、改めまして、ランチャーファミリー6代目ボスさん」
足を組んで、紅奈は堂々と告げる。
ブラウンの瞳に橙色の光を煌めかせて。
「ボンゴレファミリーの10代目ボス候補の一人、沢田紅奈。以後、よろしく」
名乗りを上げた。
今後は、こうして名乗れるのだ。今まで隠れていた分、生き生きかつ清々しい気分である。
無邪気に、はにかんだ。
そんな紅奈の横顔を覗き込むと、スクアーロとベルと骸も、つられて口元が緩む。
しーん。
ボンゴレの名を口にした時点で、ランチャー6代目は、ヒュッと喉を鳴らした。それっきり、固まって沈黙。
偉大なるマフィアの名前だ。
そのファミリーの次期ボスの候補者、目の前にいるのだ。
異質な少女の、その正体が鮮明となった。
想像を超える大物さ。
紅奈は、ニコニコとリアクションを待つ。
ドサッ。
最初に動いたのは、バルダ。腰を抜かして、カタカタと震えた。
「ボボボッボボボボボボッ!!?」
「おふ! おふひけっ!!」
落ち着けと宥めたいダニーだが、呂律は回らないし、膝はガタガタと震えている。
ガブリは、硬直のまま。
蒼白の顔のサーラがフラッと倒れかけたが、ガブリが支えとなった。
口をあんぐりと開けたランチャー6代目とランチアも、固まったままだ。
だが、ランチャー6代目が、ガクリ、と真上を見上げる形で頭を垂らした。
ランチアは、我に返る。
「ぼ、ボスー!」とランチャー6代目の肩を揺さぶった。
「「「ぅええええええええええっ!!!!!!」」」
応接間を覗き込んだランチャーファミリーの一同が、絶叫する。
しかも、バッタバッタンッと倒れる音も響く。
「…ふむ。もっと驚愕で、死屍累々状態になってほしかった」
この鬼っ!
スクアーロ達は、十分驚愕に陥れたじゃないか、と残念がる紅奈を見た。
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