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空色少女 再始動編
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「…ぷっ。ボンゴレの若獅子も、形無しですね…」


 ガナッシュは肩を震わせて、必死に笑いを堪えた。


 決定は覆せないし、受け流されてしまう。

 家光もXANXUSも、9歳の少女に、形無しである。


「…チッ」


 舌打ちして、自分の部屋に歩いていくXANXUS。
 家光も、ガナッシュも、あとを追う。


「……おい。何故、オッタビオが幹部になった?」

「能力が買われたからだ、お坊ちゃん。ご存知でしょう? 坊ちゃんの補佐をしていた男だ。交渉能力の高さや、冷静な判断による仕事ぶり。さっき話した通り、まだまだ少年だったS・スクアーロ達を庇っては、その交渉能力で早い段階でヴァリアーを徐々に活動させ始めた。ボンゴレの若手幹部。彼がいるから、ヴァリアーが動けているんだ」

「ハッ、あんなヤローを過大評価かよ。てめーら、目は節穴か? 紅奈から人を見る目でも学んだらどうだ?」

「はは、学ばせてほしいね、ぜひとも」

「…何が言いたい?」


 ガナッシュが軽く笑って流すが、家光は怪訝に顔をしかめてXANXUSの背中を見た。


「聞いただろーが。紅奈に取り入れようとしてんだぞ? 沢田家光の娘が6歳で、自分を気絶させたんだ。大物になると有望視もされるだろーよ。それからも、ヴァリアーの屋敷を出入りしていることを知ってやがった。ヴァリアーの幹部どもは使えると判断してんだ。紅奈を上手く利用が出来れば、ヴァリアーの幹部どもを手なづけられるって、浅はかな考えだろーよ。もしかしたら、六年後はてめーの娘にプロポーズしてるかもな」


 皮肉に笑った顔を、XANXUSは振り返って家光に向ける。

 娘にプロポーズ。十分激高したくなる内容だが、どうせ今求めているのは、一つだろう。


「幹部をどうこうする権利は、坊ちゃんには与えられないぜ? ちゃんと大罪人の自覚を持ってくれないと、紅奈ちゃんに迷惑かかっちゃうぞ」


 家光を煽っても、オッタビオに何かする権利を、XANXUSは与えてもらえやしない。

 ガナッシュはそう言うのだが、XANXUSは家光を一点に見据える。


「…調べとくべきだろーよ、自分の娘から甘い蜜を吸おうとするヤローをな。奴から埃が出れば……かっ消すのは、オレだ


 赤い目は、ギラッと光った。本気の殺意。


「てめーの娘の超直感を甘く見んな。あれだけ嫌悪してんなら、何かある。今回の功績だって、紅奈が超直感で、てめーの様子から重大な案件だってことを感じ取って、選んだんじゃねーのか?」


 ガチャッと、XANXUSが扉のノブを回して開く。


「ああ、そういやー……今回、紅奈の命でヴァリアーの幹部どもが動いたこと、オッタビオのヤローはどうほざいてやがるんだ? スクアーロ達のお目付け役でもあるんだろ」

「………」

「とやかく言ってんだろ? スクアーロ達が否定しても、自分も関与してる…とかか? ハンッ、紅奈から甘い蜜を吸う気でいるじゃねーか」


 黙る家光を鼻で笑い退けてから、XANXUSはバタンッと部屋の扉を閉じた。

 廊下に残ったガナッシュは、隣の家光を見る。


「……オッタビオは、なんて?」

「………紅奈のために、許可を出して協力した…と……」

「……どうするんです?」

「………」


 難しい顔をする家光は、腕を組んで黙り込む。

 答えは聞けそうにないとガナッシュは、肩を竦めた。


「坊ちゃんも、過保護なんですねー。紅奈お嬢ちゃんに」


 そう笑ってから、ガナッシュは先に廊下を歩く。
 XANXUSの部屋の扉を睨みつけたあと、家光も歩き出した。




 翌朝から、家光は鼻の下を伸ばすデレ顔で、テーブルについていた。

 イタリアの屋敷なのに、みそ汁の香りが漂う。

 白く艶めく、ほやほやの白米。だし巻き卵。塩焼きサーモン。ニンジンと大根の和え物。豆腐とワカメが浮かぶみそ汁。


「これぐらいしか作れなかった、ごめんねー」


 紅奈はそう言って、欠伸を噛み殺す。

 今日はXANXUSの膝の上ではない。断って、家光の隣に座っている。

 XANXUSは、じっと並んだ和食を凝視してしまった。

 色とりどりの朝の和食である。そして、綺麗に盛り付けてあった。盛り付けまで紅奈が、やったそうだ。


「……」

「とても美味しそうじゃないか」

「でも、白米を焚いててくれてビックリ。知ってたら、早起きしなかったのに」

「だから、眠そうなのかい? すまないね」

「んーん。物件選びに時間がかかっちゃって、遅寝したの」


 ティモッテオに、紅奈は首を振る。


「箸と茶碗まで……用意周到。XANXUSお兄ちゃん、口に合わなくても、残したら許さないからね」

「そうだぞ。紅奈の料理が、食べ切れないなら、即刻取り消しだ。絶対に取り消しだぞ」


 大盛りの白米を、もりもりと食べている家光は、XANXUSにきつく釘をさしておく。


「箸、使えるの?」

「…バカにすんなよ」


 紅奈がケラッと笑うから、XANXUSは箸を手に取った。ちゃんと使えると、カチカチと動かす。
 そのまま、サーモンをほぐしては、口に運ぶ。次のだし巻き卵。ニンジンと大根の和え物。そして、みそ汁を啜る。


「……食える」

「美味しいよ、紅奈ちゃん」


 XANXUSの控えめすぎる感想に続いて、ティモッテオは口元を緩ませて、みそ汁を啜った。


「妻の味付けを、しっかり学んでいるのですよ。美味しいのなんのって」


 ニッコニコの家光が、自慢する。


「これが食べれるなら、滞在中の食事は困らないと思うね」

「……和食だけか? 作れるのは」

「庶民の食卓に並ぶ料理なら大半は作れる。味付けを指定してくれれば、お好みの高級肉で絶品ステーキを作りましょうか? 御曹司サマ」


 ニヤリと、紅奈は笑って見せた。おちょくりだ。

 この自信家な紅奈なら、XANXUSの肥えた舌を唸らせる絶品ステーキを作れるだろう。


「コウ! 甘やかしちゃいかん! せめてオレのリクエスト料理を作ってからにしてくれ!」

「そう言えば、イタリア料理も覚えたの。カネロニとポルペットーネ。また作りたいな。あと、リクエストされた仔牛のサルティンボッカが好評だった」

「ちょっと待て、コウ。誰のリクエストだ?」

「それも、ぜひとも食べてみたいね」

「今度ね。あと、オッソブーコ。時間がかかるけど、その間にリゾット作る簡単イタリア料理を、得意料理の一つにしたいなぁー。絶品だって褒められたの。添え合わせのリゾットは、もっとあれこれ改良していきたいなって考え中」

「だから、コウ? 誰が絶品って褒めた?」

「おい、紅奈。昼食にサルティンボッカを食わせろ」

「今度だってば。これ食べ終わったら、スク達と物件選びに行くから無理」

「コウちゃーん? お父さんの声、聞こえてるかなー?」


 ティモッテオとXANXUSにしか言葉を返さない紅奈。

 無視しないで、父より先にイタリア料理をリクエストした者を教えてほしい。

 家光は必死に手を振って、紅奈の気を引いた。


「部下候補を預かってくれてるところで、教えてもらったの。任務決行の連絡を、そこで待たせてもらってた。お菓子作りも、一緒に楽しんだ」

「あっ、そうか……。女の子の部下とか……。一体どこで預かってもらってるんだ?」

「だから、お父さん。根掘り葉掘り聞いて、知ろうとしないでよ」

「いやでも、父さんは、一緒にお菓子作りをする女の子が、どんな子なのか、知りたくてだな…」

「いーや。監視、不快。これ返す。なんで渡してくる携帯電話、全部に発信器つけるの?」


 紅奈は家光の前に、持たされていた携帯電話を置いて返す。


「うっ…。いつも、気付いてたのか……」

「なんで、この屋敷にいる間の連絡手段の携帯電話に、発信器仕込むの? なんの心配?」

「それはその、だな……万が一にも、居場所を把握したかったんだ。ほら、紅奈はもう名前が広まるしな……父さん、心配で。帰国までは、持っててくれ」


 すっ、と家光は、紅奈の前に携帯電話を移動させる。
 それを紅奈が、さっ、と家光の前に戻した。


「いらない。監視は、や、め、て。」


 ぐりぐりと押し付けるような念押し。

 絶対に嫌という気持ちがこもっている。
 これはわかる。自分を拒否されていた間の声音だ。やめた方が、賢明のもよう。


「これ。あたしの携帯電話」

「! ……それは、最新の…?」

「ベルが用意してくれた」


 紅奈がポケットから取り出したのは、真っ赤な色の携帯電話だ。


「ベルフェゴールが…?」

「とりあえず、ケー番教えておく。GPSで追跡もだめだからね」


 何故ベルが…、と気に入らないという顔をする家光の携帯電話が鳴る。紅奈が新しい携帯電話で、かけたのだ。


「私とも、連絡を取り合ってくれるかい? 紅奈ちゃん」

「いいよ、おじいちゃん」


 ティモッテオと紅奈が、連絡番号を交換している。

 ジト目で見ていたXANXUSを見もしないで「お兄ちゃんは、三年ぶりに新しい携帯電話を買ってからね」とだけ、素っ気なく言った。


「じゃあ、技術者の話をしようよ。物件の確保して、お迎え行って、そのあとに技術者と会う流れがいいんだけど。あっ。お迎えあとは、ついでに、ヴァリアーの屋敷で、ベスターにも会わないと。あの子に会いたいー」

「そうか。ペットのベスター君だったね。写真、送ってくれるだろうか? 出来れば、紅奈ちゃんとツーショットがいいな」

「ん、いいよ」


 ヴァリアーの屋敷。

 紅奈とティモッテオが、のほほんと話している間、家光は顔を強張らせた。

 オッタビオ。
 娘とは、会わせたくない人物だ。XANXUSの言葉に躍らせられるわけではない。少し調べておいて、後ろ暗いところがなければ、安心出来るが…。
 それまで、接触をさけさせたい。


「…コウ。そのベスターだが、そのままヴァリアーで飼わせるつもりなのか?」

「え? 日本に連れ帰っていいの?」
それは無理だ!!


 日本の沢田家に成獣間近の猛獣を連れ帰るなど、無理難題である。


「ほらっ! 紅奈の活動拠点を作るんだろ? そこで飼わないのか?」

「活動拠点はまだ仮だし、今後変更する可能性があるから、住む場所が転々とするとベスターにストレス与えちゃう。変わらず、ヴァリアーの屋敷がいいよ」


 ベスターの引っ越しは考えていないと紅奈は、きっぱりと答えた。


「だ、だが……父さんは、ヴァリアーに出入りするのは……当分控えるべきだと思うんだ。ヴァリアーを仕切るスクアーロ達が、紅奈の支持者ということは明るみになったわけだから、上層部に無用な不安や心配をかけてしまう」

「揺りかご、再び。って心配?」

「そうだ」


 結局、二回目のクーデターの心配。

 紅奈は家光をきょとんとした目で見たあと、XANXUSに目を移す。チラッと目を合わせたが、XANXUSは何も言うことなく、食べ続けた。

 次にティモッテオに、目を移す。彼も何も言うことなく、微笑むだけだ。

 クーデターの不安と心配をかける。それを考慮して、紅奈に選択をさせた。


「んー……。わかった。長く会わないと、あの子、拗ねちゃうんだよねー……レヴィに、全力で遊ぶように言っておくよ。XANXUSお兄ちゃんともうすぐ再会出来るって、ソワソワしてるらしいから」


 しぶしぶながら、紅奈は出入りを控えると承諾した。


「…おい。それ。」

「ん? はい」


 XANXUSが顎で差すのは、紅奈のだし巻き卵。紅奈はお皿を持って、差し出した。
 スイッと、XANXUSは箸ですくい取っては、パクリと食べる。


「何もらってるんだ!?」


 その口少ななやり取りも、分け与えることも、気に障る。

 何より、羨ましい!! と家光は、キッと睨み付けた。


「やっぱり、ジャニーイチっていう人に、会おうかな。問題は……」


 誰が、紅奈を紹介するかである。


 ゴゴゴゴッ。


 三人が、威圧を放つ。
 しょうもないことに、威圧を放っている。


「てめーらは、立場があるだろーがぁ……オレだ」

「お前は仮出所中の罪人って立場がある。
 オレは紅奈の父親なので、オレが紹介します、9代目」

「いやいや、家光。私も紅奈ちゃんのおじいちゃんとして、紹介させてもらおう」

「意味わかんねーよ、クソ親父が。オレは紅奈に教えを乞われている。だったら、オレ様一択だろーが」

「それが、そもそもの間違いだ! 教える役は、オレが担う!」

「ああん? 紅奈が選んだんだぞ、これは覆せねーよ! てめーを選ぶわけねぇーだろ、クソカスが!」

「そうか……XANXUSが教育係のような部下か…。紅奈ちゃん、ちゃんとした教育係をつけないかい?」

「は? 何をほざ」


   バキッ!


 XANXUSの言葉は、紅奈がへし折った箸の音に遮られた。


 9歳の少女が、片手で箸をへし折った…!


 俯いた紅奈から、静かな怒りを感じ取り、家光もXANXUSもティモッテオも、口を閉じる。

 絶対に、今の紅奈を刺激してはいけない。

 超直感がなくとも、わかった。


「……やっぱり、XANXUSお兄ちゃんから、紹介して会わせてもらうね!」


 パッと顔を上げた紅奈は、にっこりと年相応の愛らしい笑顔で告げる。

 これは、有無言わせない決定だ。

 威圧はないのに、不思議と逆らえそうになかった。




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