空色少女 再始動編 505 「…ぷっ。ボンゴレの若獅子も、形無しですね…」 ガナッシュは肩を震わせて、必死に笑いを堪えた。 決定は覆せないし、受け流されてしまう。 家光もXANXUSも、9歳の少女に、形無しである。 「…チッ」 舌打ちして、自分の部屋に歩いていくXANXUS。 家光も、ガナッシュも、あとを追う。 「……おい。何故、オッタビオが幹部になった?」 「能力が買われたからだ、お坊ちゃん。ご存知でしょう? 坊ちゃんの補佐をしていた男だ。交渉能力の高さや、冷静な判断による仕事ぶり。さっき話した通り、まだまだ少年だったS・スクアーロ達を庇っては、その交渉能力で早い段階でヴァリアーを徐々に活動させ始めた。ボンゴレの若手幹部。彼がいるから、ヴァリアーが動けているんだ」 「ハッ、あんなヤローを過大評価かよ。てめーら、目は節穴か? 紅奈から人を見る目でも学んだらどうだ?」 「はは、学ばせてほしいね、ぜひとも」 「…何が言いたい?」 ガナッシュが軽く笑って流すが、家光は怪訝に顔をしかめてXANXUSの背中を見た。 「聞いただろーが。紅奈に取り入れようとしてんだぞ? 沢田家光の娘が6歳で、自分を気絶させたんだ。大物になると有望視もされるだろーよ。それからも、ヴァリアーの屋敷を出入りしていることを知ってやがった。ヴァリアーの幹部どもは使えると判断してんだ。紅奈を上手く利用が出来れば、ヴァリアーの幹部どもを手なづけられるって、浅はかな考えだろーよ。もしかしたら、六年後はてめーの娘にプロポーズしてるかもな」 皮肉に笑った顔を、XANXUSは振り返って家光に向ける。 娘にプロポーズ。十分激高したくなる内容だが、どうせ今求めているのは、一つだろう。 「幹部をどうこうする権利は、坊ちゃんには与えられないぜ? ちゃんと大罪人の自覚を持ってくれないと、紅奈ちゃんに迷惑かかっちゃうぞ」 家光を煽っても、オッタビオに何かする権利を、XANXUSは与えてもらえやしない。 ガナッシュはそう言うのだが、XANXUSは家光を一点に見据える。 「…調べとくべきだろーよ、自分の娘から甘い蜜を吸おうとするヤローをな。奴から埃が出れば……かっ消すのは、オレだ」 赤い目は、ギラッと光った。本気の殺意。 「てめーの娘の超直感を甘く見んな。あれだけ嫌悪してんなら、何かある。今回の功績だって、紅奈が超直感で、てめーの様子から重大な案件だってことを感じ取って、選んだんじゃねーのか?」 ガチャッと、XANXUSが扉のノブを回して開く。 「ああ、そういやー……今回、紅奈の命でヴァリアーの幹部どもが動いたこと、オッタビオのヤローはどうほざいてやがるんだ? スクアーロ達のお目付け役でもあるんだろ」 「………」 「とやかく言ってんだろ? スクアーロ達が否定しても、自分も関与してる…とかか? ハンッ、紅奈から甘い蜜を吸う気でいるじゃねーか」 黙る家光を鼻で笑い退けてから、XANXUSはバタンッと部屋の扉を閉じた。 廊下に残ったガナッシュは、隣の家光を見る。 「……オッタビオは、なんて?」 「………紅奈のために、許可を出して協力した…と……」 「……どうするんです?」 「………」 難しい顔をする家光は、腕を組んで黙り込む。 答えは聞けそうにないとガナッシュは、肩を竦めた。 「坊ちゃんも、過保護なんですねー。紅奈お嬢ちゃんに」 そう笑ってから、ガナッシュは先に廊下を歩く。 XANXUSの部屋の扉を睨みつけたあと、家光も歩き出した。 翌朝から、家光は鼻の下を伸ばすデレ顔で、テーブルについていた。 イタリアの屋敷なのに、みそ汁の香りが漂う。 白く艶めく、ほやほやの白米。だし巻き卵。塩焼きサーモン。ニンジンと大根の和え物。豆腐とワカメが浮かぶみそ汁。 「これぐらいしか作れなかった、ごめんねー」 紅奈はそう言って、欠伸を噛み殺す。 今日はXANXUSの膝の上ではない。断って、家光の隣に座っている。 XANXUSは、じっと並んだ和食を凝視してしまった。 色とりどりの朝の和食である。そして、綺麗に盛り付けてあった。盛り付けまで紅奈が、やったそうだ。 「……」 「とても美味しそうじゃないか」 「でも、白米を焚いててくれてビックリ。知ってたら、早起きしなかったのに」 「だから、眠そうなのかい? すまないね」 「んーん。物件選びに時間がかかっちゃって、遅寝したの」 ティモッテオに、紅奈は首を振る。 「箸と茶碗まで……用意周到。XANXUSお兄ちゃん、口に合わなくても、残したら許さないからね」 「そうだぞ。紅奈の料理が、食べ切れないなら、即刻取り消しだ。絶対に取り消しだぞ」 大盛りの白米を、もりもりと食べている家光は、XANXUSにきつく釘をさしておく。 「箸、使えるの?」 「…バカにすんなよ」 紅奈がケラッと笑うから、XANXUSは箸を手に取った。ちゃんと使えると、カチカチと動かす。 そのまま、サーモンをほぐしては、口に運ぶ。次のだし巻き卵。ニンジンと大根の和え物。そして、みそ汁を啜る。 「……食える」 「美味しいよ、紅奈ちゃん」 XANXUSの控えめすぎる感想に続いて、ティモッテオは口元を緩ませて、みそ汁を啜った。 「妻の味付けを、しっかり学んでいるのですよ。美味しいのなんのって」 ニッコニコの家光が、自慢する。 「これが食べれるなら、滞在中の食事は困らないと思うね」 「……和食だけか? 作れるのは」 「庶民の食卓に並ぶ料理なら大半は作れる。味付けを指定してくれれば、お好みの高級肉で絶品ステーキを作りましょうか? 御曹司サマ」 ニヤリと、紅奈は笑って見せた。おちょくりだ。 この自信家な紅奈なら、XANXUSの肥えた舌を唸らせる絶品ステーキを作れるだろう。 「コウ! 甘やかしちゃいかん! せめてオレのリクエスト料理を作ってからにしてくれ!」 「そう言えば、イタリア料理も覚えたの。カネロニとポルペットーネ。また作りたいな。あと、リクエストされた仔牛のサルティンボッカが好評だった」 「ちょっと待て、コウ。誰のリクエストだ?」 「それも、ぜひとも食べてみたいね」 「今度ね。あと、オッソブーコ。時間がかかるけど、その間にリゾット作る簡単イタリア料理を、得意料理の一つにしたいなぁー。絶品だって褒められたの。添え合わせのリゾットは、もっとあれこれ改良していきたいなって考え中」 「だから、コウ? 誰が絶品って褒めた?」 「おい、紅奈。昼食にサルティンボッカを食わせろ」 「今度だってば。これ食べ終わったら、スク達と物件選びに行くから無理」 「コウちゃーん? お父さんの声、聞こえてるかなー?」 ティモッテオとXANXUSにしか言葉を返さない紅奈。 無視しないで、父より先にイタリア料理をリクエストした者を教えてほしい。 家光は必死に手を振って、紅奈の気を引いた。 「部下候補を預かってくれてるところで、教えてもらったの。任務決行の連絡を、そこで待たせてもらってた。お菓子作りも、一緒に楽しんだ」 「あっ、そうか……。女の子の部下とか……。一体どこで預かってもらってるんだ?」 「だから、お父さん。根掘り葉掘り聞いて、知ろうとしないでよ」 「いやでも、父さんは、一緒にお菓子作りをする女の子が、どんな子なのか、知りたくてだな…」 「いーや。監視、不快。これ返す。なんで渡してくる携帯電話、全部に発信器つけるの?」 紅奈は家光の前に、持たされていた携帯電話を置いて返す。 「うっ…。いつも、気付いてたのか……」 「なんで、この屋敷にいる間の連絡手段の携帯電話に、発信器仕込むの? なんの心配?」 「それはその、だな……万が一にも、居場所を把握したかったんだ。ほら、紅奈はもう名前が広まるしな……父さん、心配で。帰国までは、持っててくれ」 すっ、と家光は、紅奈の前に携帯電話を移動させる。 それを紅奈が、さっ、と家光の前に戻した。 「いらない。監視は、や、め、て。」 ぐりぐりと押し付けるような念押し。 絶対に嫌という気持ちがこもっている。 これはわかる。自分を拒否されていた間の声音だ。やめた方が、賢明のもよう。 「これ。あたしの携帯電話」 「! ……それは、最新の…?」 「ベルが用意してくれた」 紅奈がポケットから取り出したのは、真っ赤な色の携帯電話だ。 「ベルフェゴールが…?」 「とりあえず、ケー番教えておく。GPSで追跡もだめだからね」 何故ベルが…、と気に入らないという顔をする家光の携帯電話が鳴る。紅奈が新しい携帯電話で、かけたのだ。 「私とも、連絡を取り合ってくれるかい? 紅奈ちゃん」 「いいよ、おじいちゃん」 ティモッテオと紅奈が、連絡番号を交換している。 ジト目で見ていたXANXUSを見もしないで「お兄ちゃんは、三年ぶりに新しい携帯電話を買ってからね」とだけ、素っ気なく言った。 「じゃあ、技術者の話をしようよ。物件の確保して、お迎え行って、そのあとに技術者と会う流れがいいんだけど。あっ。お迎えあとは、ついでに、ヴァリアーの屋敷で、ベスターにも会わないと。あの子に会いたいー」 「そうか。ペットのベスター君だったね。写真、送ってくれるだろうか? 出来れば、紅奈ちゃんとツーショットがいいな」 「ん、いいよ」 ヴァリアーの屋敷。 紅奈とティモッテオが、のほほんと話している間、家光は顔を強張らせた。 オッタビオ。 娘とは、会わせたくない人物だ。XANXUSの言葉に躍らせられるわけではない。少し調べておいて、後ろ暗いところがなければ、安心出来るが…。 それまで、接触をさけさせたい。 「…コウ。そのベスターだが、そのままヴァリアーで飼わせるつもりなのか?」 「え? 日本に連れ帰っていいの?」 「それは無理だ!!」 日本の沢田家に成獣間近の猛獣を連れ帰るなど、無理難題である。 「ほらっ! 紅奈の活動拠点を作るんだろ? そこで飼わないのか?」 「活動拠点はまだ仮だし、今後変更する可能性があるから、住む場所が転々とするとベスターにストレス与えちゃう。変わらず、ヴァリアーの屋敷がいいよ」 ベスターの引っ越しは考えていないと紅奈は、きっぱりと答えた。 「だ、だが……父さんは、ヴァリアーに出入りするのは……当分控えるべきだと思うんだ。ヴァリアーを仕切るスクアーロ達が、紅奈の支持者ということは明るみになったわけだから、上層部に無用な不安や心配をかけてしまう」 「揺りかご、再び。って心配?」 「そうだ」 結局、二回目のクーデターの心配。 紅奈は家光をきょとんとした目で見たあと、XANXUSに目を移す。チラッと目を合わせたが、XANXUSは何も言うことなく、食べ続けた。 次にティモッテオに、目を移す。彼も何も言うことなく、微笑むだけだ。 クーデターの不安と心配をかける。それを考慮して、紅奈に選択をさせた。 「んー……。わかった。長く会わないと、あの子、拗ねちゃうんだよねー……レヴィに、全力で遊ぶように言っておくよ。XANXUSお兄ちゃんともうすぐ再会出来るって、ソワソワしてるらしいから」 しぶしぶながら、紅奈は出入りを控えると承諾した。 「…おい。それ。」 「ん? はい」 XANXUSが顎で差すのは、紅奈のだし巻き卵。紅奈はお皿を持って、差し出した。 スイッと、XANXUSは箸ですくい取っては、パクリと食べる。 「何もらってるんだ!?」 その口少ななやり取りも、分け与えることも、気に障る。 何より、羨ましい!! と家光は、キッと睨み付けた。 「やっぱり、ジャニーイチっていう人に、会おうかな。問題は……」 誰が、紅奈を紹介するかである。 ゴゴゴゴッ。 三人が、威圧を放つ。 しょうもないことに、威圧を放っている。 「てめーらは、立場があるだろーがぁ……オレだ」 「お前は仮出所中の罪人って立場がある。 オレは紅奈の父親なので、オレが紹介します、9代目」 「いやいや、家光。私も紅奈ちゃんのおじいちゃんとして、紹介させてもらおう」 「意味わかんねーよ、クソ親父が。オレは紅奈に教えを乞われている。だったら、オレ様一択だろーが」 「それが、そもそもの間違いだ! 教える役は、オレが担う!」 「ああん? 紅奈が選んだんだぞ、これは覆せねーよ! てめーを選ぶわけねぇーだろ、クソカスが!」 「そうか……XANXUSが教育係のような部下か…。紅奈ちゃん、ちゃんとした教育係をつけないかい?」 「は? 何をほざ」 バキッ! XANXUSの言葉は、紅奈がへし折った箸の音に遮られた。 9歳の少女が、片手で箸をへし折った…! 俯いた紅奈から、静かな怒りを感じ取り、家光もXANXUSもティモッテオも、口を閉じる。 絶対に、今の紅奈を刺激してはいけない。 超直感がなくとも、わかった。 「……やっぱり、XANXUSお兄ちゃんから、紹介して会わせてもらうね!」 パッと顔を上げた紅奈は、にっこりと年相応の愛らしい笑顔で告げる。 これは、有無言わせない決定だ。 威圧はないのに、不思議と逆らえそうになかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |